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原油高騰とタンカー危機、混迷するイラン情勢の行方を読み解く2つのキーワード

ニューズウィーク日本版 2019年7月19日 11時7分

<イランによる各国のタンカーを狙った拿捕・妨害が相次ぎ、アメリカは有志連合構想を掲げて強硬姿勢を崩さない。緊張感が高まる中東情勢をエネルギー専門家の視点から読み解く>

アメリカとの対立で混迷を深めるイラン情勢を巡り、原油市場は先行きの不透明感が漂っている。イランによるタンカーの拿捕やその未遂が取りざたされ、情報は錯綜。アメリカは船舶護衛のための有志連合結成を目指し、イランへの圧力を強めている。核合意当事者の欧州は米イランの対話を呼び掛ける一方、当の米イランが強硬姿勢を崩していない。

国際指標の原油先物は7月以降、1バレル当たり60ドルを挟んで推移。今後各国の出方次第では昨年10月以来の70ドルも視野に入る。

波乱含みの有志連合

目下、最も注目されるのは有志連合の行方だ。米軍制服組トップのダンフォード統合参謀本部議長は7月9日、ホルムズ海峡などで民間船舶の安全確保を担う有志連合の結成を目指すと明らかにした。タンカーへの攻撃や妨害、その疑惑が相次いでいるためで、同氏は2週間ほどで参加国を見極め、各国の軍と具体的な活動内容を協議したいと説明した。早ければ7月下旬にも立ち上がる可能性がある。

有志連合は、国連決議に依らずに、賛同した同盟国が結束して平和維持活動や軍事作戦に当たる。過去には2003年のイラク戦争の際、米英が有志連合としてイラクに攻め入った例がある。

今回の連合は、あくまでペルシャ湾の周辺海域を通る船舶の護衛に当たるとされる。16日にはエスパー米陸軍長官が、イランとの衝突を避けるのが目的だと趣旨を説明した。米側の狙いは少なくとも2つあるとみられ、1つは護衛などに要する軍事費の負担軽減、2つ目はイランへの国際包囲網の強化だ。

連合の構想に関する計画は19日に発表予定で、日本政府も説明を聴取する方向で検討しているという。今のところ、連合への参加意思を明確にした国は出ていない。

ホルムズ海峡などで風雲急を告げる動きは、特にこの1カ月ほどの間に目立った。6月中旬の安倍晋三首相のイラン訪問時に起きた日本企業のタンカー攻撃に始まり、イランによる米軍の無人機撃墜やトランプ米大統領のイラン攻撃命令とその中止、イランのタンカーの拿捕、英国タンカーの拿捕未遂など、きな臭い事件が連日報じられてきた。

16日にも、イラン領海内のホルムズ海峡で、アラブ首長国連邦を出港したタンカーが消息を絶ったと報じられた。イラン側は「故障していたタンカーを救出した」と強調したが、「拿捕されたのではないか」との疑惑もあり、緊迫した状況が続く。

こうした事案の1つ1つが、有志連合構想を正当化する材料になり得る。

日本の中東依存度は9割

エネルギー資源の少ない日本にとって中東は極めて重要な地域だ。ほぼ全量を輸入に頼る原油は、現在ではその9割近くを中東産が占めている。

日本は「エネルギー安全保障」を掲げ、供給源を多様化させる戦略を取ってきた。かつて1970年代の石油ショックを教訓として、中東依存度を低下させてきた。その結果、1967年度に91.2%に達した中東依存度は、1987年度に67.9%まで低下した。しかしその後、原油価格が安かった時代を経て、再び中東に偏重するようになってきた。

輸入原油の8割が通ると言われるホルムズ海峡は、日本にとって最重要のシーレーンだが、トランプ氏は6月にツイッターで「なぜアメリカが他国のために無償で航路を守っているのか。船舶は自国で守るべきだ」と主張していた。



供給余力も楽観は禁物

今の緊迫したイラン情勢は2018年5月、トランプ米政権が核合意を離脱すると表明したのが発端だ。米国は11月に禁輸措置に踏み切った。日本など8カ国・地域は措置の適用が除外されて原油取引を行ってきたが、トランプ政権が19年4月に適用除外の撤廃を公表した。一連の動きにイラン側は強く反発、核合意に反してウラン濃縮活動を再開した。

禁輸措置やその適用除外撤廃、タンカーへの攻撃などは、いずれも原油価格を押し上げる要因となる。適用除外の撤廃を公表した翌日の4月23日、国際的な指標となるニューヨーク商業取引所(NYMEX)原油先物相場は、18年10月以来の1バレル66ドルを付け、年初来高値となった。ただその後は下落傾向となり、19年7月18日現在50ドル台後半で推移している。今のところ急騰と呼べるほどの上昇はなく、市場は冷静さを保っているように見える。

現在、原油価格の上値を抑えているのは大きく2つ、米国の生産量の多さと、中国の景気減速に伴う需要の減少だ。

最新のEIA(米エネルギー省エネルギー情報局)の報告書によると、シェールオイルの増産を背景にアメリカの原油生産量が18年にロシアを抜き、世界首位になった。アメリカの供給態勢が盤石だとの安心感から、原油価格は上値を追う展開になりづらい。

そしてもう1点の中国の景気減速である。アメリカとの貿易摩擦が長引いており、製造業の出荷減といった形で響いている。中国国家統計局が15日に発表した2019年4~6月の国内総生産(GDP)は前年同期比6.2%増となり、四半期ごとのデータを追える1992年以降で最低だった。中国の不振が世界経済にも影を落としている。

こうした状況下、IEA(国際エネルギー機関)が12日に発表した原油の需給動向によると、2019年上半期は石油供給が需要を1日当たり90万バレル上回っていたとされる。米テレビ局CNBCによると、IEAの石油セクターの責任者が20年の見通しについて「かなりの供給過剰」(considerable oversupply)と指摘。だぶつく状況が続きそうだ。

それでも決して楽観視できないのが原油相場である。2008年に147ドルの史上最高値を付け、その後30ドル台まで急落するといった展開を当時、誰が予想しただろうか。まして中東情勢が混沌とする今である。予断を持つべきではないだろう。

市場の乱高下はもちろん、核合意の破綻や、軍事衝突といった最悪のシナリオは避けねばならない。核合意当事者の英仏独は合意から4年となる7月14日に共同声明を出し、米イランに対話の再開を促した。英BBCによると、欧州連合(EU)外交責任者のフェデリカ・モゲリーニも15日、イランのウラン濃縮活動に関し、違反は深刻ではなく後戻りは可能との見方を示している。

平和裏に解決する落しどころは必ずあるはずだ。

[筆者]
南 龍太(みなみ・りゅうた)
「政府系エネルギー機関から経済産業省資源エネルギー庁出向を経て、共同通信社記者として盛岡支局勤務、大阪支社と本社経済部で主にエネルギー分野を担当。また、流通や交通、電機などの業界、東日本大震災関連の記事を執筆。現在ニューヨークで多様な人種や性、生き方に刺激を受けつつ、移民・外国人、エネルギー、テクノロジー、Futurology(未来学)を中心に取材する主夫。著書に『エネルギー業界大研究』(産学社)など。東京外国語大学ペルシア語専攻卒。新潟県出身。
ryuta373rm[at]yahoo.co.jp


南 龍太(ジャーナリスト)

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