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新たに有権者となった若年層に「主権者教育」で何を伝えるべきか - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2019年7月25日 16時25分

<18歳でフルの有権者としての権利が与えられるならば、その準備段階にあたる18歳未満には選挙運動ができないという現行法は不自然>

今回参院選での18歳、19歳投票率は、総務省の発表によれば31.33%だったそうです。投票率の低迷を受けて、主権者教育を強化すべきだとか、そうだとしても政治的中立を求められる中で教師は困惑を深めるだけといった議論があるようです。

ですが、上の世代や選挙制度の側が、「有権者なのに、有権者の自覚やスキルがない」などと若い世代を批判していたり、「もっと教えなくては」と怒ったり力んだりしても上手くはいかないでしょう。

問題は10代の主権者がキチンと主権者として認められていないということだと思います。

例えば、準備期間の問題があります。18歳で有権者としてのフルの権利が与えられるのであれば、16歳から17歳というのは、十分にその準備期間になるわけです。それにもかかわらず、18歳未満は選挙運動ができないため「SNSで特定の候補や政党への支持」を発信すると選挙違反になるという奇妙な法律になっています。

18歳になったら本物の選挙権を行使するわけで、そのためにSNSを通じた議論などを通じて、生きた「選択スキル」を練習しておくことは必要だし、選挙期間中はそれこそリアルな練習ができると思います。それにもかかわらず、やったら違法などというのは理不尽ですし、そもそも政治的自由という重要な自然権への侵害になると思います。

もちろん、若年であれば判断力が未熟で、デマ拡散などに利用される危険があるわけですが、高齢者の場合、現在の法制では相当に判断力が低下しても選挙権の行使ができるわけですし、ネット利用のリテラシーという意味では、若年層よりはるかに劣るわけですから、不公平です。そもそも、若者を社会が「一人前」として見ていないわけで、あらためるべきでしょう。

主権者教育として、最も重要なのは「自分の身近な問題、当事者である問題」において、主権者としての自覚を訓練するということです。例えば、教育の内容、教育予算の使われ方、就職や勤労に関わる制度などは、18歳としても十分に当事者となりうる問題です。

こうした問題について「若者に当事者意識を求めると、左翼になって組合活動や学生運動をしたりして困る」と考える高齢者も多く、そのために判断スキルの養成になるような教育訓練をためらう風潮があるのかもしれません。



ですが、問題は、若者の政治的関心や、当事者意識を「単なる自分探し」や「異議申立て」にするのではなく、現実社会への理解を深めるように多角的な情報提供をすることです。それをしないで、意識を高めると反社会的になるなどと勝手な心配をするのは、それこそ主権者である若者を一人前と見ていないことになります。

当事者ということで言えば、18歳の有権者はその多くが高校生です。その高校生有権者が制服を着て投票する光景がテレビで紹介されたり、啓発ポスターになったりしていますが、非常に違和感があります。校則という身近なルールにおいて、一方的に束縛を受け、主権者として決定権を持たない一方で、国会議員を選んだり憲法改正の是非を決める際にはフルの主権者として期待されたりというのは、あからさまに矛盾していると思うからです。

少なくとも、投票所においては高校生も1人の市民であり、市民として投票するのでなくてはおかしいと思います。その意味で、制服を着て投票とか、高校生はその在籍する学校で投票というところには違和感を覚えます。

最も重要なのは、18歳には18歳の利害があることを、しっかり社会が伝えていくことです。例えば年金の「マクロ経済スライド」という問題があります。野党からは、まるで国民の敵のような宣伝がありますが、制度の趣旨としては、100年後も年金制度が持続するためには「出生率や経済の低迷」が起きた場合には、年金基金の原資を次世代に回すために給付を抑制するというものです。

ですから、制度がないよりはある方が18歳にとっては「まし」ではあります。ですが、そのような抑制がかかるほどに、経済が悪化したり、出生率がダウンしたら、若者が社会を支えていく未来は暗いものになるわけです。そのように世代の利害ということを総合的に考えて、どのように判断をしてゆくのか、つまり意見ではなく、複数の論点にアクセスして、議論の全体像を踏まえて自分のポジションを決めていく――そのようなスキルを鍛えるチャンスを社会が与えていくこと、これが一番大切だと思います。

今回の選挙でも明らかになったのは、近年有権者になった若年層への明確なメッセージを発信した政党がなかったということです。一番の問題はそこではないでしょうか。

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