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外食チェーンの海外進出、成功のカギは「8:2」の和魂洋才 くら寿司、全米展開の勝算

ニューズウィーク日本版 2019年8月3日 11時37分

<日本食は世界的に人気でも、外食チェーンの海外進出は一筋縄ではいかない時代――。ナスダック上場で勢い付く「くら寿司」が導き出した、成功を呼び込む「8:2理論」とは>

大手回転ずしチェーン、くら寿司の米国子会社「くら寿司USA」が8月1日、ナスダックに上場した。日本の外食チェーンによる現地法人株の上場は初めて。市場から資金を調達しやすくし、23年度までにアメリカの店舗数を現在の22から倍増させる計画だ。

回転ずしの海外展開では、業界5位の元気寿司が約200店と群を抜いている。一方、元気寿司との経営統合の計画を撤回した業界最大手、スシローも海外強化を掲げる。日本国内の市場で熾烈なシェア争いが続く中、大手各社はこぞって海外市場の開拓に力を入れている。

ただ日本の飲食チェーンの海外進出といえば、17年にニューヨーク1号店を出したものの、19年にニューヨーク市内にあった11店舗のうち7店舗を閉鎖し、ナスダックも上場廃止した「いきなり!ステーキ」の失敗例が思い出される。日本で受け入れられた立食形式、低価格のステーキを売りとしたが、ステーキの本場、アメリカには立って食べるといったスタイルがなじまず、途中から椅子を置くなど試行錯誤した末の撤退だった。この先例から、海外進出を目指す飲食チェーンは何を学ぶべきなのか。

アジア系は握り、白人層はロール

「店舗開発やメニュー開発、人事制度全てにおいて、日本のやり方そのままでは通用しない」。くら寿司USAの姥一CEOは1日にニューヨークで開いた記者会見で言い切った。米進出を進言して成功に導いたこの立役者は、店ごとに売れ筋のメニューが全く違うと話す。

実際、くら寿司は2009年の初出店以来、地域ごとに異なる人種構成や気候を分析し、受け入れられるよう日本式に手を加えて「和魂洋才」の現地仕様にしてきた。日本と現地仕様の理想の比率は8:2だという。例えば、同じカリフォルニア州内でも、アジア人の多い地域では握りずし、それ以外ではロールずしが売れるといった差が顕著に表れるそうだ。そのため、店舗ごとの客層に合わせ、回転レールに載せるネタの構成を変えるといった工夫をし、収益性を高めてきた。

サイドメニューを充実させてきたこともアメリカでの事業拡大につながった。くら寿司の創業者、田中邦彦社長が「日本の専門店に比べても引けを取らない」と胸を張るラーメンやうどん、日本にないすしネタもあり、品揃えは160に及ぶ。

日本の勝ちパターンに工夫を施し、現地仕様にする。くら寿司の場合、その割合は8:2が絶妙だとの答えに辿り着いた。「お客さんは刺激を求める。おいしい、安いだけでなく、アミューズメント、楽しいレストランを求めている」と田中社長は強調する。

同様に、「一風堂」など国内外で約300店を手掛ける「力の源(もと)ホールディングス」も、海外初進出で2008年にニューヨークへ店を出す際、日本のスタイルを現地仕様に変えた。日本での成功体験に囚われず、「白紙の状態から考えた」(河原成美社長兼会長)そうで、店の入口付近にウェイティングバーを設置。日本にはない店構えのラーメン店はニューヨーカーの心を捉えた。今や一風堂などのラーメン店は街で人気のデートスポットにもなっている。



何がアメリカに進出する飲食店の成否の明暗を分けるか、答えは各社各様だろうが、現地事情に照らしてローカライズ(現地化)するのは有効のようだ。逆に、うまくいかなかったケースについては、「日本式のサービスや料理、マーケティング方法をそのまま米国で用い、現地の米国人向けの宣伝活動を行わずに失敗している」と、日本貿易振興機構(ジェトロ)は指摘する(ジェトロニューヨーク事務所「平成30年度 米国における日本食レストラン動向調査」より抜粋)。いきなり!ステーキも、日本で成功したスタイルをそのまま持ち込もうとしたのが、失敗の一因だったと言えそうだ。

同調査はまた、日本食レストランが4000超と全米一多いカリフォルニア州ではその経営者の多くは日本人や日系人以外のアジア系であることや、比較的日本食が浸透していなかったテキサス州やフロリダ州などの南部でアメリカ人経営の日本食レストランが目立ち始めたことなども、特徴的な日本食事情として挙げている。

国外の成長市場、各社が取り込み

海外を目指す動きはくら寿司に限ったことではない。

スシローを展開する「スシローグローバルホールディングス」は2019年9月期~21年9月期の中期計画で、5カ国以上への進出、年間売上高200億円を掲げる。現在、韓国と台湾に店を出しており、8月には香港とシンガポールにそれぞれ1号店をオープンする。「すしが非常に浸透しており、単一国での市場規模も大」と期待する北米へも20年9月期以降に進出を目指すほか、欧州での展開もにらむ。

そのスシローとの経営統合が白紙に戻った元気寿司は、海外出店の実績で先行している。現行の中期計画の目標では、国内の200店を上回る海外250店と掲げている。実際、海外店舗は既に約200店に上る。マレーシア、カンボジア、ミャンマー、クウェートなど、競合他社が未開拓のフロンティアへと、果敢に店舗網を広げている。アメリカでは、現地法人を通じてハワイを中心にワシントン、カリフォルニアの3州に店舗を持つ。なお、スシローとの経営統合撤回の理由の1つは「アジア地域での店舗展開方式の違いが明確となった」ことだとしており、現在の回転ずし業界において海外戦略がそれだけ重要な要素になっていることがうかがえる。

業界3位のはま寿司は、親会社ゼンショーホールディングスの持つ販路や流通網を生かして海外展開し、現在上海や台湾に店舗がある。ゼンショーは、アメリカを中心にカナダとオーストラリアでテークアウトのすし店を展開するアドバンスド・フレッシュ・コンセプツ(AFC)を約290億円で傘下に収めるなど、攻勢を強めている。「AFCとシナジー効果を発揮し、さらなる業容拡大を期待できる」と判断した。

4位のかっぱ寿司は韓国に店舗がある。業績不振を受け、14年に外食チェーン大手のコロワイドの傘下に入ったが、直近2年は黒字決算を維持している。





「海外重視」路線の背景にある日本市場の変化

大手回転ずしチェーンが海外を目指す背景には、国内の競争激化がある。

各業界に詳しい富士経済(東京)が2018年に発表した外食産業に関する調査結果によると、回転ずしの国内市場規模は17年に前年比4.5%増の6325億円となり、近年3~4%台で推移している。この拡大傾向は続くとみられ、22年には7435億円まで拡大すると予測される。同じく富士経済の調査結果では、すし市場全体の規模は17年に前年比1.3%増の1兆6912億円だった。回転ずし産業の成長率の高さやシェアの大きさが分かる。

ただ成長の裏では、1皿100円を切る、あるいは時間帯によって食べ放題にするといった低価格競争の下で、顧客の奪い合いが巻き起こっている。中にはウニやマグロなど、販売価格に占める材料費の比率「原価率」が50、60%を超え、採算ラインぎりぎりで提供しているネタもあるようだ。

業界1、2位のスシローとくら寿司はいずれも大阪発祥だが、首都圏を中心として近年急速に店舗網を拡大し、全国で鍔迫り合いを繰り広げている。後続のはま寿司やかっぱ寿司が負けじと食らい付いている構図だ。大手5社による市場シェアは全体の75%とも言われる。

一方、そうした大手各社の攻勢を受け、地方都市発祥のローカルな店舗が相次いで倒産の憂き目に遭っていた。調査会社の東京商工リサーチによると、2018年1~7月に、神奈川県を中心に「ジャンボおしどり寿司」を展開していた「エコー商事」や、福井県のプリーズ、富山県のエスワイケイなど6社が相次いで倒産、前年を上回るペースで「急増している」という。原材料となる魚介類の不漁などに伴う価格高騰や、人手不足を背景とした人件費上昇などが経営を圧迫したと分析しており、こうした要因は大手、中小を問わず収益の重しとなっている。

「回転寿司に関する消費者実態調査」を例年実施しているマルハニチロは、2019年の調査で15~59歳の男女3000人にアンケートを行った。「回転ずし店を選ぶ際に、重視している点」を複数回答で尋ねたところ、「値段が安い」が46.0%で最も多く、「ネタが新鮮」が41.2%、「ネタの種類が豊富」が33.9%と続いた。

こうした声も反映しつつ、回転ずし業界はどのような発展を遂げるだろうか。差し当たり、日本国内では大手による提携や合併も交えたシェア争い、海外ではアメリカや東南アジアへの出店加速といった動きが続きそうだ。

南 龍太
「政府系エネルギー機関から経済産業省資源エネルギー庁出向を経て、共同通信社記者として盛岡支局勤務、大阪支社と本社経済部で主にエネルギー分野を担当。また、流通や交通、電機などの業界、東日本大震災関連の記事を執筆。現在ニューヨークで多様な人種や性、生き方に刺激を受けつつ、移民・外国人、エネルギー、テクノロジー、Futurology(未来学)を中心に取材する主夫。著書に『エネルギー業界大研究』(産学社)など。東京外国語大学ペルシア語専攻卒。新潟県出身。お問い合わせ先ryuta373rm[at]yahoo.co.jp」


南 龍太(ジャーナリスト)

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