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「史上最悪」日韓関係への処方箋

ニューズウィーク日本版 2019年2月21日 19時40分

<一方的な主張をぶつけ合い建設的な議論ができない――根本的な原因は限界を迎えた「65年体制」にある>

日韓関係が「史上最悪」を更新している。今度は韓国の文喜相(ムン・ヒサン)国会議長の「天皇謝罪」という火に油を注ぐ発言だ。知日派で文在寅(ムン・ジェイン)大統領の側近という立場からすれば、あまりに無責任な発言といえよう。ただ韓国では、さほど影響力のない人の発言に安倍晋三首相まで直接怒りを表明することは、オーバーだと捉えられている。

最近の日韓は、相手を否定し、売り言葉に買い言葉で本筋からずれた言い争いがエスカレートした状態だ。葛藤の背景には北朝鮮問題がある。

例えば日本政府は、南北融和で従来の日米韓の枠組みが崩れ中国の影響力が増大し、日本の存在感が相対的に下がることを懸念している。拉致問題と日本の安全保障上の懸案がないがしろにされることにも反対だ。

だが韓国からすれば、分断体制を何としても克服したい。かつての独裁政権も現在の左右の政治対立も周辺大国からの「軽視」も、根源には分断体制があるとされる。そして、分断の淵源には植民地支配があり、ドイツと違って日本の代わりに分断されたという強い意識がある。よって、南北融和に非協力的な今の日本に失望している。

問題の根源には、これまでの日韓関係を支えてきた「65年体制」が限界に達したことがある。1965年の日韓国交正常化は、ベトナム戦争の最中、米国の冷戦戦略の下に日韓両政府の妥協の産物として、両国民のコンセンサスを得ないまま実現した。それは日韓の圧倒的な力の差、冷戦という接着剤と米国という仲介者、歴史問題の棚上げ、ポストコロニアルな人脈、そして日本の一定の贖罪意識によって成り立っていた。

それから時代は大きく変わった。韓国は民主化され国力は増大し、南北・米朝が対話を始めた。日本では植民地期の記憶は風化し、韓国に一片の贖罪意識も持たない人が発言力を増した。

炎上覚悟で本音の議論を

家も50年たてばリフォームが必要となるように、日韓関係もリビルディング――時代に合った関係の再定義が必要だ。韓国の左派の代表的論客、金於俊(キム・オジュン)は「過去の歴史、きれいさっぱり終わらせよう」「ポストコロニアルの植民根性、慎重に清算しよう、みっともない」と訴えた。日本が経済大国で距離が近いからではなく日本を払拭しないと被害者意識に拘泥する韓国人が幸せになれないからだ。日本も戦略的利害以外に韓国の存在意義をどう再発見するかが重要だ。

65年体制の最たる限界は、棚上げにした歴史問題がほこりをかぶり、棚下ろしの必要が生じた点にある。日韓基本条約および請求権協定には、日中共同声明にはある反省の表現もなく、署名したのも外相で和解には程遠い内容だ。これを今後も日韓関係の「基本」にすべきかは大いに議論の余地があるだろう。



最大の争点は韓国併合の法的性格だ。65年体制では、両国は国内向けに別の解釈をすることを暗黙の了解とした。韓国では当然不法とされ、植民地期は「日帝強占期」と呼ばれた。一方、日本では合法で「解決済み」に傍点が置かれた。日本では韓国がゴールポストを動かしているとの議論があるが、そもそも2つのゴールポストの存在を認めることが65年体制の精神だった。

こうした経緯は忘れられがちだ。韓国を「甘やかしてきた」という自民党議員がいる一方、韓国では日本は謝罪・反省していないとの意見が根強い。

自分たちの論理を原理主義的にぶつけていても、打開への道は見込めない。この際、本音をぶつけて議論をすべきだ。さらなる葛藤が広がるかもしれないが、同じ問題でケンカを繰り返す陳腐な関係を脱却するには、避けて通れないだろう。その結論としては、現時点でおおむね次の3つが考えられる。

第1は、韓国併合は国際法上、合法だったと両国が認めることだ。その上で、日本統治と戦争の過程での人道的な罪については率直に認め反省し、必要あれば追加措置を講じる。金銭的なことが難しければ、教育で教え、それを否定する国内勢力に対して政府が「毅然」と接する。これは韓国にとっては受け入れ難い結論だろうが、日本の反省が前提となれば、未来志向で実質的には悪くない話だ。

第2は韓国併合を不法として、日本政府は正式の謝罪を表明する。だが、賠償・補償については65年の請求権協定、その後の経済協力や日本側の措置などにより、清算は終わったとする。こちらは日本側が納得しないだろうが、日本の求める不可逆性につながり、日本側が妥協を示したことで国際社会でもソフトパワーを獲得するとともに、今後の立場において優位に立てるという実がある。要は、互いに名分を取るか実を取るかだ。

第3は、合法性についてコンセンサスを得られなかったことを再確認する。つまり棚上げあるいは両論併記にすることを国民的に合意する。その上でどうするかを議論する。その際、ナチス政権下での強制労働被害者への補償を行うドイツの「記憶、責任および未来」基金などをモデルに和解への努力を重ねる。

新たな文化的つながり

とはいえ、合法・不法という法律論が本当に重要なことだろうか? 日韓関係は法解釈で白黒つけていいものだろうか? 植民地支配は戦争と違い、複雑な様相を呈している。ジョン・ダワーは歴史を一言で言えば「複雑」だといったが、まさに日韓の歴史は複雑さそのものだ。

いずれにせよ、隣国を相手の国民の意に反して植民地化したことは無理があった。過去の悲劇を二度と繰り返さないことを誓い、将来の協力関係を標榜する(第二次大戦後に独仏が和解のため結んだ)エリゼ条約に匹敵する「日韓平和友好条約」を結ぶことを提言したい。



韓国側にも日本側の立場や論理にも耳を傾ける寛容さが欲しい。具体的には、天皇や原爆などについて史実と実態に基づく理解を持つ。できれば、天皇を「日王」でなく天皇と呼ぶ。80年代までと、金大中、盧武鉉政権はそう呼んでいた。また、戦前と戦後の日本を区別し、「旭日旗」も認める雅量が欲しい。

「史上最悪」といわれる日韓関係だが、必ずしもそうとも言えない。政府関係とメディア・ネットの雰囲気は最悪だが、昨年の日韓往来者数は史上初めて1000万人を突破した。村上春樹や東野圭吾を読み、BTSやTWICEに熱狂する、スピードスケートの小平奈緒と李相花(イ・サンファ)の抱擁に感動する日韓の新たな「文化人」に期待を寄せたい。

それでも納得がいかずケンカしたければ仕方ない。だが、日韓葛藤を喜ぶ習近平(シー・チンピン)の慇懃なほほ笑みと、日韓が慕うアメリカの碩学ジャレド・ダイアモンドの忠言を想起してからでも遅くはない。「韓国人と日本人は同じ血を分けているのに長年互いに敵意を抱いてきた......彼らは成長期を共に過ごした双子兄弟に似ている。東アジアの政治的未来は、両国が古代に築いた紐帯を成功的に再発見できるかどうかに懸かっている」

<本誌2019年02月26日号掲載>



※2019年2月26日号(2月19日発売)は「沖縄ラプソディ/Okinawan Rhapsody」特集。基地をめぐる県民投票を前に、この島に生きる人たちの息遣いとささやきに耳をすませる――。ノンフィクションライターの石戸諭氏が15ページの長編ルポを寄稿。沖縄で聴こえてきたのは、自由で多層な狂詩曲だった。


クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)

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