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日米安保破棄? トランプ発言のリアリティーと危険度 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2019年6月27日 16時20分

<トランプの在任中に日米安保が破棄されることは考えにくいが、「ポスト日米安保」について日本が真剣に検討することは必要>

6月25日にブルームバーグが、ジェニファー・ジェイコブス記者のコラム「トランプは日本との安保条約を密かに破棄すべく熟考中」を配信しました。このコラムですが、確かに衝撃的な内容ではあったものの、周囲との私的な会話でそのような発言があったという「又聞き」以上でも以下でもありませんでした。

しかしながら、これに続いて26日に放映された「FOXビジネスニュース」のマリア・バートロモ氏との電話インタビューでは、大統領本人の口から次のような発言が飛び出しました。

「日本が攻撃されれば、アメリカは第三次世界大戦を戦い猛烈な犠牲を払うことになるが、アメリカが(攻撃されて)救援を必要とするとき、日本はアメリカが攻撃されているのをソニーのテレビで見物するだけだ」

つまり日米安保条約は双務的でない、不平等だというのです。ジェイコブス記者のコラムを重ねるだけでなく、2016年の大統領選当時の大統領の発言、

「日本は駐留米軍の経費を100%払うべきだ。そうでないのなら、米軍は撤退する。その代わりに核武装を許してやろう」

を思い起こせば、その主張にはある種の一貫性が感じられます。ところで、G20を前にした大統領は、かなり精神的に興奮状態にあり、各局の記者に対して当たり散らしたり、一方的に喋ったり、平常心とはかけ離れた感じがしていました。ですから、100%ストレートに受け止めるべきではないという考え方もあります。

ですが、この発言については、多くのテレビキャスターが大統領と口論になってしまう中で、「大統領を落ち着かせる猛獣使い」として最近評価の高いマリア・バートロモ氏が相手だったこともあり、自然な「ホンネ」が出たとも考えられます。

その上で考えてみると、この「安保廃棄」発言というのは、トランプの政治姿勢には極めて整合性のある内容と言えます。

まず、トランプの外交観には、「仮想敵国や独裁国は、トップ交渉でディールに合意すれば脅威をゼロにできる」一方で、「同盟国の方が何かにつけて金を要求したり依存してきたり、アメリカとしては持ち出しになる関係なので厄介だ」という感覚があるようです。

また、トランプの姿勢の背景には、伝統的な共和党の孤立主義があります。一般論としては「他国のトラブルを解決するために、アメリカが軍事力を行使して人命や軍費というコストを払うのには反対」という考え方があり、そのルーツとしては「第一次大戦という欧州のトラブルに関与した」のには反対だというのです。



さらに今回の発言に関しては、「第二次大戦後に国連に加盟させられて、これとセットでサンフランシスコ講和と日米安保にコミット。その結果として太平洋の平和を維持するという高コストな役割を背負わされた」ことにも反対ということになります。大変に危険な考え方ですが、アメリカ「保守」の伝統である孤立主義からすると、そうなるわけです。

それでは、トランプは太平洋の平和維持という責任を放り出して、例えば南西諸島から台湾、フィリピン以西(第一列島線)あるいは、小笠原以西(第二主権線)の制海権を中国に引き渡そうと思っているのでしょうか?

それは違うと思います。この点については、アメリカ保守政界が「成功事例」だと信じているニクソンやレーガンの手法を意識している、そんな可能性を感じます。つまり、中国の海洋進出については日本に対抗させるのです。そのようにして日中両国をお互いに軍拡競争の泥沼に引きずり込んで、最終的に両国とも経済的な破滅に追い込むという作戦です。

何とも荒唐無稽な話ですが、この大統領の発想法、そしてアメリカの保守政治に綿々と流れる孤立主義や、大胆なマキャベリズムの伝統を考えるとき、そのような危険性を理解して警戒しておくことは必要と思います。その意味で、今回、安倍総理と習近平主席がG20の前に首脳会談を行って「永遠の隣国」としての関係強化を確認するというのは、極めて重要だと思います。

では、この「安保破棄」のリアリティーはどうかという問題ですが、仮にトランプ政権が再選されて2024年まで続くにしても、この期間にそうした激変が起きる可能性は少ないと考えられます。ですが、やがていつかは実現するであろう民主党左派の政権になれば、その可能性は否定できません。

というのは、AOC(アレクサンドラ・オカシオコルテス)議員など若い世代の民主党左派は、環境や雇用のために莫大な国費を投入すべきと考えており、それゆえにトランプ以上に保護主義であり、また軍事外交においては孤立主義であり、不介入主義だからです。

そのことを考えると、今のうちに「ポスト日米安保」について日本が真剣な検討を進めておくことは必要かもしれません。少なくとも、「枢軸国の名誉回復」だとか「一国平和主義」といった左右両派の無責任なファンタジーは、日米安保を前提として依存した安易なものだということは認識しておいた方が良さそうです。

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