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ロシア疑惑とはまったく違う、ウクライナ疑惑の中心人物はトランプ本人

ニューズウィーク日本版 2019年10月2日 18時40分

<ウクライナ疑惑はロシアの介入疑惑と違い、トランプ自身の権限乱用が焦点――弾劾と選挙への影響は>

あっという間だった。2016年の米大統領選に対するロシアの介入疑惑では2年がかりの捜査でも得られなかったものが、今回はあっさり手に入った。ドナルド・トランプが現職のアメリカ大統領としてウクライナの大統領に、軍事援助を餌に自分の政敵への攻撃をけしかけた疑惑が急浮上し、ついにナンシー・ペロシ下院議長(民主党)も、大統領弾劾に向けた調査にゴーサインを出した。

もちろん、誰も弾劾(大統領の罷免)が実現するとは思っていない。トランプ自身、今回もロシア疑惑のときと同じ悪質な「魔女狩り」にすぎず、いくら調べても何も出てこないぞと強弁している。

しかし2つの疑惑の構図は根本的に異なる。3年前はトランプを勝たせるためにロシアが画策し、それにトランプ陣営が共謀したかどうかが争点だった。しかし今回はトランプ自身が疑惑の中心人物だ。現職大統領が自ら外国の指導者に電話して、私的な利益のために権力を乱用した疑いだ。しかも全ては米国内で起きている。

前回は、ロシアの工作員がヒラリー・クリントン陣営の電子メール記録を不正入手し、それをソーシャルメディアにばらまいて、結果的にトランプ陣営に加担した行為が問題とされた。トランプはその恩恵を被ったかもしれないが、犯罪の主役ではなかった(捜査への司法妨害も指摘されたが、事件の本筋からすれば、トランプは最後まで脇役だった)。

今回は違う。公開されたウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領との7月25日の電話会談の記録を見れば明らかなとおり、今回はトランプこそが主役だ。

ゼレンスキーがアメリカからの追加支援を要請し、アメリカ製対戦車ミサイルの購入を申し出ると、トランプは不可解な交換条件を持ち出していた。政府当局者が書き起こした通話記録によれば、こうだ。「ご希望に沿いたいとは思うが、こちらにもいろいろ問題があってね。そちらに情報があるはずだから、調べてほしいんだ」

卑劣なライバルつぶし

そしてトランプは、極右勢力の唱える奇怪な陰謀説を持ち出した。2016年の大統領選中に民主党全国委員会(DNC)のサーバーがハッキングされたとき、DNCはハードディスクなどに含まれる全データをコピーしてFBIに提出している。これは標準的な手続きなのだが、トランプの信ずる陰謀説によれば、ロシアによる介入をでっち上げたいFBIはあえてサーバー本体を押収せず、ひそかにウクライナに運んで隠したという。だから調べてくれ、とトランプはゼレンスキーに言った。「私は、あのサーバーはウクライナにあると聞いているんだ」

さらにトランプは、次の大統領選で民主党の最有力候補と目されるジョー・バイデン前副大統領の息子ハンターが役員に名を連ねるウクライナのガス会社ブリスマへの捜査をウクライナ当局が中止した経緯についても調査を依頼した。「バイデンは捜査を中止させたと得意げに話している。だから調べてほしい」



ホワイトハウスが発表したトランプとウクライナ大統領との電話会談の記録 JIM BOURG-REUTERS

しかしバイデンが捜査を中止させた証拠はなく、その会社への捜査が政治的な動機で中止されたという証拠もない。その電話でトランプは、前日に行われたロバート・ムラー元特別検察官の議会証言にも触れている。ムラーはロシアとの共謀についても司法妨害についてもトランプを起訴する十分な証拠はなかったと証言していた。「見てのとおり、このナンセンスな芝居は終わりだ」。そう言った後で、トランプはゼレンスキーに念を押している。「全てはウクライナから始まったという説があるんだ」

もちろん、トランプ政権を支える共和党は、ゼレンスキーとの電話会談に権力乱用を示唆する文言はないと主張している。政敵を陥れる卑劣な行為と引き換えに、ウクライナへの支援を約束した証拠はないと。

しかしそうした弁明自体が、今回の疑惑でトランプが果たした役割が前回とは違うことの証拠ではないか。ロシアの選挙介入疑惑では、主役はあくまでもロシアだった。しかし今回の主役はトランプ自身だ。

特別検察官によるロシア疑惑の捜査では、争点は2つに絞られていた。まずはトランプ(またはトランプ陣営幹部)とロシア工作員との「共謀」の有無。そして2つ目は、特別検察官の捜査をやめさせるためにトランプ自身が「司法妨害」をしたかどうかだった。

1つ目については、ロシアによる選挙介入の十分な証拠は見つかったが、トランプ側が共謀した証拠は出なかった。2つ目については、司法妨害の十分な証拠はあったが起訴相当とは結論しなかった。またトランプ側は、そもそも疑惑の事実がないのだから捜査に介入する動機がないと主張できた。

しかし今回のウクライナ疑惑では、トランプが自身の政治的利益のためにアメリカの外交政策を利用した形跡がある。他人の違法な企てに共謀した疑いではなく、大統領自身が不正行為に手を染めた疑いがある。

周到に準備された作戦

2016年の米大統領選に対するロシアの介入疑惑では、特別検察官が本筋の捜査でたどり着けたのは、トランプ陣営でも下っ端の外交政策顧問ジョージ・パパドプロスまでだった。

当時の民主党大統領候補ヒラリー・クリントンの顔に泥を塗るような電子メール記録をロシア側が入手したという情報を、パパドプロスはロシア政府と関係のある人物から受け取っていた。しかしパパドプロスはトランプ陣営の幹部ではなかった。

最終的にはトランプの元選対本部長ポール・マナフォートと元大統領補佐官マイケル・フリンという陣営幹部2人が起訴されたが、ロシア側との「共謀」を立件するには至らなかった。



しかし今回のウクライナ疑惑で名前が出たのはトランプの側近中の側近、私的な顧問弁護士のルディ・ジュリアーニだ。ゼレンスキーとの電話会談でトランプは、バイデンに関する捜査については今後、ジュリアーニにフォローさせると発言している。ウィリアム・バー司法長官を関与させる意向も示した。

トランプは自分の陰謀にゼレンスキーを抱き込もうとし、その際にジュリアーニとバーの名前を出した。当然、この2人も追及を免れない。トランプを特別検察官の捜査から守り、トランプのどんな行動も公然と支持してきた2人が疑惑の中心人物として浮上したことになる。

ロシアが2016年の米大統領選に介入した目的が、トランプを勝たせ、アメリカの対ロ政策を軟化させることにあったのなら、それは失敗に終わった。

トランプ自身はロシア大統領ウラジーミル・プーチンへの親近感をアピールしているが、アメリカ政府はロシアに強力な経済制裁を科すなど、一貫して厳しい姿勢を維持している。

トランプがアメリカの伝統的な同盟諸国を軽視していることや、人権問題などに総じて無関心であることは、明らかにプーチン政権を利している。しかし一方で、ロシア経済は制裁の重みに悲鳴を上げている。

ところがトランプはゼレンスキーとの電話会談に先立ち、ロシアを利するような政策変更でウクライナ側を慌てさせた。ワシントン・ポスト紙の報道によれば、ウクライナに対する4億ドルの軍事支援金の拠出を遅らせるよう、電話会談の少なくとも1週間前にトランプが直々に命じたという。バイデンの顔に泥を塗る陰謀にゼレンスキーを巻き込むための作戦だったらしい。ちなみに問題の4億ドルは9月11日に拠出されている。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年10月8日号掲載>

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イライアス・グロル

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