米大統領選でトランプは復活するのか…イェール大名誉教授が教えるアメリカ人の本音とは
プレジデントオンライン / 2024年5月2日 9時15分
■日本人が知らない米国民の本音とは
ドナルド・トランプとジョー・バイデンを中心に進んでいるアメリカ大統領選挙戦も、もう半年後に迫ってきた。誰が当選するかを予言するつもりはない。今アメリカに住む私の目線で、共和・民主両党の対立のあり方とそこから見える日米社会の相違について述べてみたい。
2024年4月13日、「ニューヨーク・タイムズ」はシエナ大学と共同で行った大統領選の世論調査を発表した。同年2月の調査ではトランプがバイデンに5%の差をつけて優位だったのが、今回の調査では差が縮まり、トランプ投票者46%・バイデン投票者45%となった(調査の推定誤差は3.3%)。次期大統領選が実に伯仲しているのがわかる。
トランプは非常に個性的な政治家である。親の経済力を利用してわがままの限りを尽くしてきた。法的な問題が起これば、法的手段を最大限に自分の都合のいいように利用し、アメリカ最高裁をはじめ、多くの裁判所で自分と共和党に有利な判事を任命しつづけてきた。対立する人物がいれば強硬な手段を使うことも辞さない。いわば悪ガキが成長して政治家になった人物なのだ。
さらにトランプは、白人優位の社会に育ち、男性的魅力を誇示する「マッチョ」の価値観を持っている。女性の人権も無視していて、ポルノ女優との関係の口止め料を政治資金から支払った疑いがあり裁判沙汰になっている(4月15日からニューヨークでその裁判が始まるので、反トランプ派は彼の得票が減ることを期待しているのだが……)。
トランプの態度はわがままな男性社会の再現にほかならない。核戦争にもつながりかねないアメリカ政府の秘密資料を私物化し、ジョージア州の選挙責任者に大統領としてトランプ票の捏造を命令するなど、無法な行動が積み上がっている。
とくにひどいのが、根拠は何もないにもかかわらず、トランプが敗北した大統領選に不正があったと暴徒をそそのかし連邦議会に攻め込ませ、数人の死者を出した事件だ。トランプは、この事件で有罪になった人々を恩赦するとして選挙を戦っている。
しかし、ただの悪ガキでないのが大きな問題だ。昔は今にもまして美貌だったし、彼には人を惹きつける独特の魅力、魔力がある。そして、男性社会、白人至上主義への回帰を求める基盤が確実にあるのだ。
トランプは自身の無法に対して共和党の誰もが何も言えない状態をつくり上げた。マイク・ジョンソン下院議長はトランプの住むフロリダ州マール・ア・ラーゴに日参して指示をあおぐ有り様である。
トランプは、独裁者プーチンと関係が深く、トルコ、ハンガリー、ブラジルの独裁者とも近い。再選されると世界全体の独裁者の輪が広がり、アメリカだけでなく世界の民主主義が破壊されるのではないかと空恐ろしくなる。
■バイデンの支持率が上がらない理由
バイデン現大統領は、新型コロナウイルスの存在をほぼ無視していたトランプ前大統領とは違い、疫病に立ち向かい一応の成果を上げた。コロナ禍のロックダウンや消費の減少で失職したり収入が減ったりして困窮する人が増えた。それを救おうとしたバイデンのインフラ等に投資する大型経済政策は正しい方向だったと思う。
バイデンは財政政策による1.2兆ドルにものぼるインフラ投資法を成立させた。しかし、大盤振る舞いが過ぎたのかもしれない。この政策により雇用は増加し、株価も高騰したが、同時に約9%ものインフレに襲われることとなった。
今インフレ率は沈静には向かっている。しかし、国民は物価上昇を懸念している。食料などの日常的支出がコロナ前に比べ高いため、経済状態への国民の評価は必ずしもポジティブではないのだ。したがって、バイデンに投票しようとする動きが加速しているとは言えない。
バイデンの支持率に影響を与える要素はほかにもある。昨年10月7日にハマスの奇襲で始まったイスラエルとパレスティナの紛争だ。経済支援を行うイスラエルの過剰な反撃がパレスティナを無視しているとして、バイデンから若者の支持が離れる恐れがある。
共和党の政治的動きで、アメリカ南部の国境問題・移民問題が過熱しており、バイデン政権の失敗であるという印象も生まれている。バイデンは、明確なビジョンを示せなければ、支持を失う可能性があるのだ。
■トランプが乗じた米国社会の亀裂とは
日本での三権分立は、立法を議会、行政を内閣が行い、司法は政治から独立した憲法の守り神、すなわち「アンパイア」として裁判を行うと考える。
しかし、アメリカの憲法学者の考えは少し違うように見える。アメリカ建国時には、立法と行政の間で意見の相違が生じると予想された。そこで、両者が互いの利害を調節する「ゲームのルール」として憲法はつくられたのだ。最高裁も単なる憲法の守り神ではなく、政治的な「プレーヤー」の一員なのである。
ジョン・ロバーツ最高裁長官は、基本的には保守派に属する判事であるが、判事間で意見が分かれるときには、自分が決定権を握りたいように見える。トランプ在任時代に、最高裁で共和党系の判事が3名任命された。今までのところ、先述のトランプの「扇動」について、コロラド州はトランプの出馬資格を奪う判断を示したが、最高裁がそれを認めない姿勢を示したのが関与したケースである。
読者に伝えたいのは、アメリカ社会においてトランプが選ばれた理由は、彼の型破りな個性だけではないということだ。アメリカの人種社会の中にトランプの政治スタイルを歓迎する根強い基盤がある。男性社会、白人社会への回帰を求める心は簡単にはなくならない(日本の男性社会でも同じで、一定限度までは、家庭でも、職場でも男性を立ててくれる社会は、一部の男性にとって心地よいのだろう)。
そもそも、アメリカという国が黒人の労働力に依存したプランテーション経済から始まっているため、アメリカの人種問題は建国から一種の「原罪」としてつきまとっている。市民権運動、そして公民権運動などリンドン・ジョンソン元大統領の「偉大な社会」の動きを経て、人種が統合された世界の建設がうまくいっていたように見えた。
しかし、成功しつつある統合社会に水を差し、白人支配、男性支配の世界をもう一度つくり出そうとするのがトランプの動きである。アメリカにつきまとう社会の亀裂を利用して、彼は政治的地位を積み上げてきたのである。
米国人の妻が日本語を急に熱心に勉強しだした。「トランプが大統領に再選されたら私、日本に国籍を移そうかしら」と言う。単に冗談とは言えない時世である。
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イェール大学名誉教授
1936年、東京都生まれ。東京大学法学部入学後、同大学経済学部に学士入学。イェール大学でPh.D.を取得。81年東京大学経済学部教授。86年イェール大学経済学部教授。専門は国際金融論、ゲーム理論。2012~20年内閣官房参与。現在、アメリカ・コネチカット州在住。近著に『21世紀の経済政策』(講談社)。
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(イェール大学名誉教授 浜田 宏一 写真=時事通信フォト)
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