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アメリカが陥るファーウェイ制裁の落とし穴

ニューズウィーク日本版 2019年5月30日 11時30分

<トランプ政権の強硬策がアメリカの利益を損なう恐れも――5G覇権は貿易戦争ではなく公正な競争で勝ち取るべき>

アメリカが強めている中国ファーウェイ・テクノロジーズ(華為技術)への攻勢は、結果的にアメリカの国益を損ねる恐れがある。

ドナルド・トランプ米大統領は、「国外の敵」に関係のある企業との取引や情報通信技術の使用を禁止するとの大統領令を発した。続いて米商務省も、ファーウェイを産業安全保障局(BIS)の「エンティティー・リスト」(米政府のブラックリスト)に加えると発表した。この2つの措置が実際にどう履行されるのかは、現時点では分からない。

まだ遅くはない。トランプは、この複雑な問題への政策を練り直すべきだ。その過程で米政府は、自国の5G(第5世代移動通信システム)市場での競争力を高めるために、もっと先を見据えた行動を取るべきだ。

米政府が重要なインフラに対する重大な脅威を理由に、強硬手段に出るのは分かる。リスクの高い企業との取引に制限を設ける理由もうなずける。だが「国外の敵」という枠組みが強調されると、米政府はファーウェイ問題を超えた構造的な問題について、さらに踏み込んだ議論をする機会を逃すことになる。

アメリカの通信網からファーウェイを排除する根拠を挙げれば切りがない。しかし重要なのは、その意思決定過程だ。信頼性と客観性、透明性を確保した形で行われることが望ましい。

その際には、似たような懸念を抱きながらも、中国を敵扱いするアメリカとは立場を異にする他の国々と歩調を合わせることが非常に大切になる。今のところヨーロッパの同盟国や友好国は、米政府がファーウェイに示す懸念にやや懐疑的だ。

欧州諸国に高まる懸念

ヨーロッパ諸国との間には、さらなる合意を形成する必要があるだろう。5Gのセキュリティーへの対応は今後も、設計から開発、管轄に至るあらゆる段階に広げていくべきだ。

そのためには、議論の方向性を見直す必要がある。ファーウェイに対する悪評の基となっている判断基準や懸念に、焦点を当てる必要がある。

その一部は、ファーウェイ以外の企業にも当てはまる。汚職や腐敗、企業の所有形態などに関する透明性の著しい欠如、盗聴への関与、セキュリティー上の欠陥などだ。どの国の企業であれ、こうした問題のある企業は厳しく取り締まるべきだ。



アメリカは必要以上の損害を出さないよう慎重に動かなければならない。やり方を誤ると、アメリカの重要産業の利益を損ね、さらには世界に波及する恐れがある。既にファーウェイの主要サプライヤーや、中国市場への依存度が高い多くの企業の株価が急落している。

何か手を打たなければ、長期的には損失がさらに膨らみかねない。ファーウェイが昨年、米企業から調達した部品は、金額にして約110億ドル。米企業は潜在的にこの規模の痛手を負う恐れがある。

ヨーロッパでは、アメリカと同盟・協調関係にある国々が懸念を募らせている。各国内のネットワークへの影響が心配され、アメリカとの関係が疎遠になる恐れもある。

今回の措置は、通商協議における単なる作戦ではないかという印象(恐らくは事実だが)もあり、アメリカの信用を傷つける危険性をはらんでいる。仮にトランプ政権が措置を緩和したり、17年の中興通訊(ZTE)のようにエンティティー・リストから除外したらどうなるか。現実に存在するファーウェイの脅威と不正行為の深刻さを軽んじることになるだろう。

それだけではない。同社の主張と中国政府のプロパガンダに迎合することにもなる。アメリカの政策はどこまでも「政治的」であり、本当に安全保障上の懸念に基づくものでもないし、法律を公平に適用することもないという主張だ。

米商務省はファーウェイのエンティティー・リスト入りを、対イラン制裁違反への対応だと説明した。それ以外にも、中国軍や国家安全省(MSS)との関連性も明らかに憂慮すべき事態だ。例えば情報活動の隠れみのにされた、看板にされた、MSSから資金を提供された──などと指摘されている。

その一方で、米政府がもっと広範な攻勢を意図している可能性もある。だとしたら賢い戦略とは言えないし、逆に損失を招きかねない。米中間の産業構造の再定義を意図しているなら、もっと慎重を期すべきだ。

米中対立の核心にある緊張状態は、経済的に深く相互依存しながら戦略上でも技術面でも競争が激化するという危険な状態のせいで起こっている。産業構造の再編と多様化が進めば、アメリカの中国企業に対する依存度は減るかもしれない。アメリカにとって、サプライチェーンと全体的な産業基盤の安全性や強さが脅かされる危険は減るだろう。

最悪のシナリオに備えを

ここで肝心なのは、広範な攻勢を行うかどうかではなく、どの程度まで、どのように行うかだ。かつては、相互依存関係は紛争を防止すると見なされた。しかし込み入った関係が悪用されたり、武器として利用されるといった危険性のせいで、米中摩擦は悪化してきたようだ。均衡状態へ移行するには時間と、現実的な選択肢を見極める必要がある。



グローバル化と国際協調を特徴とするアメリカの技術革新のエコシステム(生態系)は、総合的には米中双方の利益になっている(もちろん、利益の搾取や不均衡はあったのだが)。

トランプ政権の対中姿勢は、診断は正しくても処方を間違える場合がある。今回も強引な手法しか通じないらしい体制と交渉するための、したたかな戦術と評価できるかもしれない。しかし貿易交渉の戦術面で勝っても、あるいは不当にのし上がった企業の力をそぐことができたとしても、アメリカの長期戦略の持続可能性を損なうのは好ましくない。

もしトランプ政権が「エンティティー・リスト入り」が「死刑宣告」を意味すると考えているなら、今回の措置は裏目に出るかもしれない。果たして徹底的に実施するのか、それとも長期的には一部の米企業からファーウェイへの販売免許が更新されるのか、まだ分からない。

既に欧米企業が次々と禁輸措置に従い始めているとはいえ、8月まで現行のネットワークの更新や修正などについては猶予が与えられている。これでファーウェイも終わりだなどという期待を抱く者は、失望を味わうことになるかもしれない。

ファーウェイにも弱点はあるが、同社の底力と国の看板企業として支援する中国の決意を過小評価するべきではない。

ファーウェイの任正非(レン・チョンフェイ)CEOは、こう宣言している。「私たちは世界の頂点に立つ夢のために自分自身と家族を犠牲にしてきた。この夢のために、いずれアメリカと対立することは避けられない」

同社が子会社ハイシリコンで独自の代替製品を開発してきたのは、こうした不測の事態に備えるためだった。

ファーウェイが最悪のシナリオに対応できるかどうかは分からない。しかし中国政府の半導体産業への投資は実を結び始め、有利な環境が整いつつある。

最近の外圧のせいで、中国は重要な革新的技術の開発を国内で進める計画を強化し、「独立独行」を実現する方向に向かっている。今回の制裁は米企業の弱体化を招く一方、中国政府の決意を強化するという意図しない結果をもたらすかもしれない。

5G開発競争は、ファーウェイが勝ったも同然というわけではない。今回の措置に対する最初の声明で、ファーウェイは自らを「5Gの比類のないリーダー」と宣言した。この主張はマーケティング戦略として優れているとしても、完全に正確とは言えない。

ファーウェイは、ノキアやサムスン、エリクソン、クアルコムなど5G技術で競合する多くの企業の1つにすぎない。確かにファーウェイはシステム・インテグレーターとしての優位性など、有利な立場にあるように見える。5Gを構成する重要な機器の主要メーカーでもある。

アメリカだけでは無理

ただし、この利点も5Gの具体化とともに進化を続ける業界では確実なものではない。

今後、アメリカはファーウェイの独占を防ぐ代替策を積極的に推進する必要がある。ファーウェイがもたらす最大の脅威は、同社の5G支配への強過ぎる思いが公正で健全な競争を阻害し、エコシステム全体の活力を損なう可能性があることだ。



ファーウェイは、中国政府の補助金など不透明な資金調達によって、競合他社との価格競争に勝ち、市場シェアを獲得してきた。同社は現在、世界の電気通信市場のかなりの部分を占め、30%近いという推定もある。

気掛かりなのは、ファーウェイの4Gを採用した国では5Gのネットワークも同社のシステムしか選択肢がなくなるかもしれないことだ。

アメリカは5Gに関して、健全な競争の促進を目指すべきだ。5Gの開発と構築は、ベンダー間の選択肢の多様化とサプライチェーンの再調整によって、よりうまく機能するだろう。

5Gの開発で競争力を付けるためには、米政府は企業への資金提供や税制優遇措置など、研究開発の支援にもっと力を入れるべきだ。

同時に、アメリカは単独で5Gをリードすることはできない。セキュリティーとイノベーションに関するアメリカの政策は、同盟国や提携国との緊密な協調を優先すべきだ。

さもなければ、ファーウェイに対してどんな措置が取られても、5Gの将来をリードし、支配するのは中国ということになるかもしれない。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年06月04日号掲載>


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エルサ・カニア(中国軍事・技術アナリスト)

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