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独裁者マドゥロを擁護する「21世紀の社会主義」の無責任

ニューズウィーク日本版 2019年2月15日 17時10分

<反帝国主義者なら独裁者でもOK? マドゥロらの失政を無視する欧米左派の罪>

ベネズエラが経済危機にのみ込まれている。その規模は世界大恐慌の2倍とされ、近年では南米最大となる難民を生み出している。それなのに、この大惨事を引き起こした体制は、卑劣な圧政から全面的な独裁体制へと発展を遂げつつある。

アメリカの右派はここぞとばかりに、近年盛り上がりを見せる新たな社会主義運動を攻撃している。しかしベネズエラでは人々が飢えている。その事実を差し置いて左派の攻撃に精を出すのは身勝手の極みだ。識者の意見など、ベネズエラの人々の窮状の前では無価値に等しい。

その一方で、左派もまたベネズエラの惨事を機に、自らの在り方を真剣に見直すべきだ。

警鐘は90年代末から鳴り続けていた。ベネズエラの故ウゴ・チャベス前大統領が始めた「ボリバル革命」は、それまで虐げられてきた農民の権利擁護を唱える一方で、カリスマ的指導者を偶像化し、体制批判を抑圧し、無責任な経済運営を続け、失敗は全てアメリカの陰謀のせいにしてきた。

それなのに「21世紀の社会主義」にロマンを抱く欧米の左派の多くは、その妄想を維持するために、ベネズエラが破滅への道を歩んでいることに見て見ぬふりをし、独裁者の横暴を黙認してきた。それは、実のところ左派の多くが、現代の社会主義的な経済政策とは実際どのようなものであるべきか見当がつかない状態にあるという、より深刻な問題も示している。

ベネズエラにおける21世紀の社会主義は、希望をもたらすはずだった。しかし実際にもたらされたのは、原油高に支えられた豊かさの幻影だった。原油価格が下がると、国営ベネズエラ石油公社(PDVSA)のでたらめな経営を隠すものはなくなった。ベネズエラの原油生産量は昨年6月、過去70年間で最低の日量134万バレルに落ち込み、石油頼みの同国経済は一気に極貧状態に陥った。

しかしそれよりも恐ろしいのは、欧米の左派には、反帝国主義の名の下に反米的な決まり文句を並べさえすればたとえ独裁者でも支持する、という人々が存在することだ。

確かに、十分な計画もなくベネズエラに政変を求めるアメリカのやり方は懸念すべきものだ。ドナルド・トランプ米大統領がニコラス・マドゥロ大統領に退任を呼び掛けたのは正しいが、アメリカの好戦的な姿勢は、ベネズエラの統治エリート層が反体制派をアメリカの手先と見なして弾圧する新たな口実を与えるだけだろう。



反トランプならOK?

アメリカの介入に反対しつつも、ベネズエラの独裁体制を批判することは可能だ。バーニー・サンダース米上院議員は、社会主義者なら独裁者でも擁護するべきだという考えをきっぱり否定する声明を発表している。1月末にはアメリカの介入を牽制する一方で、マドゥロ政権は「ベネズエラの市民社会を弾圧している」と明確に批判した。

だが、残念ながらサンダースは例外的存在だ。反帝国主義者の多くは、独裁者でも反帝国主義を唱えており、その横暴が国内にとどまっている限り、独裁者の肩を持つ悪い癖がある。

ソマリア難民のイルハン・オマル米下院議員は1月、「アメリカの支援でクーデターが起きても、ベネズエラの悲惨な問題の解決にはならない。トランプが担ぐ極右野党は、暴力を悪化させ、地域全体を不安定化させるだけだ」とツイートした。

しかし彼女のような左派の反帝国主義者たちが、ウクライナやシリアやベネズエラで命を懸けて残虐な体制に立ち向かう人たちに連帯感を示すことはない。それどころか反体制派を「ファシスト」「首切り屋」などと呼び、ベネズエラでは「極右過激主義者」などと中傷する。

1月後半に入っても、極左思想の持ち主たちは、ベネズエラで起きている事をクーデターと呼ぼうとした。これはベネズエラの現状を深く誤解している。この国でクーデターに最も近い事が起きたのは、17年にマドゥロが民主的に選ばれた国民議会から立法権を剝奪したときだ。

本物の帝国の介入を無視

ジャーナリストのフランシスコ・トロは1月末、ワシントン・ポスト紙への寄稿で、マドゥロは13年に大統領に選出されて以来、「民主的な権力抑制・均衡のシステムを廃止する措置を取ってきた」と指摘している。「その最たるものは、マドゥロの支持者だけが勝利できるよう操作された制憲議会だ」

野党がボイコットした18年のベネズエラ大統領選は、「自由かつ信頼できる選挙の最低限の条件を一切満たしていない」と、ゼイド・フセイン国連人権高等弁務官(当時)は評している。

反帝国主義を唱える極左勢力は、実のところ、帝国主義者にとって都合のいい存在に自らをおとしめている。彼らは、欧米諸国の介入という不安をあおることで、本物の強力な帝国が弱体化した国に不当に介入するのを無視するか、さほど深刻でないかのように扱ってきた。

シリアにおけるロシアとイランの介入は、まさにこの構図をなぞっている。ベネズエラでも、ロシアが数十億ドル相当の武器を供給し、マドゥロのボディーガードとなる傭兵を派遣している。さらに大量のキューバの情報工作員が、ベネズエラ野党や警察内の反体制派に対するスパイ活動を支援している。



もし、かつてレーニンが言ったように、帝国主義が「資本主義の最高の段階」であるなら、欧米の左派が喧伝する曲解された反帝国主義は、現代の社会主義の最も下劣な形だ。このお粗末な理念の信奉者たちは、ベネズエラやシリアの活動家やデモ参加者、そして野党政治家たちを、主体性のないアメリカ資本の人質のように見なしている。

ベネズエラ暫定大統領就任を宣言したフアン・グアイド(国際組織の社会主義インターナショナルのメンバーでもある)のような中道左派の政治家は、アメリカから支持されているだけで「極右野党」と中傷される。帝国主義者トランプはマドゥロを嫌っている。故にマドゥロの犯罪は許される。あるいはアメリカの陰謀が原因だ――。

欧米諸国の左派・反帝国主義者たちは、アメリカはベネズエラの内政に干渉するべきではないと言う。結構だ。しかしそれなら、検事総長から反体制派に転じたルイサ・オルテガ・ディアスや、デモを組織したとして4年間服役したレンソ・プリエト、あるいは国民議会が立ち上がったとき、なぜ沈黙していたのか。

反帝国主義者たちの理想どおり、自国の問題に立ち上がった彼らに対して、だんまりを決め込むなんて、あんまりだ。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年02月19日号掲載>



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ジェームズ・ブラッドワース(ジャーナリスト)

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