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北朝鮮「対米協議」失敗で高官を処刑? 衝撃ニュースの真実味

ニューズウィーク日本版 2019年6月3日 11時0分

<5人が処刑され、米朝首脳会談に同席した金英哲も失脚――という説は本当なのか。北朝鮮の粛清説は誤報だったことも少なくないが、米朝交渉の見通しが暗いことは間違いない>

5月31日、ソウルとワシントンに衝撃が走った。2月末にベトナムの首都ハノイで行われた米朝首脳会談の決裂を受けて、対米協議に関わっていた北朝鮮高官たちが処罰されたというニュースが報じられたのだ。

韓国の有力紙「朝鮮日報」によれば、米政府との事前協議を担当していた金革哲(キム・ヒョクチョル)特別代表ら5人は既に処刑された。ほかにも、アメリカとの交渉を取り仕切ってきた金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長が強制労働と思想教育を科されているという。この報道が事実だとすれば、北朝鮮の交渉姿勢が強硬路線に逆戻りすることを示唆しているのかもしれない。

しかし、朝鮮日報の記事は、匿名の1人の情報源の話に基づいて書かれている。アメリカの元情報機関関係者や北朝鮮専門家たちは、今回の報道をうのみにしていない。「軽率に信じないほうがいい。話半分に聞いておくべきだ」と、ヘリテージ財団のブルース・クリングナー上級研究員は述べている(編集部注:6月3日の朝鮮中央通信によると、金英哲は2日、金正恩〔キム・ジョンウン〕委員長が芸術サークルの公演を観覧した際、同席していたという)。

それでも、金正恩委員長が米朝交渉の行き詰まりに不満を抱き、挑発を強めていることは間違いなさそうだ。北朝鮮の国営メディアは、米高官たちを激しく批判している。5月初めには、短距離ミサイルの発射実験も行われたようだ。

北朝鮮ほど閉鎖的で秘密に包まれた国は珍しい。北朝鮮問題のベテランですら、事実と虚構、真実と噂を識別するのは難しい。国内の動向が外部に漏れ伝わることは少ないため、不完全な情報をパズルのようにつなぎ合わせて推測するほかない。

正恩ならやりかねないが

これまで、朝鮮日報を含む韓国メディアと韓国政府は、北朝鮮の内情について「誤報」を繰り返してきた前歴がある。韓国のメディアや情報機関が北朝鮮高官の粛清を明らかにし、その数カ月後にその人物が別の役職で表舞台に復帰したケースもたびたびあった(報道どおり粛清されていたケースもあるが)。

「今回の報道が事実だとしても全く不思議はないが、北朝鮮の高官たちは姿を消して、しばらくしてから再登場することが珍しくない」と、ブルッキングズ研究所のパク・ジョンヒョン上級研究員は言う。

もっとも、今回の粛清報道に関しては、北朝鮮メディアが裏付けになりそうなことを書いている。労働党機関紙「労働新聞」は30日、名前こそ挙げていないが、「裏切り者」を厳しく糾弾し、「冷厳な審判」が待っていると記していた。



金体制の性格を考えると、対米協議に関わった高官たちが(処刑はともかく)何らかの形で処罰される可能性は高いのかもしれない。「(金は)感情的で気が短く、冷酷な人物。自分が世界からどう見られるかは気にしない」と、戦略国際問題研究所のスー・ミ・テリー上級研究員は述べている。「誰かが失敗の責任を取らなくてはならない。もちろん金以外で」

粛清報道が正しければ、北朝鮮の非核化を目指すトランプ米政権にとってはさらなる痛手だ。アメリカと北朝鮮、韓国と北朝鮮の実務レベルの協議は止まっている。韓国外交筋と元米政府筋によれば、ビーガン北朝鮮担当特別代表などの米高官による働き掛けに対して北朝鮮は全く反応していないという。

高官たちが失脚していないとしても、トランプが金と最終合意に達することは難しいと、ヘリテージ財団のクリングナーは考えている。「アメリカと北朝鮮の溝はあまりに大きく、非核化の定義すら一致していない」

From Foreign Policy Magazine

<2019年6月11日号掲載>


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ロビー・グレイマー

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