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SNSで自滅する自撮り首相トルドー、スキャンダルで進歩主義イメージが...

ニューズウィーク日本版 2019年3月18日 16時35分

<カナダのトルドー政権が選挙イヤーに失速。多様性・男女同権の旗手だったが、ソーシャルメディア戦略に溺れ、バイラルな砂上の楼閣が揺らいでいる>

2015年11月に就任したカナダのジャスティン・トルドー首相は、多様性と男女のバランスを重視した組閣を行い、新左派政権の誕生を印象付けた。

閣僚を男女同数にした理由を聞かれたトルドーの答えは、「なぜなら2015年だから」。この言葉は瞬く間に世界中に広まった。

そして2019 年の今、トルドー政権は自業自得のスキャンダルの真っただ中にいる。ソーシャルメディアとテレビの生中継で繰り広げられている政治ショーは国政を麻痺させ、トルドーも失脚しかねない。

ソーシャルメディアは「バイロクラシー」、すなわちバイラル(ソーシャルメディアを使った口コミ)な政治支配を可能にする。だが、ソーシャルメディアは本質的に自滅を招く。トルドーはその生きた教材だ。

現在、トルドー政権を揺るがしているのは「SNCラバラン・スキャンダル」。だがカナダの政治史を振り返れば、似たようなことは数多くあった。ケベック州モントリオールを拠点とするSNCラバランは、国内で8500人、国外で数万人の従業員を擁する大手建設会社だ。以前から国内外で疑惑が絶えず、リビア政府に対する贈賄をめぐりカナダで刑事訴追された。

SNCラバランは司法取引を模索したが、検察は応じなかった。これに対しトルドーと側近が、ケベックの雇用(とケベックの票)を守るためとして昨年、ジョディ・ウィルソンレイボールド法相兼司法長官に「不適切な圧力」をかけ、訴追の延期を迫ったとされる。要求に従わなかったウィルソンレイボールドは今年1月に退役軍人問題相に降格され、2月に辞任した。

2月末に議会で不適切な圧力について証言したウィルソンレイボールドは、最後にこう締めくくった。「伝統ある先住民の一族に生まれた1人として、私は真実を述べています」

まさにツイッター向きのセリフだ。カナダ自由党や閣内の同僚の一部が、さまざまなソーシャルメディアで支持を明言した。

ただし、世間の反応はやや薄い。ケベックの地方議員が懸念を表明してはいるが、もっぱら地元の雇用に関することだ。

トルドー政権の自滅型政治が、ようやく本領を発揮している。見せかけの美徳とソーシャルメディアで権力を握った手法そのものが、自滅を招くのだ。

トルドーは、進歩主義のセレブというイメージを操る達人だ。ソーシャルメディアを使いこなせば選挙に勝てることも証明した。

MARK BLINCH-REUTERS



美徳と権力は両立しない

ただし、そうした政治手法は代償を伴う。トルドーは今まさに、無垢のイメージを保ち続けなければならないという代償を払っている。

イメージと権力がせめぎ合う緊張は、2015年に自由党が政権を奪回したときから始まっている。ファースト・ネーションズ(先住民族)議会の元地域代表で部族長の娘でもあるウィルソンレイボールドは、トルドー政権の多様性の象徴だ。

カナダの先住民には、地位と権利の回復を目指してきた長い歴史がある。一方でカナダ政府は、2007 年の国連の「先住民族の権利に関する国際連合宣言(UNDRIP)」に反対した。

政治家としての純粋な美徳を考えれば、ウィルソンレイボールドはUNDRIPの導入を進めるべきだろう。しかし彼女は法相として、「インディアン法」という悪名高い国内法を守る政治的責任を負っている。

キャサリン・マッケナ環境・気候変動相も、似たような矛盾を突き付けられた。彼女はツイッターとフェイスブックの投稿で、女性は男性より気候変動から受ける影響が大きいと示唆する研究を引用した。「自分は女性と環境のために戦っている」という姿勢を強調したかったのだろう。

ただし、彼女は大臣として、アルバータ州のオイルサンド(石油成分を含む砂岩)を世界に売り込むためのパイプラインを建設する責任者でもある。「女性と環境のために」という看板はどこに行ったのか。

政治や政治学の歴史に詳しい人なら知っているとおり、美徳と権力は常に両立するわけではない。むしろ、傍観者でいるほうがはるかに楽だ。

傍観者なら、UNDRIPを取り巻く複雑な事情は無視して、インディアン法は国の不名誉だとツイッターで叫んでいればいい。物事を実現するために必要な譲歩は無視して、自分を批判する人々を女性蔑視だと名指しすればいい。

ソーシャルメディアは、美徳と権力の根本的なジレンマを見事に抹消してくれる。

偽善的な本性がウケる?

トルドー政権は今のところ、進歩的な政府として目覚ましい成果を上げている。カナダの子供の貧困率は2002年以降で最も低くなった。機能する多文化主義のとりでを守り、難民を支援している。あのドナルド・トランプ米大統領とNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉に成功し、嗜好用のマリフアナ(大麻)を合法化した。経済成長はG7で1位か2位をほぼ維持している。

もっとも、具体的な成果ではあるが、政治的にはあまり重要ではない。そもそもトルドー政権は、バイラルという実体のない砂の上に建てられた城なのだから。

BLAIR GABLE-REUTERS



右派にはこの類いの問題はない。彼らは権力の醜悪さを自慢し、有権者は、彼らが「嘘をついていないから」という理由で好意的に受け入れる。

バイラルな美徳は自らを食い尽くす。見せかけのポーズで生きていれば、見せかけのポーズのせいで死ぬだろう。

ともあれ、ソーシャルメディアの操作にたけているトルドーは、10月の総選挙で再び勝つかもしれない(勝っても足元は常に不安定だろうが)。ソーシャルメディアの政治的な影響力はあまりに大きく、SNCラバランのように古典的なスキャンダルが、昔とは異なる印象を残すかもしれない。

最後にもう1つ、トルドーに有利なことがある。私たちカナダ人は基本的に、偽善的で独り善がりなのだ。

私たちはとにかく善人に見られたいが、腹の底ではガキ大将も大好きだ。私たちのために雇用を奪い取ってくる強者や、世界の悪党と渡り合える人物を求めているのかもしれない。そこは昔もソーシャルメディアの時代も変わらない。

From Foreign Policy Magazine

<2019年3月19日号掲載>



※3月19日号は「ニューロフィードバック革命:脳を変える」特集。電気刺激を加えることで鬱(うつ)やADHDを治し、運動・学習能力を高める――。そんな「脳の訓練法」が実は存在する。暴力衝動の抑制や摂食障害の治療などにつながりそうな、最新のニューロ研究も紹介。


スティーブン・マーシュ(作家)

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