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再始動した米朝ディールで非核化は進むのか

ニューズウィーク日本版 2018年10月17日 16時30分

<金正恩の新たなゴマすり書簡が功を奏した? トランプが北朝鮮の真意を誤解しなければ非核化はできる>

マイク・ポンペオ米国務長官は7月に平壌を訪問したとき、アメリカ政府の目指す北朝鮮の非核化が進んでいないことを実感した。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長はジャガイモ農場の視察に出掛けて不在で、何の決定権もない部下をポンペオの対応に当たらせた。

ポンペオは8月も北朝鮮を訪問する予定だったが、ドナルド・トランプ米大統領が中止を発表した。「非核化に関して十分な進歩がないと感じるから」と、トランプはツイートした。

シンガポールでトランプと金の歴史的な首脳会談が開かれたのは6月。それからわずか2カ月で、夢のような高揚感は消え去った。ワシントンの外交コミュニティーでは、「それ見たことか」と嘲笑の声が上がった。トランプの「パフォーマンス外交」は失敗したというのだ。

だが、その判断は時期尚早かもしれない。9月初旬、金からトランプに宛てた書簡が届いた。ホワイトハウスはその内容を明らかにしていないが、9月初めに訪朝した韓国特使の鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安全保障室長が最近、メッセージの内容を示唆した。

それによると、金はトランプに「揺るがぬ信頼」を置いており、朝鮮半島の非核化を「トランプの1期目が終わる前に」達成したいと考えているという。

この「おだて」の効果はてきめんだった。早速トランプは、「北朝鮮の金正恩は『トランプ大統領に揺るがぬ信頼』を宣言した。ありがとう、金委員長」とツイートしたのだ。「一緒にやり遂げよう!」

トランプ政権は今、新たな米朝首脳会談を検討中だ。米朝関係が17年の「炎と怒り」に逆戻りしないようにするには、それが最善策なのかもしれないとホワイトハウス関係者は言う。だが、北朝鮮は本当に非核化を進めるのか。それともアメリカはもてあそばれているだけなのか。

この問いに対するジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)の答えは明白だ。トランプ政権の安全保障政策の要であるボルトンは、これまで北朝鮮政府が取ってきたいくつかの措置(核実験場の一部解体とミサイル発射実験の停止など)は表面的なものにすぎないと信じている。

北朝鮮がもっと本格的な非核化措置を取るまで、アメリカは制裁を緩和するべきではない。また、米朝首脳会談後に北朝鮮への制裁を一部緩和したとされる中国とロシアに対して、アメリカは圧力をかけて制裁を復活させるべきだと、ボルトンは考えている。

だが、こうした見方は北朝鮮の提案をひどく読み違えていると、韓国政府内外の関係者は考えている。だから韓国は、「シンガポール精神」の命をつなぐべく躍起になっている。9月18日には、文在寅(ムン・ジェイン)大統領が平壌を訪問して、3日間にわたり金と会談。非核化、安全保障、人道問題を協議したとされる。



文はソウルを出発するとき、文と金にとって3度目となる首脳会談が、「金委員長とトランプ大統領の新たな会談に向けて道を開く」ならば、大成功だと記者団に語った。

金はディールに前向き?

韓国にいる脱北者の中で、かつて北朝鮮政府内で最も高い地位にあったとされる人物(韓国政府は安全上の理由から本名を明らかにしていない)は、金がアメリカとの交渉に前向きだと、本誌に語った。その人物によると、金の希望は2つ。いわゆる「体制保証」と「国家経済の繁栄」だ。

金は、「トランプと大きなディール(取引)をしたがっている」と、かつて金一家と家族ぐるみの付き合いだったというこの脱北者は言う。それは朝鮮戦争に終止符を打つ合意文書にアメリカが署名し、北朝鮮の全面的な「非核化」と引き換えに国交を正常化するというものだ。

韓国の文政権は、これまでの金とのやりとりを通じて、この方針に賛成している。左派政権で、韓国政界では北朝鮮に対して軟弱と見なされているが、文政権は北朝鮮を甘くみているわけではない。その文政権が、ディールがまとまる可能性は十分あると考えている。

ただしそのためには、一方的な要求ではなく、双方の行動を義務付ける取引でなければならないことを、トランプ政権は理解する必要がある。つまりアメリカは、北朝鮮が核を不可逆的に解体しなければ何も始まらないと主張するのをやめなければならない。

在韓米軍は切り離し可能

北朝鮮政府は、「終戦宣言は足掛かり、すなわち非核化プロセスの第一歩」 だと考えていると、世宗研究所(ソウル)の鄭成長(チョン・ソンジャン)研究企画本部長は語る。「安全対策もないまま(非核化すれば)、アメリカとの交渉に裸で臨むのも同然だ」

外交的には、これは大仕事だ。片付ける問題の優先順位を決め、いつどちらが先に何をするかについて、米朝両国が同意しなければならない。また、正式な平和条約を結ぶためには、最終的に中国が関与してくることが避けられない。中国は朝鮮戦争で北朝鮮を応援するため多くの兵士を差し出し、18万人の戦死者を出しているのだ。

中国と北朝鮮は、平和条約締結と米朝国交正常化の条件として、2万8500人の在韓米軍の撤退を要求するだろう――。アメリカの懐疑派はそう主張する。それはアメリカにとってディールの終わりを意味する。

だが、金がそんな要求に固執するとは限らないと、韓国政府は考えている。

実際、韓国の特使として訪朝した鄭義溶は、金が9月5日の会合でこの問題に直接触れたという。「(正式な)終戦宣言は米韓同盟の弱体化または(在韓米)軍の撤退とは全く関係がない。そうだろう?」と金は問い掛けたという。つまり、在韓米軍の撤退が必須条件ではないことを意味する。



米政府関係者がトランプの言動に神経質になっていることを、韓国政府は理解している。北朝鮮に関しては、「ビッグディール」をまとめようとするよりも、封じ込め政策と抑止政策に立ち返ったほうが「ずっとラク」であることも分かっている。

韓国政府の高官たちは、アメリカの外交関係者のコンセンサスも理解している。つまり、「金は父親と同じで、時間稼ぎをしているだけだ。交渉しているふりをして、あわよくば経済的な恩恵を得るつもりだ」というのだ。

その思い込みは間違っていると、韓国政府は考えている。そしてトランプは得意技を発揮するべきだと考えている。つまり、ディールをまとめることだ。

<本誌2018年10月16日号掲載>

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ビル・パウエル(本誌シニアライター)

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