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「SDGs全てに貢献できる唯一の産業」観光が21世紀のグローバルフォースと言われる理由

ニューズウィーク日本版 2024年3月12日 11時30分

<途上国への支援が日本のオーバーツーリズム解決のヒントに? 世界の観光開発事情に詳しい専門家をゲストに迎え、タレントで大学生の世良マリカさんと一緒に「観光産業のこれから」について考える>

現在、世界では気候変動や食料危機など、さまざまな問題が起きています。そのような問題の現状や解決策について、「世界をもっとよく知りたい!」と意欲を持つタレントで大学生の世良マリカさんと一緒に、各界の専門家をゲストに招いて考えます。第3回のテーマは「世界の観光開発」。北海道大学観光学高等研究センター教授・西山徳明さん、長年、JICAで観光開発に携わってきたタンザニア事務所の浦野義人次長にお話を聞きました。

左から西山徳明さん、浦野義人次長、世良マリカさん、JICA広報部の伊藤綱貴さん

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2021年、日本が世界の観光競争力ランキング1位に

世良マリカさん(以下、世良) 日本は観光競争力ランキングといわれる世界経済フォーラム(WEF)の「2021年旅行・観光開発指数(Travel and Tourism Development Index2021)」で 1位になりましたが、なぜ1位になれたのでしょうか。

JICA タンザニア事務所・浦野義人次長(以下、浦野) 観光競争力のランキングは約100もの項目に基づきランキング付けされますので、バランスの取れた観光開発が重要になります。日本は島国ですので、ヨーロッパやアフリカのように大陸で国境が隣接していません。移動が大変なので、島国の観光というものは、基本的に国内旅行が盛んにおこなわれることになります。ただ、その中で観光資源は当然限られています。1、2回同じところに行くと飽きてしまうので、新たな観光地を開発していかなければならないわけです。そのため、日本は隅から隅まで観光資源が観光地化されています。また、何もないところから新たな観光資源を作ることに長けていると思います。そういった点も含めて、バランスの取れた観光開発を推進している国として、日本が1位に選ばれたのではないかと思います。

北海道大学教授・西山徳明さん(以下、西山) 豊かな自然や文化資源とともに安心・安全、衛生、交通インフラなども評価されています。そして、残念ながら価格競争力ですね。「円安で過ごしやすい」といった点も含め、総合的に評価されています。

浦野 また、このランキングは「現時点で観光客の多い国」ではなく、「将来、観光産業がどれだけ伸びるか」というポテンシャルの高さや持続可能性も競います。西山先生がおっしゃったような日本の強みが、将来的に観光産業のポテンシャルが非常に高いという評価を受けたということです。発展途上国の政府もこのランキングを見ていますので、このランキングで日本が上位に入るようになってから、「日本から観光を学びたい」というニーズが増えているように思います。

JICAは1980年代から4つの分野で観光開発支援をしています。1つは「政策」。持続可能な観光開発のための政策づくりを支援しています。2つ目は「人材育成」。ホテルの従業員の育成、観光ガイドのスキルアップ支援、政府の観光職員にもアドバイスをします。3つ目は「プロモーション」。観光客を誘致するためのプロモーション施策の支援だけでなく、観光客にどういうPRをするか、受け入れる側の準備も整えます。そして、4つ目が「観光インフラ開発」。空港や博物館などの建設等を支援しており、有名なのは開館が待たれる「大エジプト博物館」などがあります。

西山 国連世界観光機関(UNWTO)※1によると、2000年の世界の海外旅行者数(国際観光到着数)は6億8千万人でしたが、コロナ前の2017年には13億29百万人に倍増しており、2030年には18億人に達するという予想もあります。観光開発は道路や電車などのインフラ整備、それに伴う雇用を生み出す側面もありますから、その国の経済開発に直結します。世良さんは「グローバルフォース」という言葉を聞いたことがありますか?

※1 国連世界観光機関(UNWTO)は2024年1月、組織名をUN Tourismに変更。(本取材は2023年12月に行いました)

世良 詳しくは知らないです。

西山 グローバルフォースとは「ある世紀を変えた力」のことです。例えば、20世紀のグローバルフォースは「石油」です。そして21世紀は「観光」になると言われています。観光は国をまたいで人が行き来しますから、草の根レベルでお互いの国を知り合い、理解が深まることで、安全保障の基盤となるともいえます。

世良 観光の持つ力が大きくなっているんですね。

旅行好きでケニアなどを旅しているという世良マリカさん。2002年神奈川県生まれ。19年に芸能界入りし、モデル、タレントとして活動。史上最年少16歳で「ミス・ワールド2019日本代表」になる。慶應義塾大学総合政策学部に在籍している

海外の支援が日本のオーバーツーリズム解決のヒントに

浦野 JICAでは2019年からペルー北部の山岳地帯にあるチャチャポヤという文明が栄えた場所で観光開発を支援しています。ペルーは現在、南部のマチュピチュ、ナスカ、クスコに観光客が集まっていますが、北部の観光開発も進めば、バランスの取れた発展につながります。

ウトゥクバンバ渓谷の断崖絶壁に置かれた棺。かつては疫病のリスクがある谷底を避け、人は高地(台地上)に住んだため、死の世界(地中)が露出しているように見える絶壁に棺を置き、死者に見守ってもらうという信仰の姿をとった(西山徳明さん提供)

ペルー北部アンデス山岳地帯のウトゥクバンバ渓谷で5〜15世紀にチャチャポヤ文化が展開した。その信仰の中心となった標高3,000mの台地上にそびえるクエラップ遺跡(西山徳明さん提供)

浦野 ペルー政府からは当初「南部のマチュピチュは観光客が多すぎて、訪れた人々の満足度が下がっているため、違う地域も開発を進めたい。日本はバランスの取れた観光開発をしているから、その知見を活かして支援してほしい」という要望がありました。

そこでまさに映画インディ・ジョーンズのように北部のジャングルに、なたを振って分け入って現地調査をしたところ、出てきたのがインカ帝国の遺跡だったんですね。ほかにもアメリカ大陸でも有数の落差を誇る滝もありました。チャチャポヤ文明があったのはアマソナス州というペルーの中でも最貧州ですが、観光開発をすることで経済が活性化する可能性があるとわかったんです。

多くの観光客が訪れるマチュピチュ(西山徳明さん提供)

小学生のころはインディ・ジョーンズになりたかったという浦野義人JICAタンザニア事務所次長。学生時代に考古学を学び、青年海外協力隊員として、ボツワナにて世界遺産の発掘調査、遺跡保護活動を行った。2009年からJICAに所属し世界のあらゆる観光案件に携わり、2011年からJICA南アフリカ事務所を拠点にアフリカ地域の観光分野支援に従事。2016年3月から産業開発・公共政策部にてJICAの観光開発協力を総括。2022年4月から現職

世良 聞くだけでワクワクするお話ですね。日本でもマチュピチュのようにオーバーツーリズムが問題になることはないのですか。

西山 例えば京都市では、インバウンド(訪日外国人客)が増えて市民がバスに乗れないという問題が起きていますね。岐阜県の白川郷では以前、観光客が100万人を超えたころ、大渋滞のせいで救急車などの緊急車両が通れず、住民の生命に関わる危機だということで住民が行政、専門家と解決策を検討し、10年ほどかけて課題を克服したという例もあります。

世界遺産登録5年後の2000年頃の混雑する白川郷(西山徳明さん提供)

浦野 これから観光開発が伸びていく中で、オーバーツーリズムになる地域は増えていきます。我々がペルーで行っている支援が日本のオーバーツーリズム解決のヒントになる可能性もあると思います。観光の分野は特に、日本も途上国にとっても共通の課題が多いのです。先進国である日本が一方的に知識や経験を教えるのではなく、お互いに学び合いながら課題に取り組んでいくことが非常に大切だと考えています。

一方「非常に脆弱な産業」の一面も

世良 コロナ禍もありましたが、一方で観光業に依存するのは、リスクが高いのではありませんか。

西山 重要なのは「観光に頼り過ぎないこと」です。旅行者のうちビジネス関係は2割、残り8割は普通の観光です。ですから、コロナのようなことが起きると一気に来なくなりますし、非常に脆弱な産業でもあります。だから頼りすぎないことが大事です。途上国では自分たちが生きていくために生業としてきたことをやりつつ、観光にも手を出します。だから、いざという時に備える力を持っています。この点において、我々は途上国に学ぶことも多いのではと思います。

これからは観光が広がり、さまざまな産業に影響力を持つようになり、あらゆる人が関わらざるを得なくなるのではと話す西山徳明さん。北海道大学観光学高等研究センター教授。観光開発国際協力専門家。専門は建築・都市計画学、ツーリズム、文化遺産マネジメント。フィジー、ヨルダン、ペルーなどで国際協力を展開中

浦野 備えが非常に重要です。我々はUNWTO(国連世界観光機関)とともに将来的に何か起きたとき、どう動くかを事前に決めておく「危機管理計画」を作り始めています。

世良 具体的にどんな対策ができますか。

浦野 一番分かりやすいのは風評被害対策です。例えば、アフリカではどこかの地域でエボラ出血熱が発生すると、アフリカ大陸全体の観光客数が減るんです。でも、アフリカ大陸のどこで発生したのか、きちんとした状況を伝えることによって、観光産業における悪影響が抑えられます。どうやって正確な情報を発信していくか、どう発信するのが効率的なのかを事前に準備しておくと、何か問題が起きたときに初動が早くなります。

女性の社会進出にも観光が一役

進行補佐・JICA広報部・伊藤綱貴さん(以下、伊藤) 世良さんは2023年だけで6カ国に旅行したとのことですが、旅先ではどんなことをされますか?

世良 まず、その土地特有のご飯を食べます。現地で有名なアクティビティも体験しますね。

浦野 JICAはヨルダンのサルトという古都で現地の人の家を訪れ、一緒に料理をしたり、ローカルな食事を食べられたりする体験プログラムを行っているんですよ。

サルトで地元の女性が開催する料理教室を観光客が体験する様子(写真の一部を加工しています)(西山徳明さん提供)

浦野 ヨルダンといえばペトラ遺跡が有名ですが、ヨルダン政府からはヨルダンには他にも魅力があり、古都サルトの「歴史的な街並みを観光客が散策するようにしてほしい」という提案がありました。ただ、散策するだけでは経済的な利益は生まれませんから、体験型商品をどう戦略的に町にちりばめるかを考えます。イスラム圏の女性は外で働くことが難しいのですが、観光客向けに料理体験を提供すれば女性に収入が入ります。お父さんが稼ぎ頭で、お母さんは子どもの靴下を買いたいけれど、お父さんが反対して買えないといった時、観光客を相手に自ら開く料理教室で得た収入で子どもの靴下を買えます。観光開発が女性の社会進出を後押ししているのです。

世良 私たちが観光することが、現地の女性の社会進出につながるのですね。

浦野 UNWTOは「観光はSDGsの17のすべてのゴールに貢献できる唯一の産業」だと言っています。サルトのこの事例では、女性が収益を得られるようにしたことで「SDG目標5:ジェンダー平等を実現しよう」に貢献できました。現在、JICAはUNWTOと共に、観光プロジェクトにとっての辞書のような「ツールキット」を作っています。例えば「女性の社会進出」ならば、ツールキットのSDGs5の項目にさまざまな事例が載っているため、参考にしたり、指標を立てられたりします。これは日本の観光開発でも使えるものです。

観光プロジェクトのための指標ツールキット【PDF】

世良 これから観光の未来は、どう変わっていくんでしょうか。

西山 これから観光は特別なものでなく、途上国、先進国に関係なく、世界中の人が当たり前に旅をするようになるでしょう。あらゆる産業の人が観光を通じて自分たちの産業を発展させていくという、観光が広がりを持つ時代になっていくと思います。

浦野 観光産業はますます重要な産業になると思います。JICAとしては地球規模で途上国への観光開発支援をしながら、その知見が日本の観光開発にも生かせるように活動していきたいと思います。

世良 途上国、先進国に関係なく、お互いの知見を共有していくことが大切ですね。「バランスの取れた観光開発」が大事だということにも納得しました。これからは私も有名な観光地だけではなく、まだ知られていない場所を探して行ってみたくなりました。

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※当記事は「JICAトピックス」からの転載記事です。



※JICAトピックスより転載

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