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「ファーウェイ排除」大統領令を繰り出したトランプの狙い

ニューズウィーク日本版 2019年5月16日 17時0分

<対中貿易交渉のカードとしてファーウェイ締め出しをちらつかせるトランプの強気な意思表示>

米政府が中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)に対して、締め付けを強める措置を立て続けに発表した。

15日、ドナルド・トランプ米大統領は、大統領令13873号の「インフォメーションやコミュニケーションのテクノロジーとサービスのサプライチェーンを安全にするための大統領令」に署名した。この大統領令では、サイバー空間などで国家安全保障にリスクがあるとみられる企業の通信機器を米国内の企業が使うことを禁じている。

さらに米商務省も、ファーウェイと関連企業70社を「エンティティーリスト」、つまりブラックリストに追加すると発表。これによって、ファーウェイは米政府の許可を得ることなく米企業から部品などを購入することが禁止された。

ファーウェイと言えば、中国政府が製造業で世界的な覇権を手にすべく2015年に発表した産業政策「中国製造2025」を実現するのに重要な企業な一つと位置付けられ、1000億ドルとも言われる莫大な補助金などを与えて育ててきた企業でもある。また通信機器でスパイ行為をしているとの指摘によって、5G(第5世代移動通信システム)の通信機器などがアメリカをはじめとする政府機関から締め出されるなど物議を醸している企業だ。

そんな中国企業相手に米政府がさらに強硬な措置を今回一気に繰り出したわけだが、なぜこのタイミングなのか。この背景には何があるのか。

「満を持して」の大統領令

今回の措置はまさに「満を持して」のものだ。この大統領令は、特に昨年末から、いつ大統領がサインしてもおかしくないと米政府界隈では言われていた。それがなかなかサインされなかった背景には、米中の貿易戦争がある。

米中貿易交渉を簡単に振り返ると、2017年3月にトランプが、貿易赤字是正の検討と関税強化を打ち出した2つの大統領令にサインをしてから交渉が本格化した。2018年3月には一部の国を除いて鉄鋼に25%とアルミニウム製品に10%の関税を発表し、4月には逆に中国が米輸入品の一部に最大25%の関税を科すなど、いわゆる貿易戦争の様相となった。ただ2018年12月には、米中首脳会談で貿易交渉期間の延長が発表された。

すると、その同じタイミングで、ファーウェイの創業者の娘でCFOを務めていた孟晩舟(モン・ワンチョウ)が米政府の要請によりカナダで逮捕される事態となった。それまでずっとファーウェイや別の中国通信機器企業である中興通訊(ZTE)をはじめとする中国通信関連企業を目の敵にしていた米政府が、ファーウェイを締め出す絶好の機会を得たのだ。



貿易交渉期限の延期とファーウェイ幹部の逮捕。特にこの後から、件の大統領令がいつサインされてもおかしくないという情報が繰り返し伝わり始めた。

そして孟晩舟の逮捕の余韻がまだ残っていた2019年初頭、米政府は一気にイラン制裁違反や米国内で企業情報を盗んだ容疑でファーウェイと関係者を起訴するに至った。

米政府関係者は当時、トランプ政権が今回サインした対ファーウェイの大統領令を、米中交渉のカードとしてちらつかせていると言っていた。米中の貿易交渉はその後も続いたが、結局、5月10日に決裂し、米政府が中国に対する関税を相次いで発表、中国も報復関税に乗り出したのは周知のとおりだ。

そんな中で出された大統領令。明らかに、中国が重要視している分野を支える企業を刺激する動きであり、トランプはここから米中貿易交渉で米政府の主張をのませるために妥協を引き出そうとしている。例えば米政府は、中国が国外企業に技術移転を強要するのを止め、中国政府が中国企業に莫大な産業補助金を出すの止めるよう要求している。

「とことんやる」のメッセージ

トランプがファーウェイを貿易交渉に使おうとしているふしは、これまでもあった。例えば、今年になって米中の貿易交渉が閣僚級で行われるタイミングで、5Gについて「現在さらに進んだテクノロジーを排除することなく、アメリカは競争に勝ちたい」とツイートを発している。これはつまり、特に5Gの通信機器として優れたテクノロジーを提供しているファーウェイに妥協してもいいとちらつかせるかのような発言で、交渉のカードとして使っていることがわかる。

そして今回の大統領令では、アメリカが中国企業を徹底的に排除するという意思を見せつけた。トランプにしてみれば、「米中交渉で今妥協しなければ、とことんまでいく」という意思表示だろう。

米政府にしてみれば、ファーウェイに今以上の打撃を与えようと思えばできる。今回は機器などが取引制限される可能性があるが、例えば、ファーウェイが米企業すべてと取引を完全に禁じられたら、どうなるのか。例えば、グーグルとの取引ができなくなれば、ファーウェイの主力商品であるスマートフォン用のOSであるアンドロイドを使えなく恐れがある。そうなれば、ファーウェイ製のスマホの存続も危ぶまれ、ファーウェイへの打撃は計り知れないだろう。パソコンOSのWindowsを販売するマイクロソフトも米企業だ。



もちろん米企業側にも痛みは出るが、「冷戦」状態の全面対決になれば今回の大統領令のような措置ではすまない。今、妥協した方がいい――。そんなメッセージを発信しているのだろう。

それでは、今後はどうなるのか。トランプは、おそらくファーウェイ排除に関しても、何らかの形で妥協する意思はあるのではないだろうか。今回の大統領令でもあえて企業名は出さずに曖昧にしている部分があり、そのあたりでうまく調整することも考えられる。そしてその見返りとして、米中貿易交渉でトランプの要求をのませたい。ファーウェイ排除よりも、米中貿易戦争に勝つほうが、有権者に対して大きなアピールになる。次の大統領選は来年に迫っている。そんな打算があるのかもしれない。

トランプ政権が出したファーウェイを巻き込んだ大統領令。ボールはこれでまた中国側に渡った。米中貿易交渉の文脈で、中国がどんな「妥協」を見せるか、注目される。


山田敏弘(国際ジャーナリスト、マサチューセッツ工科大学〔MIT〕元安全保障フェロー)

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