Infoseek 楽天

在韓米軍の撤退はジレンマだらけ

ニューズウィーク日本版 2018年5月11日 16時20分

<平和条約が締結されれば米軍は不要、ただし中国の封じ込めには必要――撤退の困難さを裏付ける40年前の教訓とは>

さしものドナルド・トランプ米大統領も、2月の時点で気付いたようだ。在韓米軍を撤退させるのは口で言うほど簡単なことではないのだ、と。

米NBCニュースによれば、2月の平昌五輪前に在韓米軍の撤退を考えていたトランプを、ジョン・ケリー大統領首席補佐官が強く説得して思いとどまらせたという。

それから急展開を見せている朝鮮半島情勢を、トランプは楽しんでいるかもしれない。何しろ韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領に、ノーベル平和賞にふさわしいとまで持ち上げられたのだから。

しかし今後の朝鮮半島情勢がどれだけ好転しようとも、韓国から米軍が撤退できるかどうかを考えると、その道のりはあまりに遠い。

4月27日に文在寅と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の間で行われた南北首脳会談は、冗談も飛び出すほど和やかなムードに終始した。そこで署名された「板門店宣言」では朝鮮半島の完全な非核化と朝鮮戦争の正式な終結を目指す方針が示された。

だが、こんな話は前にも耳にしているから、額面どおりには受け取れない。全てがうまく運んでも、朝鮮戦争を公式に終結させる平和協定への道筋をつけることは難しそうだ。

そこではもちろん、在韓米軍をどうするのかが大きなテーマになる。

これまで北朝鮮は、朝鮮半島からの米軍撤退を和平実現の条件にしてきた。この点に対する北朝鮮の態度は、確かに軟化してきている。板門店宣言にも在韓米軍への直接の言及はなかったし、金正恩は在韓米軍の撤退にこだわらないだろうと文在寅は語っていた。

だがトランプ政権は、いずれ二者択一を迫られるだろう。在韓米軍を完全に撤退させるのか、それとも駐留を続けるために軍の地位を大幅に変更する道を探るのか。

カーター元大統領の失敗

朝鮮戦争を公式に終結させる平和協定が締結されれば、米軍を駐留させ続ける正当性は失われる。「なぜ米軍がまだいるのかという疑問の声が上がるだろう」と、シンクタンク「国際危機グループ」の朝鮮半島担当クリストファー・グリーンは言う。

トランプも大統領選中に、韓国は米軍への「ただ乗り」をやめ、自力で防衛すべきだと発言していた。トランプは米軍が突然に撤退するという派手な演出を狙っているかもしれない。しかし過去の経験から、それが難しいことは分かる。



米朝首脳会談を間近に控えてトランプの胸中に去来するものは Kevin Lamarque-REUTERS

その難しさを最もよく示すのは、77年1月に米大統領に就任したジミー・カーターが味わった挫折だろう。

カーターはホワイトハウス入りするとすぐに、韓国から第2歩兵師団を撤退させるという公約の実行に動いた。だが79年7月にこの政策は、米国内の外交主流派と議会や、太平洋地域の同盟諸国の抵抗に遭って頓挫した。カーターの失敗は、いま在韓米軍撤退論を考える上で重要な教訓になる。

そもそも、撤退に4~5年かけるというカーターのタイムテーブル自体に異論が多かった。だが、これだけ時間をかけた計画をカーターにのませたのは、実は米統合参謀本部だった。

撤退計画が書かれた書類の余白に、カーターは「遅過ぎる」とメモしていた。政権内部の議論の内容からも、カーター自身は当初1年以内の撤退を考えていたことがうかがわれる。だが反対派は事前に完了時期を設定せず、状況に応じて対応すべきだと考えていた。

さらにカーターは北朝鮮からも、その後ろ盾である中国やソ連からも譲歩を引き出そうとしなかった。撤退反対派にすれば、カーターのやり方は首をひねるものだった。本来なら米軍撤退を交渉の切り札にして、平和協定や不可侵条約を引き出すのが筋だろう。こうした議論が今回も起こる可能性はある。

反カーター派は在韓米軍をより大きな地域覇権構造の一部と見ており、撤退によってそれが足元から崩れることを恐れた。在韓米軍は西太平洋地域に広がる米軍のネットワークの拠点の1つであり、ベトナム戦争後もアジア大陸に残る最後の駐留米軍として重要度を増していた。その政治的・心理的価値は、軍事的な理由と同じほど高かった。

国家安全保障問題に関わる当局者は、手続き上の障害をつくり上げた。国際安全保障問題担当の国防副次官補だったモートン・アブラモウィッツは、政策遂行に向けての省庁間作業部会の責任者として、「私たちは引き延ばし作戦を開始した。遅らせる、薄める、決定事項はできるだけ少なく――という方針だった」と語っている。

韓国政府への補償として、カーターは巨額の軍事援助をもくろみ米軍の撤退は3段階で行うと構想した。最大規模の部隊の撤退は最終段階にというものだ。

これに対し、まず議会が軍事援助を妨害した。次に78~79年の冬、北朝鮮の戦力は予想以上に大規模で重装備の機甲部隊だという情報が情報活動からもたらされた。これはカーター政権内の反対派が撤退案にとどめを刺す根拠となった。

追い詰められたカーターは、米韓朝の3カ国首脳会談開催に望みをかけた。79年6月に予定されていた韓国の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領との首脳会談を直後に控えての試みだった。しかし首脳会談開催という手はあまりに遅過ぎ、成果にはつながらなかった。



在韓米軍は今でも、より広い枠組みの一部として位置付けられている。そこでは、日本の防衛と日米同盟関係がとりわけ重視されている。仮に米軍が韓国から撤退し、しかもそれが日本への配慮に欠ける形だった場合には、日本の軍事力増強の姿勢に拍車が掛かるかもしれない。

トランプは、日韓両国が核兵器を開発しても構わないという軽率な発言もしている。仮に日本が軍備を強化すれば、中国の軍事的な野望や国防費の支出にも弾みがつくだろう。

指揮系統をめぐる葛藤

トランプは、バラク・オバマ前米大統領の「アジア回帰」政策を、自らの「自由で開かれたインド太平洋」戦略に塗り替えた。その際トランプの頭にあったのは、覇権を狙う中国の野心だ。在韓米軍は、そんな広域の軍事力バランスの一要素なのだ。

国外の米軍基地として世界最大となる韓国の京畿道平沢のハンフリーズ陸軍駐屯地は、既に完成に近づいている。アメリカに朝鮮半島への関与を解消したいという願望があるとしても、その一方には中国の拡張主義に対抗したいという考えもある。

南北間で平和協定が成立すれば、現在の国連軍、あるいは国連軍が担う休戦協定の維持という責務は消滅する。それでもカーター時代に平和協定締結に反対した勢力が見越していたように、駐留軍を指揮する軍人は国連軍の指揮系統における統制の弱体化や矛盾に直面するだろう。

南北関係が穏やかになり、それに伴って駐留米軍が縮小されれば、韓国軍の指揮系統における責任は拡大する。戦時における自国軍の作戦統制権を取り戻すことになるからだ。

そこでトランプはどう出るのか。完全に米韓同盟を解消するのでもない限り、米軍は韓国軍の作戦統制下に入る可能性がある。その点を議会や国民にどう納得させるのか。

軍隊の作戦準備を整えるには、統一された指揮系統が必要だ。果たしてトランプは、米軍の将軍が韓国軍将校の副官になる構図を受け入れるだろうか。

受け入れないなら、トランプは日本などの同盟国から強い反発を招く。韓国に対して歴史的な調整を要請することにもなる。韓国は独立国でありながら、侵攻されて滅びかけた1年間を例外として、米軍に守られるという状態しか経験していない。

トランプもその他の関係者も、まず平和への努力に傾注するかもしれない。その場合は段階的に、米軍撤退は時間をかけて実現へ向かう。

北朝鮮の指導部は、韓国側と対等の立場で協議することに前向きなようだ。韓国政府の正統性を認めることを拒んだ時期に比べれば、平和な状況だ。

ただこれらは全て、駐留米軍をめぐるジレンマを解決するための時間稼ぎでしかない。答えを出す方向に動くか否かは、あくまでトランプ政権次第だ。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2018年5月15日号[最新号]掲載>


クリント・ワーク

この記事の関連ニュース