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21世紀の「第3次ベビーブーム」はなぜ起きなかったのか?

ニューズウィーク日本版 2024年3月6日 11時20分

<団塊ジュニア世代が30代を迎えた今世紀初頭、政府が推進したのは少子化政策とは逆行する「痛みを伴う改革」だった>

2023年の日本の出生数は75万8631人だったという。前年に比べて1万2128人の減。止まらない少子化に対し、政府高官は危機意識を露わにして「2030年代になると若年人口が急速に減少する。それまでの6年間が、少子化傾向を反転させるラストチャンスだ」と述べている。

だが、若年人口は既に急速な減少の局面に入っている。少子化傾向を反転させる(出生数を増やす)のは、物理的に難しいだろう。できるのは、出生数の減少速度を緩めることくらいだ。

少子化傾向を反転させるラストチャンスは、人数的に多い団塊ジニュア世代の出産年齢末期だった今世紀の初頭だった。当時、第1次・第2次に続く「第3次ベビーブーム」が起きると期待された。現実がどうだったかを振り返ると<図1>のようになる。

  

年間出生数の長期推移を見ると、戦後初期の第1次ベビーブーム、その子世代の第2次ベビーブームの山があるのが分かる。自然な流れでは、1990年代半ばから世紀の変わり目にかけて第3次ベビーブームが起きるはずだが、現実には起きなかった。当時の出生数をみると、小刻みな盛り返しはあるものの大きな山はできていない。

平成不況により、若者の自立が困難になったためだろう。実家に居座り、親に寄生する(せざるを得ない)若者の生態を描いた、山田昌弘教授の『パラサイト・シングルの時代』(ちくま新書)が大ヒットしたのは1999年のことだ。

人数が多い第2次ベビーブーマー(団塊ジュニア世代)は、今世紀の初頭に30代に達した。先にも記したが、この時期が少子化傾向を反転させるラストチャンスだった。しかし当時の政府がやったことは、「痛みを伴う改革」をフレーズに新自由主義を推し進めることで、少子化対策とは逆行するものだった。ラストチャンスを活かせなかったのは、政治の責任でもあるだろう。

過ぎ去った過去を悔いても仕方ないが、今後はどうなるのか。<図2>は、出生数のこれまでの推移と未来予測を接続させたものだ。

  

赤い線が実測値で、点線は昨年に公表された未来推計値だ。未来推計は3つのパターンが公表されていて、よく使われる中位推計だと2040年の出生数は72万人、悲観的な低位推計だと59万人になると見込まれる。

1997年に公表された出生数予測を実測値と重ねてみると、低位推計がよく当たっている。ほぼピッタリだ。したがって今後の推移としては低位推計を見るのがいいが、ここ数年の出生数の傾きをみると、低位推計とて見通しが甘いように思える。近年の推移を延ばすと、赤色の点矢印のようになりそうだ。今のペース(毎年2万人減少)だと、2030年代初頭には年間出生数が50万人を割ってしまうことになる。

国の存亡に関わる危機と、政府も対策に本腰を入れてはいる。特に教育の無償化に力が入れられており、2020年度より低所得層の大学の学費が減免され、返済義務のない給付奨学金も導入された。公立学校の給食費や学用品費用を完全無償化する自治体も出てきた。これが全国規模で実現されれば、「異次元」の対策と呼ぶにふさわしい。

これらは、子がいる家庭への「子育て支援」の性格が強い。しかし少子化対策の上では、若者全体を支援の対象に据える必要がある。昔と違い、今の若者にとっては結婚・出産自体が「高嶺の花」となりつつある。稼ぎの減少に加えて、増税により可処分所得は減る一方だ(「この四半世紀でほぼ倍増した若年世代の税負担率」2023年8月16日,本サイト掲載)。少なくなった手取りから、学生時代に借りた奨学金も返さなければならない。結婚どころではない。

昨年に策定された「こども未来戦略」でも言われている通り、人生のイベントアワーにいる若者の(可処分)所得を増やすことに重点を置くべきで、最も簡素で有効なのは減税だろう。

都会の若者の間で「狭小物件」への需要が増しているというが、これなどは所得の減少による「住」の貧困に他ならない。結婚・出産を控えた(消費意欲旺盛な)若者を、1ルームならぬ「半ルーム(3畳)」に押し込んでいる場合ではない。

<資料:厚労省『人口動態統計』、
    社人研『将来推計人口』>

  

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舞田敏彦(教育社会学者)

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