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米中新たな火種、イランのミサイル開発を支援した危険人物の引き渡しをアメリカが中国に要求

ニューズウィーク日本版 2019年5月23日 17時0分

<アメリカが長年追ってきた中国人実業家を制裁対象に指定。パキスタンの「核開発の父」カーン博士にも匹敵する危険人物だが、中国はずっと引き渡しを拒否してきた>

米トランプ政権は5月22日、中国とイランを同時に標的に据えた、新たな制裁リストを発表した。イランのミサイル開発を支援したとして、過去に何度も制裁対象に指定されたことがある中国人実業家も、改めてリストに加えられた。

李方偉(リ・ファンウェイ)、またの名をカール・リー(ほかにも様々な偽名を使い分けている)は、「精密誘導・制御システムの部品から、推進剤の原料まで、弾道ミサイルの製造に必要なあらゆるものをイランに供給してきた」と、トランプ政権の高官は匿名を条件に本誌に明かした。

リーの制裁リスト入りは22日に連邦政府の官報で発表されたが、米当局によると、5月14日には議会の委員会に知らせていたという。

リーは、1970年代初めから北朝鮮、イラン、リビアの核開発を助けてきたパキスタンの「核開発の父」、アブドル・カディル・カーンにも匹敵する危険人物とみられている。米政府はジョージ・W・ブッシュ政権時代から10年以上にわたり、リーの活動を制限しようとしてきた。米司法省は2014年、フロント企業を通じ、経済制裁の対象であるイランと取引した容疑でリーを起訴し、FBIはリー逮捕につながる情報提供に500万ドルの懸賞金を出すと発表した。

米国務省は中国政府に対し、少なくともリーの活動を制限するようたびたび要請したが、中国はリーを逮捕して米当局に引き渡すどころか、何ら対策を取っていない。ちなみに米中間では犯罪人の引き渡し条約は存在しない。

祖父は中国軍の英雄

「われわれはリーと彼のフロント企業を制裁対象にし、中国政府に働きかけてきたが、中国政府は『リーは監視している。活動も制限している』と言うばかりだ」と、米当局者はこぼす。

ジャイロスコープや加速度計など、弾道ミサイル計画に不可欠な、多種多様な機器や原料をイランに売却するリーの違法ビジネス。それを黙認している中国に、米当局は怒りを隠さない。

「中国当局は彼を止める意志がないか、能力がないかだ」と、米当局者は言う。「中国当局の手に負えないか、あるいは中国にありがちな腐敗の1例かもしれない。中国共産党の幹部は見て見ぬ振りをすることで、リベートを受けているとも考えられる」

「私は腐敗のほうに賭ける」と言うのは、米国家情報長官事務所・国家不拡散センターの元上級ストラテジスト、ロバート・マニングだ。「中国社会は法の支配ではなく、関係(グアンシー)で動いている」

人脈や縁故などコネが中国の政治とビジネス慣行の土台ということだ。2015年に米捜査官が本誌に明かした話によると、リー(現在47歳とみられる)の祖父は朝鮮戦争で活躍した「人民解放軍の伝説的な大佐」だという。

ワシントンの中国大使館に確認したが、回答は得られなかった。



今回も中国当局がリー逮捕に動かなければ、米当局はより厳しい対応を取る構えだ(その具体的な内容は明かしていない)。これまでも中国政府の無策を批判し、「メンツをつぶす」作戦を取ったが、中国政府は動かなかった。

「中国はこうした問題で恥をかかされるのを嫌う。われわれが一方的に中国人を制裁対象に指定することも嫌う」と、ある米当局者は言う。「それを承知の上で、われわれは圧力をかけてきた。今後は中国にとってさらに耐え難い仕打ちをする用意がある」

リーとイランの直近の取引がいつ行われたかは、米当局は明らかにしなかった。そのため、米当局がリーを改めて制裁対象とし、その活動の危険性を強く訴えたのは、中国よりも、イランを標的としたトランプ政権の国際的な政治キャンペーンの一環とも考えられる。

二者択一で逮捕を迫る

FBIの上級職員は21日、議会の公聴会で中国当局とリーについて証言を行った。「リーは中国の幽霊会社とフロント企業を通じて、アメリカの金融システムを常習的に悪用し、大量破壊兵器をイランに供給した」と、FBI刑事部のスティーブン・ダントゥオノ副次官補代理は、上院銀行・住宅・都市問題委員会の公聴会で述べた。リーはこれまでにもイランの核開発に関与していると言われてきたが、政府関係者がリーに関して「大量破壊兵器」という言葉を使ったのはこれが初めてだ。FBIの報道官はこれについてのコメントを避けた。

米当局者は、イランが支援するイエメンの反政府武装組織ホーシー派がサウジアラビアにミサイル攻撃を行っていることに言及し、「全てのペルシャ湾岸諸国」は、イランのミサイル計画を支援するリーの活動を警戒すべきだと述べた。

そして、リーを野放しにしている中国に怒れと訴えた。

「選ぶのは中国だ」と、ある当局者は言う。「その気になれば、彼らはリーの身柄を確保し、われわれに引き渡すこともできるはずだ。そうでなければ、われわれはペナルティーを増やし続ける。政治的、外交的、経済的な苦痛という形で」

「これはほんの序の口だ」と、この当局者は付け加えた。「中国に分からせるために、われわれが周到に練り上げた組織的キャンペーンの第1弾にすぎない。中国は思い知るだろう。信頼できる国家とみられたいのなら、リーを逮捕して引き渡し、アメリカの法廷で裁きを受けさせたほうがはるかに簡単だ、と」


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ジェフ・スタイン

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