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あなたの信じた「物語」って何ですか? 陰謀論に陥ったことのある人たちに聞いてみた 「社会への違和感」「よく分からない正義感」

47NEWS / 2024年5月7日 10時0分

陰謀論から抜け出した経験について語る俳優の高知東生=2024年3月、東京都内

 「ディープステート」や「人工地震」などの陰謀論は、インターネット上の不正確な情報に依拠し、事実に基づかないものが少なくない。一方で、陰謀論は極端に脚色され、現実と虚構の境目を見えなくさせる「魅力」を持った物語でもある。
 人々は、どういった物語に引き寄せられたのか。陰謀論に陥り、抜け出した経験のある人や、根拠のないうわさに巻き込まれた人から話を聞き、その深層を探った。(敬称略、共同通信=佐藤大介)

 ▽「評価されない」不満を解消

 2020年の初めごろ、東京都内に住む映画監督の増山麗奈は、インターネット上に現れる文章に目を引かれた。「ハリウッド俳優や秘密組織の構成員が、若返りのために人肉を食べている」。血だらけの人の写真や動画も目にし、悪魔的な秘密組織が世界を陰で牛耳っているという「物語」を信じ込んだ。


 なぜ、荒唐無稽な陰謀論と疑わなかったのか。当時、映画製作費が集まらず、途方に暮れていた。先行きが見えない不安と、社会に評価されないことへの不満。それを陰謀論は解消してくれた。
 「成功している人間がとんでもない悪事を働いているという物語は、自分の抱えている困難の責任を転嫁できて、楽な気持ちになれた」
 隠された「真実」を知ったという優越感も加わり、新たな情報を求めてネットにどっぷりとつかった。
 1年が過ぎ、陰謀論の語る内容には矛盾が多く、それらは虚構であると考えるようになった。


陰謀論につかった経験を語る映画監督の増山麗奈。陰謀論をテーマにした映画も製作している=2024年3月、東京都内

 「真実かどうかは関係なく、刺激を求める観客に、より過激な物語を提供する劇場型の世界を、陰謀論はつくっている」
 そうした経験を基に、陰謀論をテーマにした映画を製作した。弱った心に陰謀論は「カビのように広がっていった」。自らの失敗に向き合い、その過程に迫ることが「極端な物語に依存せず、悔いなく生きること」につながると思っている。
 書評家の渡辺祐真は「人間は、何かを分かりやすく伝えるときの手段として、物語を使う」と話す。物語の効用として、物事を系統立てて見られることを挙げる。だが、同時に「断片的な情報をつなげ、誤った世界観を生みだす危険性もはらんでいる」と指摘する。
 陰謀論は「完成度は高くないが、面白い物語になっていて広まりやすく、理屈で対抗しても弱い」。情報の取捨選択を担っていた既存メディアの影響力が低下する中で、その隙間を無数の陰謀論が埋めていった。
 渡辺は、陰謀論を信じる人たちは、社会に対する違和感や危機感といった「はしご」を上っていき、荒唐無稽な世界にたどり着いたと分析する。そして、こう警鐘を鳴らした。 「ディープステート(闇の政府)や人肉食といった陰謀論を、われわれは嘲笑の材料にしているが、物語としてのインパクトは強い。そこに引き寄せられるきっかけは、社会にまん延していると考えるべきではないか」


「物語を深読みしすぎると、陰謀論につながる」と話す書評家の渡辺祐真=2024年3月、東京都内

 ▽息子に「ばかやろう!」 豹変した母

 東京都内に住む30代の男性が、離れて暮らす60代の母親の異変に気付いたのは、2020年初夏のことだった。
 新型コロナウイルスの感染拡大により、直接会うことは難しくても、電話などで連絡は取っていた。だが、理解できない内容のメッセージがLINEで送られてくるようになった。
 「米国ではセレブたちが子どもを誘拐し、血を吸っている」
 「世界を裏で動かすディープステート(闇の政府)が存在する」
 外出できずにいる中で、インターネットにあふれる根拠のない情報を信じ込んだのだろうか。そう思っていると、母親は中国人を攻撃する文章も送ってくるようになった。
 「差別的な内容を看過できなかった」。父親に「陰謀論に染まっている」と懸念を伝えると、それを耳にした母親から電話がかかってきた。
 「誰が陰謀論者だよ! ふざけんじゃねえ! ばかやろう!」
 「そんなことを言うやつがバカなんだよ!」
 電話口からは、激しい罵声が飛んできた。それまでの母親からは想像できない口調や言葉遣いだった。ショックで、電話を持つ手が震えた。


男性の経験が原作となった著書「母親を陰謀論で失った」=提供写真(C)Maki Rieko、Pentan

 母親は「正義感のある頑張り屋」だった。特定のイデオロギーにとらわれたことはない。なぜ、母親は変わってしまったのか。陰謀論に関する本を読み、親族が陰謀論に陥った人たちとオンラインで交流する機会も持った。  
 陰謀論を信じる人は「生活や日常に不安や不満を感じている人が多い」と思う。母親も学歴コンプレックスを抱えていた。
 「『真実を知った』として優位に立ち、社会からの疎外感を解消してくれる一発逆転の最強ロジック」。男性は、陰謀論をそう言い表した。
 2021年末、2年ぶりに母親と会った。ラインではぎこちないやりとりが続いていたが、顔を合わせると「家族の空気感」に包まれ、心地よかった。
 食事をしながら互いの近況を伝え合ったが、母親は声のトーンを突然下げ、米国の著名な経営者が処刑されたと言い出した。その瞬間、幸せな気持ちは打ち砕かれ、涙があふれた。母親は、それでも陰謀論を語り続けていた。
 それから母親とは会っていない。男性の経験が原作となり、2023年2月に「母親を陰謀論で失った」との漫画が出版された。「母は、こちらの世界に戻ってこないだろう」。男性はそう言い切る。でも「この本を読んでほしい」とも、心の中で思う。母親への思いは、もつれたままでいる。


「母親を陰謀論で失った」を手にする男性。「ぺんたん」の名前で原作者となった=2024年3月(C)Maki Rieko、Pentan

 ▽仲間に笑われ、われに返る

 「俺陰謀論を信じかけてたんだよ」
 俳優の高知東生は2021年1月、自身のツイッター(現X)にこう書き込んだ。当時、交流サイト(SNS)を使い始め、前年の米大統領選でトランプ氏が敗北したのは「選挙に不正があったからだ」と主張する動画を目にし、衝撃を受けて「どっぷりとはまっていった」ことを、赤裸々に告白した。


2020年の米大統領選で「不正があった」という陰謀論を信じ込んでいた経験を語る俳優の高知東生=2024年3月、東京都内

 2016年6月、高知は覚醒剤取締法と大麻取締法違反(所持)の疑いで逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けた。家庭も仕事も失う中、薬物依存経験者の自助グループに参加した。動画に触れたのは「生き直そう」ともがいている時期だった。
 関連の動画を検索すると、次々と「不正選挙」に関する動画が表示される。気がつけば「トランプ氏のニュースばかりを見ていた」。芸能界で培われた「物事には必ず裏がある」との価値観は、裏で支配している勢力がいるとの陰謀論と相性が良かった。
 「隠された事実を知らせなくてはならない」。そうした使命感と正義感に燃えていた高知は、自助グループの仲間の前で自説を披露した。「俺は気付いたんだよ」。高知が話し出すと、仲間たちが一斉に笑った。
 一度動画を検索すると、関連の動画が次々と送られてくるシステムも教えられた。それを知り、われに返った。信頼できる仲間がいたことが、救いになったと思っている。
 「陰謀論を信じる人の周りに、何でも話せる仲間がいるとは限らない。だからこそ、考える材料として、自分の経験を伝えていきたい」


陰謀論から抜け出した経験について語る俳優の高知東生=2024年3月、東京都内

 大阪府内に住む50代の男性会社員も、ツイッターで米大統領選に「不正があった」という情報を浴び、信じ込んだ経験を持つ。
「インフルエンサーの投稿に注目していると、よく分からない正義感が芽生えてきた」。21年にトランプ氏が大統領に返り咲くという主張を「限られた人しか知らない真実」と受け止めた。
 ツイッターに「真実」を書き込み、反論するアカウントはブロックした。しかし、トランプ氏が大統領に復活するとされた日は何も起こらず、大きな衝撃を受けた。
 「うそに踊らされていたのか」。そう考え、反論してきた投稿を見返すと、信じていたことの矛盾点が浮かび上がった。「陰謀論を信じていた時は、真実を知ったという満足感はあったが、世間に広まっていないという不満も強かった」
 陰謀論が、心の平安をもたらすことはなかった。「冷静にファクトチェックをすること」。それが、男性の学んだ「教訓」だ。

 ▽コオロギ食、突然の批判に困惑

 大阪市内のごま加工メーカー「和田萬」の社長、和田武大は、連日のように寄せられる電話やメールの対応に追われていた。2021年12月に、ごまと粉末状にしたコオロギを混ぜた「コオロギふりかけ」を発売してから、1年余りが過ぎたころだった。
 問い合わせの内容は、どれも同じだった。「遺伝子を組み換えたコオロギを取り扱っているのか」。インターネット上には、ふりかけを「犯人扱い」する記述がいくつもあった。
 供給元に問い合わせ、そうした事実はないことを確認した上で「一つ一つ丁寧に説明した」が、電話口からは「ネットに書いてあるのだから間違いないはずだ」と、執拗に問い詰められた。
 1883年に創業した老舗の5代目社長である和田は、持続可能な開発目標(SDGs)の理念に共感し、会社の姿勢に反映させようとコオロギ食に注目した。ふりかけは順調に売り上げを伸ばしていたが、この時期を境に急激に下がり「ほぼゼロになった」という。
 コオロギ食は、栄養が豊富で人類の食料危機を解決すると注目され、数々の企業が参入した。だが、交流サイト(SNS)で批判が出され、経営破綻に陥るケースも出た。
 批判の中には「コオロギを食べると電磁波で心身が操られる」といった、荒唐無稽な陰謀論もあった。
 コオロギなどの昆虫食は「新たな栄養源」とされるが、見た目などから心理的な抵抗感を持つ人は少なくない。
 「環境にいいからと昆虫食を推し進めることは、政府やマスコミが『えたいの知れないものを無理やり食べさせようとしている』といった陰謀論を生み出す可能性もある」。和田は、そう振り返る。
 陰謀論に詳しいライターの雨宮純は、この背景を「価値観の対立」ととらえる。


販売中止となった「コオロギふりかけ」を前に、インタビューに答える「和田萬」代表の和田武大=2024年3月、大阪市内

 「SDGsなど『意識高い系』の価値観を押しつけることに嫌気を感じ、反発と攻撃のロジックとして陰謀論が使われやすい」
 昆虫食普及の目的の一つになっている人口増への対処が「最終目的は不妊化による人口削減」と曲解されることもあるという。
 和田は、会社のイメージを守るためにも、コオロギふりかけの販売は中止せざるを得なかった。
 「事実に基づかないうわさでも、見えないところで自分の健康が脅かされているのではという恐怖心が植え付けられると、払拭するのは難しい」と嘆息する。販売再開の見通しはないままだ。

 ▽「1%のニュートラル」を 月刊「ムー」編集長に聞く

 世界を操る「ディープステート(闇の政府)」や人工地震、人口削減計画といった、根拠に乏しい「陰謀論」が拡散し、真実だと受け止める人も少なくない。
 45年の歴史を持つオカルト雑誌「ムー」で2005年から編集長を務める三上丈晴は「一つの考えが100%正しいと断言しないことが大切」と言う。その考えを聞いた。

 ―陰謀論をどう見るか。

 「政治家など権力を持った人間が平気でうそをつき、手段や行動を正当化するように、この世に謀(はかりごと)があふれているのは事実だ。陰謀は、人間の営みそのものと言っていい。そこからフリーメーソンなどの秘密結社が世界を動かしているという考えが出てきた。そうした陰謀史観と、最近の陰謀論とはやや性質が異なるのではないか」

 ―どういうことか。

 「社会不安や政治不信により、何を信じていいのか分からなくなってくる中で『こいつらが背後にいる』と決めつける陰謀論に、多くの人がなびいていく。人類は陰謀を繰り返してきたという歴史観や個人の哲学が確立されておらず、免疫がないように思える」

 ―免疫とは。

 「ムーの読者は陰謀史観について詳しい人が多く、最近の陰謀論に触れても『まだまだ甘い。もっと裏があるはず』と、どこか突き放して見る余裕がある。一つのことが絶対に正しいと思うのではなく、1%のニュートラルを持つのがムー的な物の見方であり、陰謀論への免疫だ」


オカルト雑誌「ムー」編集長の三上丈晴=2024年2月、東京都内

 ―陰謀論には「真実」と断定する言葉が並ぶ。

 「これが正しいと断言した段階で、人間は思考停止に陥る。99%正しいと思っても、ひょっとしたら違うかもしれないと、常に判断を保留し、別の答えがあるという可能性を少しでも残しておくべきだ。これは陰謀論を批判する側も同じで、あり得ないと断言して攻撃しても、反発しか返ってこない。そうなると、逆に陰謀論を広める側の思うつぼとなる」

 ―なぜ「真実」と信じてしまうのか。

 「うその中に、本当のことをほんの少し混ぜると、人々は真実であると思い込んでしまう。政府のプロパガンダも陰謀論も、その手法は同じだ」

 ―ムーの存在意義は。

 「実態が分からないから、これはなんだろうと、いろいろな仮説を提示し、決して断定しない。宇宙人の正体も金星人であったり、地底人であったりする。すべては切り口と見せ方。現実と虚構の間にある世界について、読者に楽しみながら考えてもらう。それが『知的エンターテインメント雑誌』としての役目だ」


「断定しないことで魅力を生み出す」と話すオカルト雑誌「ムー」編集長の三上丈晴=2024年2月、東京都内

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