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希少なアフリカゾウを殺戮する側の論理

ニューズウィーク日本版 2019年1月15日 17時0分

<チャドのザクーマ国立公園で象を殺戮する隣国スーダンの武装組織が、レンジャー部隊と熾烈な攻防を繰り広げている>

もうアフリカ象の命運は尽きたと誰もが諦めかけていた11年、リアンとローナのラブスカフニ夫妻はアフリカ中央部チャドのザクーマ国立公園に着任した。

当時も象牙の需要は増える一方で、アフリカ全土で象の個体数は激減していた。4000頭というアフリカ最大級の群れを誇ったザクーマの象も、主に隣国スーダンの騎馬民兵隊ジャンジャウィードによる密猟で、10年足らずのうちにわずか400頭にまで減っていた。

そこで非営利団体アフリカン・パークスはチャド政府と協力して野生の象を守るべく、南アフリカから活動家のラブスカフニ夫妻を呼び寄せた。人生を動物の保護にささげてきた夫妻は速やかに警備体制を見直し、地域社会との結束を強め、活動が困難な雨期も現場にレンジャーを配置した。

事態は1年で好転した。夫妻が知る限り、11年に殺された象は7頭のみ。密猟対策を公園外まで拡大できそうに思えた。象の群れが移動する雨期は、園外での保護が特に重要だ。追跡してみると、200頭ほどの群れが約100キロ北のエバンと呼ばれる沼地に向かっていた。

豪雨の中で陸路を移動するのは不可能だから、リアンはエバンに滑走路と基地を建設した。こうしてレンジャー部隊「チーム・バッファロー」が2週間交代で象の保護に当たるようになった。

だが12年8月、部隊の1人が北の森で馬3頭と人間1人が通った跡を発見。翌日には50発の銃声が響いた。さらにその翌日には応援部隊を乗せた飛行機の操縦士が、上空から密猟者の野営地を見つけた。識別番号Z6の象が銃弾で蜂の巣にされ、死んでいるのも見つかった。牙はまだ抜かれていなかった。

スーダン軍関与の証拠

部隊はジャンジャウィードの野営地を急襲した。だがそこには男が1人いただけで、驚いた男は発砲して森に逃げ込んだ。野営地には大掛かりな密猟作戦の証拠が残されていた。1000発を超える弾薬、ソーラーパネルに馬用の薬、食料も大量に見つかった。

スーダン軍との関係を示す証拠もあった。軍服、司令官が署名した休暇許可証。書類には兵士のIDと名前が入っていた。兵士兼密猟者たちはレンジャー部隊に野営地を破壊され、馬も武器も食料も没収されて身ひとつで放り出された。危険は去ったと、ザクーマ国立公園では誰もが胸をなで下ろした。これで密猟者は尻尾を巻いてスーダンに逃げ帰るしかない......。

だが違っていた。急襲作戦から1カ月近くが経過した9月3日の早朝、密猟者たちが報復に戻ってきたのだ。

夜中のうちにレンジャーの野営地に忍び込み、身を潜めていた彼らは朝の祈りでテントから出てきたレンジャーたちに銃撃を浴びせた。これでレンジャー5人が殺害された。



野営地の管理責任者だったドジメト・セイドも撃たれたが、なんとかやぶの中に逃げ込んだ。血を流し恐怖に震えながら、彼は密猟者たちがレンジャー所有の馬4頭に武器や弾薬を積んで逃げていくのを見届けた。

数時間後、彼は勇気を振り絞って野営地に戻った。仲間2人の遺体を小屋に運び、残る3人の遺体は(もう体力が残っていなかったので)防水シートで覆った。そして歩いて(時には泳いで)約20キロ先にある最寄りの村に行き、助けを求めた。

連絡を受けたザクーマ国立公園のスタッフは、予想だにしていなかった事態に衝撃を受けた。しかし冷静になって考えれば、密猟者たちにもこれ以外の選択肢はなかったと分かる。

「手ぶらでスーダンに戻って、失敗だったで済む話ではないだろう」とリアンは言う。「獲物がなければ、彼ら自身が殺されることになる」

ラブスカフニ夫妻は密猟者たちを捜そうとしたが、危険過ぎるという理由でチャド当局の許可が下りなかった。死亡したレンジャーの多く(襲撃時に逃げたきり音信不通のハサン・ドジブリンも、その後死亡したものと思われる)には複数の妻がいて、子供は15人以上。そして家族の中で唯一の稼ぎ手だった。

仲間を殺した者たちをなんとしても捕らえたかったラブスカフニ夫妻は、密猟者たちの携帯電話や衛星電話から150超の電話番号(全てスーダンとチャド国内の連絡先)を割り出し、警察に証拠として提出。ビラを配って情報提供者には報奨金を提示したが、成果はなかった。

そんななか、独自に事件を調べていたレンジャーの遺族の1人が、国境地帯に近い村に潜む密猟者の1人を捕らえた。

男の名前はソウマイン・アブドゥレイ・イサ。わりと小柄で「死を恐れない様子の男」だったとリアンは言う。

イサは85年にチャドで生まれ、もっぱら遊牧生活を送っていた。ある日、隣国スーダンのダルフール地方にある砂漠の町クトゥムを通った際に、チャドで象の密猟を行う準備をしている男たちの話を耳にした。いい小遣い稼ぎになるぞ。そう思ったイサは彼らに声を掛けた。

密猟グループの首領モハメド・アル・ティジャニ・ハムダンには「臆病者を見分ける目」があったとイサは言う。「相手の目を見て戦士かどうかを判断できた。勇敢で、自分に付いてこられる人間かどうかを」



残ったのはライフルだけ

イサは仕事にありついた。総勢4人の一団はチャド領に入り、2週間後にエバンに到着。4日間で9頭の象を倒した。順調なペースだった。

しかしザクーマ国立公園のレンジャー部隊に野営地を急襲され、4人は逃走。当初は野鳥やガゼルを撃って飢えをしのいでいたが、先が見えない。「だからレンジャーたちを襲うことになった」とイサは言う。

証言によれば、イサ自身は殺人に加わらず、留守番をしていた。すると仲間3人が馬や武器、食料を奪ってきた。その後スーダンに戻ったが、戦利品の分配をめぐって口論になった。

結局、イサは見捨てられた。手元に残った強力なライフルは売り飛ばした。それが今回の密猟で手にした唯一の戦利品だったという。「象の密猟と、ザクーマの監視員たちの死に関与した罪は認める」。彼はそう告白した。

後になってその証言の大半は事実であることが裏付けられた。イサは軍事訓練キャンプにある刑務所に入れられたが、1カ月後に脱獄した。家族が賄賂を支払い、政府が関与しているという噂が流れた。

「部外者には分かりづらいだろうが」とリアンは言う。「私たちから見ると、裏金で脱獄を黙認するような政府は役立たずで、腐っている。しかし現地の人たちがどう考えているのかは分からない。それを理解できるのは現地の人だけだ。欧米の法制度を当てはめても、役には立たないんだ」

イサの行方は分からず、法廷は彼を不起訴にした。スーダンに戻った仲間3人も法の裁きを免れたという。

エバンで殺害されたレンジャーたちの息子の1人、イサ・イドリス(21)はいま父親の後を継いでいる。「父は保護区を監視していて殺された」。物腰が柔らかくてシャイなイドリスは言った。「象を守ろうとして命を落とした。父は、よそ者がやって来て象を殺しまくるのが許せなかった」

「今は私がここで働く。それが父の望みだったと思う」とイドリスは言う。「いずれは自分の息子にもここで働いてほしいと思う。それが一番だ」

(本稿はヌワーの新著『密猟──野生生物不法取引のダークな世界の内側』からの抜粋)

<本誌2018年01月15日号掲載>



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レイチェル・ヌワー(科学ジャーナリスト)

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