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モーリー・ロバートソン解説:大麻について話をしよう

ニューズウィーク日本版 2018年9月11日 16時0分

<北米では議論も解禁も進むマリフアナだが日本メディアは「触らぬ神にたたりなし」>

せっかくニューズウィークで言いたいことを言わせてもらえるので、ぜひ切り込みたいテーマがあります。ずばり大麻(マリフアナ)経済。ネットでは、「モーリーと言えばマリフアナ」ですから。

北米でマリフアナが解禁され始めているニュースをご存じでしょうか? アメリカでは14年1月にコロラド州で初めて嗜好目的のマリフアナ使用が解禁されました。それ以降、カリフォルニア州など9州で嗜好利用が合法化され、医療目的に限った州も合わせると30州で合法化されています。

アメリカの隣のカナダでは、6月20日にG7メンバーとして初めて国内全土で嗜好目的のマリフアナ使用が合法化され、10月17日に解禁されます。こうした動きを受けて、カナダではマリフアナ関連企業株が人気で、一番優良なポートフォリオになっているという話もあるくらいです。

なぜアメリカでこれほどマリフアナ解禁が進んだかというと、実は州の財政と関係があります。08年のリーマン・ショックでアメリカの州経済はガタガタになりました。その「救世主」の1つがマリフアナ解禁だったのです。

その先駆けとなったコロラド州は、保守とリベラルが拮抗する、いわゆるスイング・ステートの1つ。つまり共和党支持者も結構いるわけです。本来、保守の共和党員の気質からすれば、マリフアナ解禁は相いれないはずなのです。マリフアナはヒッピーみたいなリベラル系の人が吸っていい気持ちになる非生産的なもので、彼らは資本主義批判や反戦運動、フリーセックスなどをする、保守系の目には堕落した人たちと映るからです。だから共和党員たちはマリフアナが象徴する行為を長らく嫌悪してきた。だが、結局は自分たちも普通に使っていて、吸っても大したことないじゃないか、となった。

連邦政府による過剰干渉に反発

折しも国政でもじわじわとマリフアナ解禁の風潮が生まれていました。そもそも、マリフアナ所持で捕まるのはたいてい非白人。この背景には白人警官による人種偏見がある。若者の身体検査をすればマリフアナ所持の可能性が強い。だが非白人ばかりを調べて逮捕すれば、「黒人やヒスパニックは皆マリフアナを隠し持っている」という偏見を裏付けやすい。アンフェアです。

また、アメリカの判事が同じ薬物事犯に対して白人よりも非白人の被告に重い量刑を科す傾向が指摘されています。これまでマリフアナの取り締まりは過剰なもので、人種差別の側面もあると指摘され続けていました。しかし、連邦議会で規制を緩和するところまで議論を進めようという強い政治的な意思は見られませんでした。

ところが、州レベルの保守層の間では、自分たちが何をやっていいかの判断を連邦政府が決定することに対する嫌悪感が強まっていた。これを「Federal Overreach =連邦政府による過剰な干渉」と呼びます。この考え方はオバマケア(医療保険制度改革)への反対にも通じるところがあります。マリフアナに関しても医療保険に関しても「個人の選択を優先させよ」という流れになった。つまり、ヒッピーは嫌いだけれど、連邦政府はもっと嫌いというわけです。



そして、マリフアナ解禁の活動家たちはリベラル系の人も巻き込みつつ、リーマン・ショックで落ち込んだ州財政を回復させるためにもマリフアナが直接税として財源になるとうたったら、本当にそうなったということです。

翻って日本。合法化の話など当たり前のようにないわけですが、マリフアナの議論を始めれば日本に数あるタブーに風穴を開けられると、私は考えています。日本の大麻報道に関するタブーはまさに「触らぬ神にたたりなし」。そんなことを報じようものなら警察に怒られるわ、厚生労働省から手紙が来るわ、テレビだったら放送ライセンスに影響するんじゃないかとか、とにかく腰が引けてしまう。海外の合法化についてニューズウィークも報じていると言っても、「それはカナダとアメリカのことでしょ」となってしまう。

テレビ番組でマリフアナを取り上げる番組編成が仮にあったとしても、必ず麻薬取り締まり関係者の人をゲスト_に呼んで、中毒性がある、絶対駄目です、シャブと同じですという意見で締める。メディアがあまりにも権力にすり寄っていて独立していない。取り締まる側しか語ることが許されず、メディアもセカンドオピニオンを自粛する。いわば言論そのものが既得権益化しているのではと疑ってしまいます。

これは実際に厚労省に問い合わせたのですが、大麻取締法には国外犯処罰規定があります。つまり国外でも使ったり所持したりしたら駄目なんです。例えばカナダで、癌やリウマチの治療で医療大麻を使ったら取締法が適用される可能性があることになります。しかもマリフアナの「使用」じゃなく、「所持」で。大麻取締法が形骸化しているという印象です。

でも、その点も含めて日本メディアは全く伝えないし取材もしない。体質上、日本人にマリフアナは必要ないとか言う人が出てきてうやむやにする。もはや、マリフアナ自体が未経験者同士による空疎な論争の材料になってしまっています。まずは基礎情報を正しく広報することが必要です。ファクトやデータに基づく科学的な知見を元に、ハードドラッグの蔓延を食い止めるハーム・リダクション効果、規制緩和による医療への恩恵、経済効果のシミュレーションなど、大人の議論をするときが来ています。議論そのものを恐れるのは「言霊の呪縛」です。

あまり大上段に構えたくはありませんが、サウジアラビアの女性の自動車運転問題も宗教論争をしている間は絶対に動きませんでした。ところが、この問題がネットで広がって、声を上げられなかった女性たちが活動家として発信を始めたときに意識が覚醒した。コップの中だけで行われていた宗教談義から飛び出した。

既得権益者が少ないのが幸い

英語で Change the conversation と言うのですが、議論がシフトするんですね。対話の幅が広がって、参加する人が増えて意見が多様化して、それまでのように一部の宗教的権威が議論を独占できなくなる。議論に参加するプレーヤーが少ないと、多くの人が排除されて利権も生まれます。それまでは女性が運転していいかどうかを宗教問題に帰結させることで、専門的な問題として封印してきたのです。

日本の大麻報道もそれと似ていて、「マリフアナは駄目だから駄目なんだ」と、議論することさえ許されない。ルールを変えたらどうかという提案ですら、「法律の軽視だ、覚醒剤も合法になったらどうする、マリフアナを吸って包丁を振り回す人間が出てきたら責任を取れるのか」となる。要は、何か自己目的化した、変えたくない法律がある。ただのタブーです。



日本で大麻合法化の議論はほとんどタブー視されている OpenRangeStock/iStockphoto

でも、そのタブーを突き崩せば、それがシンボルになって日本にある「議論しちゃいけないタブー」を話せるようになると思います。天皇制や安保体制、在日外国人差別に同和問題、ヤクザや芸能界......。みんな口を閉ざしていることばかりですよ。そうしたタブーの中で、マリフアナは切り込みやすいのではないかと思います。なぜなら、既得権益者が少ないからです。

マリフアナの合法化問題をニューズウィークが大々的に取り上げたとなれば、リベラル系メディアがアメリカで取材してくれるかもしれない。社会のムードが「議論ならOK」という方向に流れれば、大手の報道番組が日本人の癌患者を追跡取材して、実際にカナダでマリフアナの治療を受けたら痛みが和らいだという「絵」をつくるんじゃないでしょうか。その反響が出ると、厚労省は海外での治療目的の使用を特例で認める、だけど法はいじりたくない。数年たって医療大麻が既成事実化したらやっと法改正。でも微調整が関の山、というところでしょうか。

だから、私は直近では日本におけるマリフアナ解禁にあまり現実性を見いだしてはいない。けれど、その過程でタブーとなっていた議論が少しやりやすくなるという事例が生まれれば、日本社会は面白くなりますよ!

<本誌2018年8月14&21日号掲載>



モーリー・ロバートソン

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