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北朝鮮の非核化を危うくするトランプの孤立主義

ニューズウィーク日本版 2018年6月27日 21時0分

<非核化の具体的プロセスはいまだ何もなく、米側には北朝鮮との交渉担当者さえいない。金も出さない。他国と協力もしない。このままでは経済的利益だけ奪われる>

マイク・ポンペオ米国務長官と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長による2回の会談、南北軍事境界線がある板門店での少なくとも5回の協議、そして6月12日の米朝首脳会談──これだけ会談を重ねた結果が、漠然とした391語の共同声明だけとは、まったく不可解な話だ。

しかも4項目からなるこの声明、1番目は新たな米朝関係の樹立、次に朝鮮半島の「平和体制」の構築ときて、第3項目にやっと、核心の北朝鮮の非核化が登場する。

だがこれは、トランプが犯している数多くの間違いの第一歩にすぎない。たしかにトランプが金と1対1の直接交渉を実現し、北朝鮮問題の打開に新たな希望と気運をもたらしたことは評価できる。独裁者としてすべての決定権をもつ金一族を拒否し続けた米歴代政権の失敗を、トランプは挽回した。だが、この先はどうするのか?

この声明の構造的欠陥は、米朝両国の大いなる善意を、非核化という約束の実行に転換するプロセスがないことだ。

駐韓米国大使はトランプの就任以後長らく空席のままだし(現在は米上院の承認待ち)、米政府内にも対北朝鮮交渉責任者はいない。 怖いのは、詳細を詰めるために近く北朝鮮を訪問するポンペオが、交渉の余地のない選択肢しか相手に提示できないことだ。そうなれば、すぐにも軍事衝突が起きそうな昨年の状況に逆戻りだ。

北と中国は作戦を練っている

北朝鮮の核問題はアメリカだけでなく北朝鮮を取り巻く北東アジア諸国の問題でもあるのだが、トランプはこれを本来的に米朝の問題とみているため、非核化のプロセスが必要以上に複雑になっている。

中国の習近平(シー・チンピン)国家主席は、金正恩政権誕生後5年間はあからさまに金との接触を避けていた。だが今年3月以降は、金と3回も会談を行っている。彼らが作戦を練っていたことは確実だ。そしてそれはトランプの作戦とはかなり異なるものではないか、と私は推測している。

ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、5月に北朝鮮を訪問。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の政策をアメリカではなく北朝鮮の政策に沿うものと位置づけた。

続いて韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領がモスクワを訪れ、北東アジア経済共同体をロシアとともに構築すると言った。文は南北朝鮮の「半島連合」という形で地域統合をめざしており、そこに石油、ガス、水力を供給する能力の高いロシアがパイプラインと地域の電力供給網を建設するという構想を抱いている。

最後に、北朝鮮に冷たくあしらわれて慌てる日本の安倍晋三首相は、朝鮮半島で日本が果たすべき役割の再定義を急いでいる。戦時賠償と非核化の資金を出す以上の戦略が必要だ。



今回の非核化の合意が、失敗続きだったこれまでの対北交渉と根本的に異なるとしたら、それは金正恩の意図が、前任者とは異なるという点だろう。トランプも、北朝鮮が経済を開放し、世界市場に参加するという戦略的な選択をすれば、経済成長の可能性があることを強調した。

もし金が、中国の改革開放を行った鄧小平(トン・シアオピン)、あるいは旧ソ連でペレストロイカ(改革)を推進したミハイル・ゴルバチョフのような存在になろうとするなら、そして現在34歳の彼が今後数十年を生き延び、北朝鮮のために中国に似た市場経済改革を必要とするなら、また政権の正統性の根拠を、核兵器ではなく中国のように経済的実績に求めようとするなら、トランプの提案は確かに金の望みにかなっている。

アメリカは、リスクなしで金の本気度を試すことができる。国際通貨基金(IMF)や世界銀行、世界貿易機関(WTO)への加盟準備を始めるよう勧めてみればいいのだ。

しかしトランプは、アメリカの納税者の金は一銭も北朝鮮にはいかないと宣言している。したがって、北に経済的インセンティブを提供するためには、幅広い地域協力が必要なわけだが、トランプの孤立主義によってさまざまな問題が生ずる可能性がある。

核の凍結で終わらせないために

たとえば国際原子力機関(IAEA)は、北朝鮮の核開発計画の査察と監視しかできない。核分裂性物質や核兵器の廃絶には、国連常任理事国5カ国の関与が必要になる。あるいはこの場合、核兵器を実際に廃棄した経験のあるアメリカ、中国、ロシアの力だ。

また、韓国や中国、ロシアによる対北経済支援は、北朝鮮の核兵器の廃棄や破壊のペースよりも早く進んではならないが、米政府がこれを検証する方法は今のところない。

もし北朝鮮を利する援助や投資、貿易などの動きが、非核化より先に進んでしまえば、アメリカの交渉力は損なわれてしまう。その結果、非核化は完全な非核化ではなく核開発の凍結で終わってしまう危険性が大きい。

アメリカ、中国、ロシア、日本、そして韓国が互いの外交努力を調整し同期させて最大の効果を上げるためには、5カ国が参加する枠組みが必要だ。交渉が一般的な原則から約束の実行へと移っていけば、そうした協力は不可欠になる。核兵器の解体や核弾頭の廃棄であれ、経済援助や職業訓練であれ、北東アジア諸国との協力があればより成功の確率が大きくなるだろう。

もしアメリカがそうした協力体制を築いて生かせなければ、成功は難しい。そうした努力がみられなければ、北朝鮮は5カ国を分断しようとするだろう。そうなれば、非核化の目標は遠のくばかりだ。

From Foreign Policy Magazine

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ロバート・マニング(米大西洋協議会上級研究員)

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