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徴用工問題で日韓が近づく危険な限界点

ニューズウィーク日本版 2019年5月14日 16時20分

<徴用工賠償問題で最悪の状態にある日韓関係だが、現実的対策を急がなければ北東アジアの安全保障に悪影響が>

日本が平成から令和に変わる前日、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は天皇(現在は上皇)に書簡を送り、日韓関係の発展に寄与したことに感謝の気持ちを伝えたという。

ピリピリしていることが多い日韓関係において、それは非常にまれな、心温まるニュースだった。だがその余韻は長続きしそうにない。両国の前途には厄介な問題が山積しているのだ。

例えば4月、ソウルで建て替え予定だった在韓日本大使館の建築許可が取り消されていたことが明らかになった。建築許可の延長申請がなかったというのがソウル市当局の説明だが、両国関係の悪化を打破するために、今こそ外交が重要になるときに、日本政府は手狭な仮スペースでの活動継続を余儀なくされることになる。

4月はさらに、WTO(世界貿易機関)を舞台に日韓関係に打撃を与えるニュースも飛び込んできた。韓国による福島など8県産の水産物輸入禁止措置について、日本政府がWTOルール違反だと訴えていた事件で、WTOは韓国側の措置を妥当とする最終決定を下したのだ。

しかし、こうした事件は、歴史認識と領土問題をめぐるもっと大きな不和と比べれば、マイナーなものにすぎない。現在最も深刻なのは、日本が韓国を植民地支配していた時代に日本企業に動員された人々(徴用工)に対する賠償問題だ。

韓国の大法院(最高裁判所)は2018年11月、三菱重工業(日本最大の防衛企業だ)に対して元徴用工に1人当たり1億ウォン(約1000万円)の賠償金支払いを命じる下級審判決を確定させた。その前月にも日本製鉄(旧・新日鉄住金)に対して同様の判決が下されている。

日本では、政府も世論もこの判決に猛烈な怒りを示している。安倍政権は、元徴用工の賠償問題は、1965年の日韓請求権協定で解決済みとの立場を取っており、今回の大法院判決をきっかけに類似訴訟が続出する可能性を危惧している(既に係争中の類似訴訟は10件以上ある)。

さらに気掛かりなのは、今回の賠償判決を執行するために既に差し押さえられている韓国内の三菱重工業や日本製鉄の資産が強制的に売却されれば、日本国内の韓国企業も資産差し押さえを余儀なくされるかもしれないと、日本政府が警告していることだ。

だが、文政権は、「日本は過去を反省しない元侵略国」という国民感情を落ち着かせる努力をほとんどしていない。むしろ原告団が裁判所で日本企業の資産差し押さえ手続きを進めるのを傍観してきた。また、問題を外交的に解決したり、日本政府にとって現実的な代替策を提案したりする努力もしていない。

吹き飛ばされた楽観論

危険なのは、歴史問題をめぐる堂々巡りが続くなか、日本政府の忍耐は限界に近づいているように見えることだ。



戦時中の個人賠償をめぐっては、いわゆる従軍慰安婦の問題も日韓関係をむしばみ続けている。両国政府は15年、慰安婦問題を「最終的かつ不可逆的に解決する」とする日韓合意を結んだ。ところが、このとき大統領だった朴・槿恵(パク・クネ)が弾劾されて、文政権が誕生すると、たちまち慰安婦問題が息を吹き返した。

かねてから日韓合意に批判的だった文は、日本政府が拠出した10億円の基金を元慰安婦や遺族に支払う財団を解散させると発表した。つまり、消極的にでも日韓合意を維持しながら新たな解決策を探るのではなく、合意の枠組みそのものを解体してしまったのだ(本人はそんなことはないと言い張っている)。

歴史問題をめぐるいざこざのタネは、歴史教科書の記載からリアンクール岩礁(日本名・竹島、韓国名・独島)の領有権、さらには韓国ポップスターの原爆Tシャツまで、ほとんどエンドレスに出てくるように見える。険悪なムードが支配的になるなか、日韓政府の対話はストップしてしまった。

18年2月に安倍晋三首相が平昌冬季五輪開会式に出席するために韓国を訪問し、同年5月に文が日中韓首脳会談のために初訪日するなど、安倍・文の信頼醸成を期待する見方も一時はあったが、そうした楽観論は完全に吹き飛ばされた。歴史問題をめぐる不信感の高まりが両国関係の決定的な要因になるなか、両国政府は正反対の方向に向かって歩んでいる。

だが、日韓関係を安定化させることは両国のためだけでなく、アメリカにとっても著しく重要だ。北朝鮮の挑発行為を抑止する上で、日本と韓国はアメリカにとって不可欠な同盟国であり中国の戦略的挑戦に対処する上でもアメリカは長年、日韓の協力強化を希望してきた。

最悪のシナリオを避けろ

残念ながら、現在の米政府には日本と韓国の関係をとりなす意欲はほとんどない。米トランプ政権は、日本と韓国それぞれと個別に関係を構築するアプローチを好んでおり、北朝鮮とその核開発計画への対応でも日米韓の3カ国が協力する重要性を小さく見ている。

日韓関係を修復する簡単な方法はないだろう。しかし今は試さなければならないときだ。

日本政府が徴用工賠償判決を懸念するのはもっともなことであり、文政権はその懸念にきちんと対応するべきだ。韓国にある日本企業の資産や債権が強制的に売却されるのは最悪のシナリオであり、両国関係を修復不可能な領域に進ませる恐れがある。文は大統領として思い切った宣言を発表して、この破滅的なシナリオが現実になる可能性の芽を摘み取るべきだ。

そのような宣言は、裁判所の判決を尊重しつつ、現実的な問題解決に寄与する独創的な方法をもたらすだろう。例えば鉄鋼大手のポスコなど、日韓請求権協定に基づき、日本政府から賠償金を受け取っている韓国企業に賠償の一部を負担させる方法もあるだろう。一方、日本企業は訴えを起こした元徴用工に対して、法的な賠償金ではなく、あくまで自発的な支援金を支払うなど、象徴的な誠意を示すことができる。



この問題を解決しても、日韓関係が完全に修復されることはないだろうが、節度ある外交協議を復活させることはできる。難しい問題は残っていても、両国が二国間関係を守る努力をすることは必要不可欠だ。さもないと、現在の亀裂は、超えることのできない巨大な溝に成長する恐れがある。

日韓関係が致命的に悪化すれば、その影響は両国を大きく超える領域にまで及ぶ。北朝鮮は今、米トランプ政権が制裁を緩和しなければ、核またはミサイル発射実験を再開する可能性をちらつかせている。日韓関係が崩壊すれば、北朝鮮を抑止し、その脅威を封じ込める努力は一段と不確かになるだろう。もちろんアメリカが中国の台頭を抑止する上でも、良好な日韓関係は重要なカギとなる。

日韓関係の完全に近い崩壊は、グローバルな視点から見ても、防ぐべき重大事なのだ。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年5月14日号掲載>


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J・バークシャー・ミラー(日本国際問題研究所上席客員研究員)

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