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同質性を重視してきた「ものづくりの現場」に、多様性の意識を根付かせた「DEI推進室」の挑戦

ニューズウィーク日本版 2024年3月28日 17時0分

<DEI意識が低かった業界で、一気に社内の変革を進めたパナソニックEW社。「天岩戸をこじ開けた」DEI推進室の取り組みとは>

近年、企業経営で重要視されるようになった言葉「DEI」は、Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包括性)の頭文字。今後、企業価値を中長期的に向上させるには、従業員の多様性を認めて尊重し、公平な活躍機会を与えることが不可欠といわれる。だが現状、日本のDEI推進は諸外国に比べ遅れが目立ち、背景には根深い男女格差や無意識の偏見、同質性の高さがあると指摘される。

大手電機メーカー、パナソニックも例外ではない。グループ内で主に住宅、オフィス、商業施設などの電気設備を扱うエレクトリックワークス社DEI推進室長の栗山幸子は「『女性は電気的な仕事が苦手』といった思い込みからか、他業界と比べて女性の社員や管理職の割合が低い」と構造上の問題を指摘する。

同社の2023年度女性管理職比率は4.7%。背景には、製造業ならではの事情もあったという。「寸分たがわず同じ製品を製造する」ことを要求されるメーカーにとって、「同質であること」が、仕事の効率を高める重要な価値観と見なされてきたからだ。

だが、行きすぎた同質化は、グループ・シンク(集団浅慮)や品質・生産性の低下、事故にもつながり得る。そうならないためには互いの意見を遠慮なく言える心理的安全性の高い環境が大切であり、実はものづくりの現場にこそDEIが求められる。22年に新設されたDEI推進室は、変化に対する抵抗もあった社内の空気をさまざまな仕掛けで変えてきたという。

「DEI推進に高圧的です」と笑う栗山幸子室長

「当初、多くの従業員は、自分には関係のない、マイノリティーのための権利だと考えている印象だった。『同質的で何が悪い。現状を変えたくない』と天岩戸(あまのいわと)に閉じこもろうとする動きもあった」

このままでは浸透しないと考えた栗山はまず、DEIを分かりやすく伝えることに集中した。「(D)誰もが(E)遠慮は無しに公平に(I)一緒にイキイキ働ける」という「ベタ」なスローガンを作り、そのプロモーションのためのコンテンツには、金太郎(同質性の象徴)と宇宙人(異質性の象徴)を登場させ、どんな人でも「遠慮なくイキイキ働ける」をイメージしやすくしたという。

さらに「DEIは難しい理屈ではなく、面白いもの、職場の活性化が進むもの」という訴えかけを続けることで、ものづくりの現場が自らDEIの重要性を説く「面白動画」を作るようになるなど、少しずつ価値観に共感する人たちが増えていったという。

金太郎あめをヒントに「同質性」の象徴としての金太郎と、「異質性」の象徴としての宇宙人をキャラクターに

男性社員の育休取得などにも変化が

ある工場では女性のリーダーが登場したことで、重量物取り扱い対応のための補助具が導入されたが、その結果、腰痛に不安を感じていたベテラン男性社員からも安堵の声が上がった。「宇宙人」の登場が、「重くても我慢するしかない」という今までの仕事を見直す機会になったのだ。

栗山によれば、「私が天岩戸の前で踊っていると一緒に踊るメンバーが増え、その楽しそうな雰囲気にマジョリティー側も少し天岩戸を開けてのぞいてくるようになった」という。そのタイミングで栗山は間髪を入れず、「マジョリティーの特権を可視化する」というセミナーへ部門長たちを全員参加で送り込んだ。

動画コンテンツなど、身近で分かりやすい伝え方を工夫している

「部門長たちは、自身が特権を持つ側であること、組織の環境を変えやすい立場にいることを理解する必要がある。組織には個人の能力や努力だけでは解決しない『構造・仕組みの課題』がある。それを自覚して職場の不公平を是正していこう!」と意識改革に取り組み出したのだ。

こうした改革により、社内の空気は一変しつつある。現場で「DEI的にはどう?」という会話が飛び交うようになり、先進的な取り組みを学ぶための他社訪問、勉強会の開催など、社員の自主的な動きがいくつも見られる。

また、成果は男性の育児休業取得などの数字にも表れている。全社の取得率は70%、平均取得日数は26日。今も取得日数は伸びている。

従来の育休取得率の低さの背景にも性別による役割分担意識があり、特に男性には収入減の不安と取りにくい雰囲気が重くのしかかっていた。そこで人事とDEI推進室が連携し、30日間の有給制度を導入。また、育休で男性社員が得た学びを共有してほしいとの願いから、部署で関連する懇親会を開く際、費用を会社が補助している。

「育休の経験は本人だけでなく職場の学びとなる。チームの1人が欠けたときの仕事の回し方を工夫したり、自分が上司になったときに部下の相談に乗ったりもできる。もちろん『取得は各家庭の自由』だが、会社全体のことを考え、一度は経験してほしいとのメッセージを出し続けている」

創業者・松下幸之助の理念に立ち返る

24年度の目標はさらに現場を巻き込むことだと、栗山は言う。DEIは努力目標ではなく、事業変革のためにも、社員のためにも「絶対に」不可欠なこと。仕組みや構造の見直しを図るため、過渡期の今は「天岩戸を破壊するくらいのパワー系アプローチがDEIにも必要」だと栗山は意気込む。

「DEIなのに無理やり推進していいのか?」という声もある。だが、強い慣性のチカラに引き戻されないように、一人一人が動き出す状態をつくることが肝心だと栗山は説明する。

「会社として一つのビジョンに向かうことは、航海のようなもの。乗船した以上、島に皆でたどり着くには得意分野を生かして協力し合うことが大切だ。そこで嫌がる人は、そもそも目的が違うので乗る船が違う。われわれにとってのDEIは、結局のところ『社員稼業』や『衆知経営』を表しているのだと思う」

「社員稼業」と「衆知経営」は、どちらもパナソニック創業者・松下幸之助の言葉だ。従業員も経営者マインドを持って主体的に働き、一人一人の知恵を結集して経営に生かすことを、松下は提唱した。

日々変化や発展を遂げる社会において、自分の視点でしか物事を考えられないようでは顧客から選ばれ続ける企業にはなれない。同社のDEI推進は、実は100年前に創業者が唱えた理念にも深く結び付くものだった。

栗山幸子(パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 DEI推進室室長)

男女雇用機会均等法施行後の第1世代として松下電工(現パナソニック)に入社。照明分野の商品企画やプランニング、国内外でのセミナー展開などで活躍する傍ら、ダイバーシティ推進に向けた活動にも積極的に関わってきた。現在は、22年に新設されたDEI推進室の室長として、社内におけるDEIの推進に取り組んでいる。


写真:遠藤 宏、文:酒井理恵

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