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資本主義に逆行するトランプ政権「アメリカ・ファースト」の誤算

ニューズウィーク日本版 2018年12月18日 16時30分

<株主ファーストの資本主義の世界に、トランプ流経済ナショナリズムの居場所はない>

ドナルド・トランプ米大統領が「アメリカ・ファースト」と呼ぶ経済ナショナリズムが、ついに「株主ファースト」というグローバル資本主義の現実と真っ向からぶつかっている。

米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)は11月26日、北米5工場での19年の生産停止を発表した。政治的に極めて重要なミシガン州とオハイオ州の工場も含まれ、約1万4000人の人員削減が見込まれている。

話が違う――。両州の有権者がそう思ったとしても無理はない。17年12月にトランプと議会共和党が10年間で1兆5000億ドルという大型減税法案を成立させたときは、減税により大手企業はアメリカ国内で大規模設備投資を増やし、雇用が大幅に増えるという触れ込みだった。

トランプはオハイオの人々に、「家を売るなよ」と言ったものだ。失われた自動車工場の雇用は「全て戻ってくる」から、と。だがおそらく、オハイオの人々の多くは、家を売っておくべきだった。

GMのリストラ計画にトランプは激怒し、GMに対する補助金打ち切りをほのめかすなど、脅しに等しいツイートを連発した。だが、そもそもGMは連邦政府から大した補助金を得ていない。今回の減税以外でGMが連邦政府から受けた最大の恩恵は、09年に経営破綻に陥ったとき、公的資金500億ドルを注入して国有化してもらったことだろう。後に経営再建を果たし再上場したとき、財務省はGM株を売却したが、112億ドルは今も未回収となっている。

ただし昨年の減税も、09年の国有化による救済も、GMがアメリカで雇用を創出・維持することを条件にしていなかった。いずれも1953年にチャールズ・ウィルソン元会長が言ったように、「GMにとっていいことは、アメリカにとっていいことだ」という思い込みから行われたことだった。

だが、1953年と現在とでは、状況が大きく異なる。当時のGMは全米最大の雇用主で、国外の工場はごくわずかだった。現在、全米最大の雇用主はウォルマートであり、GMは世界中に生産拠点と販売拠点を持つ。

しかも1950年代、アメリカの労働者の3分の1は組合に加入していて、GMは株主だけでなく、全米自動車労組(UAW)に対して説明責任を負っていた。当時GMの典型的従業員の時給は35ドルだったが、現在はその数分の1だ。

トランプの3つの勘違い

UAWが交渉力を失ったのは、工場における自動化の波のせいだけでなく、外国に行けば低賃金労働者を容易に確保できるためだ。10年に再上場を果たしたとき、GM経営陣は、同社の車の43%は従業員の賃金が時給15ドル以下の場所で製造されていると自慢げに語っていた。



だから今年、オハイオとデトロイト(ミシガン州)で製造コストが採算ラインを上回ったとき(その一因はトランプが鉄鋼製品などにかけた輸入関税だ)、GMはメキシコへの製造拠点移転を加速させた。

11月下旬のGMのリストラ発表を受け、トランプはGMに中国工場を閉鎖するよう要求した。だが、ここでもトランプは、株主ファーストのグローバル資本主義を理解していないようだ。GMの中国工場で生産される車の大多数は、アメリカではなく中国市場向けなのだ。

しかもGMの中国における生産台数は、アメリカにおける生産台数を上回る。「中国はGMの戦略のカギだ」と、GMのメアリー・バラCEOは言う。実際、トランプが米中貿易戦争をあおっても、GMは中国における電気自動車(EV)や自動運転車、そしてライドシェア技術に積極的に投資してきた。

このことは、「アメリカ・ファースト」という経済ナショナリズムの第3の誤りも明らかにする。トランプは中国が米企業から技術を盗んでいると非難するが、GMら米大手企業は、それでも中国に投資したがっている。株主ファーストのグローバル資本主義では、技術は国家に属するものではないのだ。

「アメリカを再び偉大な国に」と、「アメリカ企業を再び偉大に」とでは全く別の問題だ。アメリカを拠点とするグローバル企業は絶好調であり、その株主もまた同様だ。本当に難しいのは、「アメリカの労働者を再び偉大にすること」だ。

アメリカの労働者は、どんな仕事でもあればいいと思っているわけではない。「いい仕事」、つまりGMの組合労働者たちが半世紀前に就いていたような仕事を求めている。しかしほとんどのアメリカ人の実質賃金は、ここ数十年上昇していない。

これに対して中国の大手企業は、国有金融機関の資金に依存している。つまりこれらの企業の目的は、中国の国益を増進することだ。この国益には、中国における良質の雇用を増やすことが含まれる。

株主ファーストのグローバル資本主義の世界に、「アメリカ・ファースト」という経済ナショナリズムの居場所はない。もしトランプが本気でアメリカの労働者を再び偉大にしたいなら、投資家の企業に対する締め付けを緩和し、組合労働者の発言力を強化するべきだ。

<本誌2018年12月18日号掲載>



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ロバート・ライシュ(カリフォルニア大学バークレー校教授、元米労働長官)

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