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「地球平面説」が笑いごとではない理由

ニューズウィーク日本版 2019年7月3日 11時15分

<科学否定論の拡大を嘆く筆者が「地球平面説」信者の会議で試した科学を守るための方法とは>


科学関連の信じられないようなニュースが、連日メディアをにぎわせている。例えば、「全米22州で700人以上がはしかに感染」というニュース。予防接種は恩恵よりも害のほうが大きいと考える親が、子供に予防接種を受けさせないケースが増えているためだ。あるいは、一向に可決されない温暖化対策法案のニュース。これは気候と天気の違いも分からない政治家が大勢いることが一因となっている。

極め付きは、「地球は平面だ」と主張する「フラットアース論者」が増えていることだろう。

このように科学を軽視あるいは否定する風潮に危機感を覚えた科学者らが、2年前、世界600都市で「科学のための行進」を実施した。私の地元ボストンのデモでは、「冷静に批判的に考えろ」「科学がなければツイッターもなかった」「深刻な問題だからオタクも来た」など、ユーモアを交えたプラカードが数多く見られた。

実際、科学者が研究室から路上に出なければ、と思うのはよほどのことだ。もはや科学の世界の問題は、学術的な領域にとどまらなくなった。私たち科学者自身が、もっと科学を守るための活動に関与していかないと、科学は否定論者たちによって、いいように葬られてしまいかねない。

とはいえ、この「ポスト真実」の時代に、科学や証拠を否定する人たちをどうすれば説得できるかは、まだよく分かっていない。科学者は証拠を示すことで自説を唱えるが、そのデータが受け入れられなかったり、整合性を疑われたりすると、「もう結構」と腹を立て、それ以上相手と関わるのをやめてしまうことが多い。

その気持ちは分からなくもないが、科学否定論者を「論理的な話が通じない人たち」と切り捨ててしまうのは危険だと、私は思う。もっとまずいのは、「地球温暖化について100%の意見の一致はあるのか」といった否定論者の追及に、証拠を振りかざして反論しようとすることだ。そんな対応は、「どんな仮説も、証拠がない限り机上の空論にすぎない」という、最も有害な考え方を勢いづかせるだけだ。

むしろ科学者は、証拠や確実性や論理を語るのをやめて、科学的な価値観の説明をするべきだ。科学の最大の特徴は、方法ではなく態度にある。つまり、証拠を重視して、新たな証拠が見つかったら自説を自主的に修正する態度だ。その姿勢こそが、科学者と科学否定論者の最大の違いと言っていい。

18年11月、私はコロラド州デンバーで開かれた「フラットアース国際会議(FEIC)」に参加して、このセオリーを自ら実践してみることにした。FEICは、地球は平面だと信じる人たちが年に1度集まるド派手なイベントだ。講演者がマルチメディアを駆使して、「私たちはグローバリスト(地球は丸いと主張する人々)に何千年もだまされてきた」と言うと、約600人の聴衆から拍手喝采が起こった。



世間一般でどれほど支持を得られているかという点では、フラットアース派は地球温暖化否定論者やワクチン反対派をかなり下回る。しかし、彼らの思考回路は驚くほど似ている。その意味で、FEICは、科学否定論者全般の考え方を理解し、対抗方法を見つけるいい機会になりそうだ。

キリスト教原理主義と陰謀論

NASAの月面探査もでっち上げか JSC/NASA

まず、はっきりさせておくべきなのは、フラットアース論者は大真面目だということだ。当然だろう。21世紀の今、「地球は平面だ」などと言えば嘲笑される可能性があることは、本人たちも覚悟の上だ。また、ほとんどのフラットアース論者は、以前は地球は丸いと思っていた。だがある日、「真実に目が覚め」て、自分をだまそうとする世界的な陰謀に気が付いたと言う。その口ぶりは、まるで宗教的な経験を語っているかのようだ。

とはいえ、「地球は平面だ」と言った瞬間に多くの疑問が生じる。具体的にどんな形状なのか(円盤状で「南極山脈」が周縁に広がっている)、誰がその「真実」を隠しているのか(政府、NASA、パイロット......)などだ。

私はFEICに2日間参加し、「科学的方法によるフラットアース論」「NASAその他の宇宙に関する嘘の数々」といったセミナーに出席した。

1日目は黙って彼らの主張を聞いた。参加者のバッジを着け、ひたすらメモを取るのみ。そして2日目にようやく口を開き、言うべきことを言った。

やりとりを重ねるうちに見えてきた。フラットアース説はキリスト教原理主義と陰謀論の奇妙なミックスで、一部の人々にとってそれは信仰のようなものなのだ。

プレゼンはほぼ全て地球は丸いという説の「虚偽性」を裏付けるか、平面説の正しさを示す「科学的な証拠」を並べ立てるもので、突っ込みどころだらけのご都合主義的な議論に終始した。

まともに反論してもダメだと思った。どんな証拠を突き付けても、彼らは聞く耳を持たない。いわくNASAの衛星画像は捏造だ、回転する球体の上に海なんかあるわけがない......。

そこで違う戦術を取ることにした。証拠について議論するのではなく、彼らの論理展開の弱点を突くのだ。

陰謀論者は懐疑派を気取っているが、実はとてもだまされやすい人たちだ。証拠に対する彼らの態度はダブルスターンダードそのもの。自分たちが信じたくないことを示す証拠はどんなに確かな証拠でも不十分とされ、信じたいことを示す証拠はどんなにあやふやでも確証となる。「科学的な態度」はこれとは正反対だ。自説に固執せず、新たな証拠が出てくれば、検証し直す。

これが私の強みになる。

彼らに「証拠を見せろ」と迫れば、彼らは喜んで差し出すだろう。逆に「これが私の証拠だ」と突き付けても、却下されるだけだ。そうではなく、彼らに聞いてみることにした。どんな証拠があれば、自分の間違いを認めるのか、と。この質問は彼らの意表を突いたようだった。



彼らを無視できない理由

手始めに壇上から降りてきた白衣姿の発表者に話し掛けた。どんな証拠があれば、地球は丸いと認めるか、と。

「確かな証拠だ」

確かな証拠とはどんな証拠かと聞くと、例えば自分がプレゼンで見せた写真だと言う。それはある「研究者」がミシガン湖上から撮った写真で、約96キロ離れたシカゴ都心の高層ビル群が写っていた。地球が丸いなら、ビルは水平線の向こうに隠れて見えないはずだ。

「ちょっと待って」と、私は言った。「あなたはNASAの写真はどれも加工されていると言いましたね。でも、この写真は加工されていないと?」

「そうだ。撮影者は私の知り合いだ。それに私も、都心から約74キロ離れたミシガン湖上に船で出て確かめてみた」

フラットアース論者も数学はできるらしい。彼のプレゼン中に急いで計算してみたが、ビルが見えなくなるには少なくとも約72キロ離れなければならない。とすれば、彼は正しい?

違う。「上位蜃気楼効果」という現象があるからだ。地表近くの気温が上空よりも低い気温の逆転現象があるときには遠くの物体の光が屈折し、水平線に隠れて見えないはずの物が見えることがある。そう言うと、彼は笑った。

「プレゼンでも論証したが、(上位蜃気楼なんて)でっち上げだよ」
「論証はしていなかった。ただ、信じないと言っただけでしょう」
「ああ、信じられないね」

彼のファンが私たちを取り囲み、彼は私との会話を切り上げようとした。だが、もう1つ聞きたいことがあった。

「じゃあ、なぜ160キロ先まで行かなかったのですか」
「えっ?」
「160キロ先ですよ。そこまで離れたら、蜃気楼も見えなくなるはずだ。それでも見えたら、あなたが正しいことを決定的に証明できる」
「船長がそこまで出たがらなかった」

今度は私が失笑する番だった。

「これを実証するために全てを懸けてきたあなたが、もう少しで決定的証拠が手に入るのに、諦めた、と?」

彼は首を振って、ほかの人と話をし始めた。

結局、私はこの会場で誰の考え方も変えることができなかった。それでも、私はある重要なことを実践した。対話を行ったのだ。

研究によると、データは人の考えを変えられない。人は、信頼できる人との対話を通じて考えを変える。私が信頼してもらえたと言うつもりはないが、時間を割いて多くの人と言葉を交わすことで、ある程度の信憑性を感じてもらえた自信はある。

科学否定論者を問答無用に切り捨てるのは賢明でない。それでは不信感が拡大し、ますます亀裂が深まるだけだ。科学者も一般の人たちも、もっと科学否定論者と対話したほうがいい。

科学否定論者は、放置するにはあまりに危険な存在だ。地球が平面だと主張する人たちは、一見すると人畜無害に思えるかもしれないが、新しいメンバーを引き込む方法を学ぶための研修会を開いたりもしている。



科学者のスペンサー・マークスはボランティアでフラットアース論者との対話に取り組んでいる Joel Forrest-Barcroft Media/Getty Images

自分たちの主張を子供たちに広めることにも熱心だ。ある人は、娘が学校で平面説を紹介したところ教師から発言を遮られたと不満を述べた。すると、それを聞いた研修会の講師は、教師がそばにいない遊び場で友達に話せばいいと助言した。

いまフラットアース運動は急速に拡大している。近年はアメリカの多くの都市でこの考え方を信奉する人たちの会合が開かれているし、プロバスケットボール選手のカイリー・アービングのように、地球が平面だと信じていると公言する有名人も現れている(アービングはのちに撤回)。

研究のプロセスについて語れ

科学否定論と戦うために科学者にできるのは、確率に基づいて物事を考えることの重要性をもっと語ることだ。それを通じて、科学における「証拠」に関する人々の思い込みを突き崩す必要がある。

どんなに優れた証拠があっても、科学は、間違いなく地球温暖化が起きていると断言することはできない。予防接種のワクチンの安全性も、そして地球が丸いことも断言はできない。科学で何が正しいとされるかは、仮説が100%確実かではなく、証拠に照らして妥当かを基準に判断される。

人為的な要因により地球温暖化が起きていることを示す「証拠」が誤っている確率が100万分の1ある場合、この仮説は100%確実とは言えない。しかし、妥当な仮説だと見なすのが合理的だろう。

常に100%の確実性を示さなければならないとしたら、科学否定論者は際限なく証拠を要求し続けかねない。科学ではそのような発想をしないのだと説明すべきだ。

証拠から判断して仮説が間違っていると思える場合、科学者はそれを無視してはならない。仮説を修正するか、破棄すべきだ。それをしない研究者に科学者を名乗る資格はない。

これは単なる手法の問題というより、科学の在り方に関わる問題だ。これまで科学が(イデオロギーとは異なり)うまく機能してきた理由の1つは、(徹底した検証に耐えられれば)新しい仮説をいつでも受け入れる点にある。

科学の世界では、データの公開や査読制度、再現実験など、それを実践するための方法が共有されている。しかし、科学者以外の人たちにはそのことがあまり知られていない。だから、科学を守るためには、フラットアース論者やその他の科学否定論者と対話して、科学について知ってもらうことが何よりも重要なのだ。

といっても、テレビ討論会などで元NASAの気候変動専門家であるジェームズ・ハンセンのような権威ある科学者と陰謀論者を並べて、同じ時間を与えて発言させろというのではない。誤った主張をする人に発言の機会を与えることに懸念を抱くのは当然だ。

私が提唱したいのは、もっと多くの科学者がメディアに登場し、自分の研究成果だけでなく、科学研究のプロセスについて語ることだ。

科学の研究をしていれば、自分の仮説が間違っている可能性は常にある。科学否定論者と異なり、その可能性を徹底的に探るのが真の科学者だ。

<本誌2019年7月2日号掲載>


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リー・マッキンタイヤ(ボストン大学哲学・科学史センター研究員)

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