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去りゆく象徴、善良なる男性、平成日本の「普通の天皇」

ニューズウィーク日本版 2019年4月24日 11時10分

<私は1度だけ、今上天皇にお会いしたことがある――。震災体験の中で本領を発揮したその人物像を、本誌の元東京支局長が思い起こす>



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(この記事は「ニューズウィークが見た『平成』1989-2019」収録の書き下ろしコラムの1本)


◇ ◇ ◇

そのとき、歴史を振り返らずにいることは不可能だった。昭和天皇の大喪の礼の当日、弔意を示すべく参列する各国指導者などの要人の到着を、ほかの取材陣と一緒に待っていたときのことだ。

一国を治める「現人神(あらひとがみ)」から「普通の人間」に転じた存在、それが昭和天皇だった。彼を崇拝の対象としたこの国は破滅的な戦争に突き進み、敗戦後の廃墟と焦土の中から驚異的な復活を遂げた。太平洋戦争は、昭和という時代を区切る2つの出来事のうちの1つだ。

大喪の礼の数日前、皇居前で記帳したときのことは今でも覚えている。日本のメディア関係者がたちまち私を取り囲み、アメリカ人のあなたがなぜそんなことをするのかと質問した。答えは単純だと、私は言った。戦後の日本という国の在り方に敬意を表するためだ、と。

戦後、日本は平和憲法を有し、世界2 位の経済大国に変貌する奇跡を成し遂げ、アメリカが率いる民主主義陣営の強力な一角になった。こうした変化の総体こそが昭和という時代を区切るもう1つの出来事であり、そのそれぞれが画期的な出来事だった。

それと比べて、平成はどんな時代だったのか。思い浮かぶのは「安定」と「普通」という言葉だ。今の天皇その人がそうした特徴を体現していたと、私には思える。

私は1度だけ、天皇にお会いしたことがある。1994 年の訪米を前に、数人のアメリカ人記者が招かれた懇談の場でのことだ。優雅な美智子皇后と共に、彼は心の籠もった握手をし、にこやかに私たちと話をした。実に礼儀正しく、伝統が深く根差す国で皇族として育った人物にしては、実に普通の人物という印象だった。

彼が天皇であった時代、日本もまたそうなった。つまり「普通の国」に。

もちろん、戦後世界において富と影響力を持つ大国となったこの国では、平成になってからも国際社会の注目を集める複数の出来事が起きた。いわゆるバブルとその崩壊。低成長からゼロ成長に至る長い経済低迷(私は本誌記事で「失われた10年」と形容した)。そして1995 年の阪神淡路大震災、2011年の東日本大震災と福島第一原発事故という大惨事もあった。

天皇は日本が激動に見舞われた2011年、本当の意味で名を成した。私はチェチェンやアフガニスタン、イラクの戦場を取材したことがあるが、津波が襲った後の東北地方で目撃したような惨状と破壊はこれまでに目にしたことがない。それはまさに、言葉では表現できない光景だった。



即位以来、皇室と国民の距離を縮めることを願ってきた天皇は、国民が苦しみと衝撃と圧倒的な悲しみの中にあったそのとき、自らの誓いを実行に移した。彼は国民に向けて歴史的なビデオメッセージを発表し、連帯して「不幸な時期を乗り越える」ことを呼び掛けた。皇后と共に避難した人々を見舞い、被災地を訪れた。被災者の力と慰めになろうとする感動的な姿こそが、私にとっては今の天皇の歩みのクライマックスだ。

彼は威厳がありながらも共感に満ち、天皇という存在を人間的なものにすることに成功した。後世に残る彼の功績とは、その点だろう。愛する故国が負った痛ましい傷を少しでも癒やそうと、力の及ぶ限りのことをした善良で立派な男性──天皇が退位した後、私は彼をそんな人物として思い起こすに違いない。

<「ニューズウィークが見た『平成』1989-2019」掲載>

「ニューズウィークが見た『平成』1989-2019」書き下ろしコラム
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ピーター・タスカ:失われた20年に「起きなかったこと」に驚く──平成は日本を鍛え上げた時代
コリン・ジョイス:国技館で天皇を見た、平成は立派で前向きな時代だった
デーナ・ルイス:平成の日本:「新しい不平等」の受け入れと、無関心の仮面の下に見たもの

※詳しくは「ニューズウィークが見た『平成』1989-2019」をご覧ください。


ビル・パウエル(本誌シニアライター、元東京支局長)

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