<現実味を帯びだしたトランプの大統領への返り咲き。外交政策からウクライナ戦争、経済そして日米関係はどうなるのか?気になる7つの分野を大胆予測する>
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は最近、メディアにこう語った。アメリカの大統領は現職のジョー・バイデンに続けてもらいたい。何といっても「彼のほうが予測できる」から──。
これがプーチンの本心かどうかはともかく、彼の言葉はトランプが再び米大統領を務めることになった場合にどうなるかを予測するのが、ほぼ不可能であることを示している。
確かにトランプの2期目については「予測できないことだけは間違いない」と、よく言われる。
この安易な決まり文句の下に行われる貧弱な分析は忘れて、トランプが招く大混乱を乗り切るのに役立つ大切なポイントを押さえておきたい。
多くの政治アナリストを眠れなくさせている大きな不安要因は、大統領選でトランプが勝てば、その次の選挙を気にする必要のない統治が始まるということだ。
既に第45代大統領を務めたトランプは、今度の選挙に勝って第47代大統領となれば、憲法の定めによって3期目は狙いたくても狙えない。
だから、彼はやりたい放題。政敵への復讐心をたぎらせつつ、独裁者の地位を目指す。
アメリカ史上、最も信頼に足る政策立案者の1人だったエリオット・リチャードソンは、米政治に向き合う最良の準備は児童心理学の知識を持つことだと語った。
この冗談めいた言葉は、特にトランプという人間を知ろうとするときに核心を突いている。
2期目のトランプがどう動くかを考えるには、彼の心理を理解する必要がある。
第1にトランプは、日々のニュースの見出しを独占しようという強い意思の下に行動する。
アメリカの視聴者だけでなく世界でも最大の注目を集めようとするプロデューサーさながらに、大統領職を遂行していく。
第2にトランプは知識不足ゆえ、また説得力のあるアドバイザーに影響されやすいために、方針を転換したり過去の発言を取り消したりする。
第3に、彼は強烈な喝采を浴びたいと思っている。アメリカ人全体からの高い支持は必ずしもなくて構わないが、自分をひたすら崇拝し、熱狂的に叫ぶ支持者が欲しい。
そして第4に、トランプは最も影響力のある大統領として歴史に名を刻むような巨大なレガシーを手に入れることを望んでいる。
トランプの行動を予測し得る可能性についてプーチンの発言を参考にするのは、そこに興味深い理由があるからだ。
トランプに強力な自白剤を投与し、最も尊敬する大統領は誰かと尋ねたら、プーチンである可能性が高い。
トランプが最も敬意を寄せる外国の指導者はプーチンかもしれない MIKHAIL KLIMENTYEVーSPUTNIKーKREMLINーREUTERS
プーチンは憲法を改正して大統領を最長2036年まで務められるようにし、歴史上の皇帝たちと肩を並べ始めた。
2期目のトランプはこの精神を見習うだろう。
彼が追い抜きたいのはバラク・オバマやジョー・バイデンではない。
ジョージ・ワシントンやエイブラハム・リンカーンのレガシーを超えることだ。
こうしたトランプの心理を踏まえた上で、彼が抱えている4件の刑事裁判という障害を乗り越え、景気後退期でもないのに現職大統領を破って歴史を覆した場合に、一体何が起こるのか。
各分野について現時点でベストと思われる予測を試みた。
◇ ◇ ◇
外交政策
まず何をおいてもトランプは、メキシコ国境からの不法移民流入に断固とした姿勢を示す。
1期目をイスラム教徒が多い特定の国からの入国を禁止することから始めたように、トランプは劇的な動きを見せるはずだ。
そうすることで、これが最優先事項であり、レガシーにつながる問題であることを示そうとする。
トランプはこの動きに軍を使うだろう。
彼がNATOやウクライナ戦争、第2次大戦後の安保体制全般から手を引くことを正当化するため口にする理由の1つは、軍の活動の中心を国土の防衛に再び据えることだ。
トランプは好意を抱く人物に全面的に懸ける。ウクライナ戦争の交渉による解決はプーチンに有利に働き、北朝鮮の金正恩総書記は統治の正統性と核保有の承認を勝ち取る。
日本はNATOに関するトランプの発言に注意すべきだ。
NATO加盟国が軍事費を相応に負担しないならプーチンに攻撃を促すと1期目に述べたことは、彼の思考回路に合致する。
自分(アメリカ)を「利用」しようとする勢力は何であれ、たたきつぶされるのがふさわしいのだ。
2期目のトランプ政権で北朝鮮の金正恩は核保有の承認を勝ち取りそうだ JONATHAN ERNSTーREUTERS
中国がアジアで覇権主義的な行動を強めるなか、トランプは韓国と日本がアメリカの軍事力に頼りすぎていると間違いなく非難する。
彼は両国に軍事力の増強を求めるだろう。
しかしトランプは、すぐに心変わりをするタイプだ。
プーチンがトランプのことを嘲ったり、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が彼を称賛しているという記録を側近がリークし、見事に軌道修正を成し遂げることもあり得る。
トランプの反応を正確に予測するのが不可能なのと同じく、こうした驚きのシナリオが成り立ち得ることは、彼の1期目に世界がむしろ平穏だった理由の1つかもしれない。
ニクソン政権期に知られるようになった抑止力としての「狂人理論」が、今回の選挙戦で頻繁に登場するだろう。
バイデンの慎重な国際主義が導く今の世界は戦火にまみれているのに対し、「何をするか分からない」トランプ時代の4年間は大きな戦争が起こらなかった。
2期目の政権で意外な大役を担うかもしれない注目株が、元国防副次官補のエルブリッジ・コルビー。
映画俳優並みのルックスと、ハーバードとエールという名門大学で鍛えられた学歴を持つ彼は、アメリカは中国に最大の関心を払うべきだと考えている。
コルビーが要職に抜擢されれば、中国がより手荒い扱いを受けるというサインだ。
ウクライナ戦争
ゼレンスキー(写真中央)が率いるウクライナは苦況に追い込まれる UKRIANIAN PRESIDENCYーABACAPRESS.COMーREUTERS
トランプの論理によれば、彼がホワイトハウスを奪還したら、プーチンはウクライナから何でも欲しいものを奪える──プーチンは今、そんなふうに勇気づけられているだろう。
ロシアの反政権活動家アレクセイ・ナワリヌイの死によって、米共和党内には対ロシア政策をめぐり亀裂が生じている。
もちろんトランプは、ナワリヌイの死や彼が実刑に処せられていたことを非難していない。
一方、選挙戦でトランプが優位を保ち、戦場でロシアがウクライナを押し返し続ければ、ヨーロッパ諸国がウクライナへの支援を強化すると、私は予想している。
ヨーロッパのいくつかの国は既に、アメリカが支援に消極的になるのを目の当たりにして、ウクライナ支援に一層本腰を入れ始めている。
トランプが大統領に返り咲く可能性が高まれば、ヨーロッパの危機感はさらに強まる。
ヨーロッパにとっては、ウクライナの隣国モルドバの状況も無視できない。
もしロシアがモルドバ領内で親ロシア派勢力が実効支配する地域──「沿ドニエストル共和国」と自称している──を併合する事態になれば、ヨーロッパはそれこそパニックになるだろう。
1期目の政権でトランプがNATOに冷淡な発言を繰り返したときは、ヨーロッパ諸国が懸念を募らせて、国防支出を増額した。
再びトランプ政権が誕生すれば、ウクライナは苦しい状況に追い込まれ、ヨーロッパは米政権に抵抗するか閉口するかの選択を突き付けられることになる。
トランプは大統領選を有利に進めるために自身のイスラエル政策をあえて曖昧に?(ガザ地区に進軍するイスラエル軍の戦車) AMIR COHENーREUTERS
イスラエル
トランプが当選することになれば、イスラエル支持の姿勢に反発してバイデンに背を向けた若い世代の動向が決め手になったと言われそうだ。
いま世論調査でトランプが先行している大きな要因は、一部の調査によると若者の支持率でバイデンを6ポイント上回っていることにある。
今までこの層の支持率はおおむねバイデンのほうが10ポイント以上高かったことを考えると、これは驚異的なことだ。
トランプ自身はパレスチナ問題に関してイスラエル側の立場に沿った発言を繰り返してきた一方で、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相を厳しく批判してもいる。これまでの言動を基準に、トランプが2度目の政権でどのような中東政策を実行するかを判断することは難しい。
しかし、私が意見を交わした元米政府当局者の言葉を借りれば、トランプは無知な道化というよりも、狡猾な選挙の天才だ。
若い世代のバイデン離れの流れを止めないために、あえて自身のイスラエル政策を曖昧にしていると、この人物はみている。
日本
1期目にトランプと良好な関係を築いて日米関係の緊迫化を防いだ安倍のような指導者は現れるか KEVIN LAMARQUEーREUTERS
科学的研究によると、人が好む音楽は、高校時代に親しんだ曲である場合が非常に多いという。
私はこの法則の政治版を提唱したい。ある人の外国に対する姿勢は、主としてその人が中年期に差しかかる時期に形づくられると、私は考えている。
トランプは1987年、41歳の時、アメリカの有力紙に日本批判の全面広告を掲載したことがある。
1期目の日米関係は、安倍晋三首相(当時)がトランプを心理的にうまくコントロールしていなければ、もっと緊迫していたに違いない。
端的に言うと、トランプは日本が好きではない。
それでも、故・安倍への親しみの感情と、日本政府の防衛力強化の動きを考慮すると、2期目にも日米関係がそれほど深刻な状況に陥ることはないと、私は考えている。
しかし、トランプの日本への不信感は根深い。意に沿わない日本側の政策や発言に逆上したり、中国やロシアの入れ知恵で日本への反感を爆発させたりすることはあり得る。
トランプが大統領に返り咲けば最初は金融市場が動揺するが、長期的には株価は上昇するだろう BRENDAN MCDERMIDーREUTERS
経済
トランプが再び政権を握れば、敵対勢力にダメージを与え、支持層を潤わせるような経済政策を実行する可能性が高い。
実は1期目にもそうした行動を取っている。
税制改革により税控除が増やされたが、州税・地方税控除は大幅に削減された。
これにより主に打撃を受けたのは、カリフォルニア州やニューヨーク州など、税金の高い州の住人だった。
この両州は、民主党支持者が多い州である。
トランプは2期目の政権でも、自身の中核的支持層である白人労働者層──「忘れられた人々」とトランプは呼んだ──を喜ばせようと注力する。
具体的には、支持者へのアピールだけを目的に有害な関税を導入しそうだ。
標的になるのは、中国だけではない。ドイツと日本の自動車産業も狙い撃ちにされる。
トランプが当選した直後、地政学上の惨事と全般的な不確実性への不安により、金融市場は激しく動揺するだろう。
しかし、トランプは規制緩和と減税を推進し、その結果として相場は再び大きく上昇する。
株式投資では、旧来型のエネルギー企業の株を買うといいかもしれない。
アメリカ社会
中国の台頭を抑制するための軍事面の措置について言えば、トランプは、ロナルド・レーガン元大統領流の「力による平和」路線を全面的に追求し、国防支出の大幅な拡大を主張する可能性もある。
それとは逆に、国防支出の削減を主張し、ヨーロッパや日本や韓国に対して相応の負担を強く求める可能性もある。
いずれの路線を選ぶにせよ、トランプは自分の政策に対する忠誠を求め、不平不満を許さないだろう。
トランプへの忠誠に関して、共和党の政治家たちはとりわけ難しい立場に立たされる。
トランプに従順であり続け、アメリカが大切にしてきた価値観に背くのか。
それとも、トランプに異議を申し立てるのか。
私がアメリカの今後を比較的楽観している1つの理由は、数年後の共和党が現在の共和党より信頼できると思っていることにある。
前回の大統領選で敗れた後のトランプは、共和党の政治家たちにとって選挙でそれほど頼りになる存在とは言えなかった。
トランプが推薦した候補者が選挙で圧勝する、といった現象は起こらなかったのだ。
しかも、トランプは今回当選しても4年後に再選を目指せない。
その意味で、当選早々に「死に体」の状態になる。
2026年の中間選挙以降は共和党の政治家のトランプ離れが加速? BRYAN OLIN DOZIERーNURPHOTOーREUTERS
2026年の中間選挙が終われば、共和党の政治家たちがトランプに対する本当の思い──ほぼ例外なく否定的な意見だ──を公然と語り始める可能性が高い。
実際、最近引退した共和党政治家の大半は、トランプに批判的なことを述べている。
そんな反トランプの動きの拡大版が26年に巻き起こりそうだ。
不確定要素
1期目の時代に、日本ほど安定を享受できた国はほかになかった。
トランプを手なずける「達人」がいたからだ。安倍と外務省は、子供の心理に精通しているかのごとく、トランプの下劣な衝動を巧みにいなしていた。
2期目にも、これに匹敵する対応力を持った政府が日本やほかの国に登場するのだろうか。
<本誌2024年3月12日号掲載>
サム・ポトリッキオ(本誌コラムニスト、ジョージタウン大学教授)
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は最近、メディアにこう語った。アメリカの大統領は現職のジョー・バイデンに続けてもらいたい。何といっても「彼のほうが予測できる」から──。
これがプーチンの本心かどうかはともかく、彼の言葉はトランプが再び米大統領を務めることになった場合にどうなるかを予測するのが、ほぼ不可能であることを示している。
確かにトランプの2期目については「予測できないことだけは間違いない」と、よく言われる。
この安易な決まり文句の下に行われる貧弱な分析は忘れて、トランプが招く大混乱を乗り切るのに役立つ大切なポイントを押さえておきたい。
多くの政治アナリストを眠れなくさせている大きな不安要因は、大統領選でトランプが勝てば、その次の選挙を気にする必要のない統治が始まるということだ。
既に第45代大統領を務めたトランプは、今度の選挙に勝って第47代大統領となれば、憲法の定めによって3期目は狙いたくても狙えない。
だから、彼はやりたい放題。政敵への復讐心をたぎらせつつ、独裁者の地位を目指す。
アメリカ史上、最も信頼に足る政策立案者の1人だったエリオット・リチャードソンは、米政治に向き合う最良の準備は児童心理学の知識を持つことだと語った。
この冗談めいた言葉は、特にトランプという人間を知ろうとするときに核心を突いている。
2期目のトランプがどう動くかを考えるには、彼の心理を理解する必要がある。
第1にトランプは、日々のニュースの見出しを独占しようという強い意思の下に行動する。
アメリカの視聴者だけでなく世界でも最大の注目を集めようとするプロデューサーさながらに、大統領職を遂行していく。
第2にトランプは知識不足ゆえ、また説得力のあるアドバイザーに影響されやすいために、方針を転換したり過去の発言を取り消したりする。
第3に、彼は強烈な喝采を浴びたいと思っている。アメリカ人全体からの高い支持は必ずしもなくて構わないが、自分をひたすら崇拝し、熱狂的に叫ぶ支持者が欲しい。
そして第4に、トランプは最も影響力のある大統領として歴史に名を刻むような巨大なレガシーを手に入れることを望んでいる。
トランプの行動を予測し得る可能性についてプーチンの発言を参考にするのは、そこに興味深い理由があるからだ。
トランプに強力な自白剤を投与し、最も尊敬する大統領は誰かと尋ねたら、プーチンである可能性が高い。
トランプが最も敬意を寄せる外国の指導者はプーチンかもしれない MIKHAIL KLIMENTYEVーSPUTNIKーKREMLINーREUTERS
プーチンは憲法を改正して大統領を最長2036年まで務められるようにし、歴史上の皇帝たちと肩を並べ始めた。
2期目のトランプはこの精神を見習うだろう。
彼が追い抜きたいのはバラク・オバマやジョー・バイデンではない。
ジョージ・ワシントンやエイブラハム・リンカーンのレガシーを超えることだ。
こうしたトランプの心理を踏まえた上で、彼が抱えている4件の刑事裁判という障害を乗り越え、景気後退期でもないのに現職大統領を破って歴史を覆した場合に、一体何が起こるのか。
各分野について現時点でベストと思われる予測を試みた。
◇ ◇ ◇
外交政策
まず何をおいてもトランプは、メキシコ国境からの不法移民流入に断固とした姿勢を示す。
1期目をイスラム教徒が多い特定の国からの入国を禁止することから始めたように、トランプは劇的な動きを見せるはずだ。
そうすることで、これが最優先事項であり、レガシーにつながる問題であることを示そうとする。
トランプはこの動きに軍を使うだろう。
彼がNATOやウクライナ戦争、第2次大戦後の安保体制全般から手を引くことを正当化するため口にする理由の1つは、軍の活動の中心を国土の防衛に再び据えることだ。
トランプは好意を抱く人物に全面的に懸ける。ウクライナ戦争の交渉による解決はプーチンに有利に働き、北朝鮮の金正恩総書記は統治の正統性と核保有の承認を勝ち取る。
日本はNATOに関するトランプの発言に注意すべきだ。
NATO加盟国が軍事費を相応に負担しないならプーチンに攻撃を促すと1期目に述べたことは、彼の思考回路に合致する。
自分(アメリカ)を「利用」しようとする勢力は何であれ、たたきつぶされるのがふさわしいのだ。
2期目のトランプ政権で北朝鮮の金正恩は核保有の承認を勝ち取りそうだ JONATHAN ERNSTーREUTERS
中国がアジアで覇権主義的な行動を強めるなか、トランプは韓国と日本がアメリカの軍事力に頼りすぎていると間違いなく非難する。
彼は両国に軍事力の増強を求めるだろう。
しかしトランプは、すぐに心変わりをするタイプだ。
プーチンがトランプのことを嘲ったり、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が彼を称賛しているという記録を側近がリークし、見事に軌道修正を成し遂げることもあり得る。
トランプの反応を正確に予測するのが不可能なのと同じく、こうした驚きのシナリオが成り立ち得ることは、彼の1期目に世界がむしろ平穏だった理由の1つかもしれない。
ニクソン政権期に知られるようになった抑止力としての「狂人理論」が、今回の選挙戦で頻繁に登場するだろう。
バイデンの慎重な国際主義が導く今の世界は戦火にまみれているのに対し、「何をするか分からない」トランプ時代の4年間は大きな戦争が起こらなかった。
2期目の政権で意外な大役を担うかもしれない注目株が、元国防副次官補のエルブリッジ・コルビー。
映画俳優並みのルックスと、ハーバードとエールという名門大学で鍛えられた学歴を持つ彼は、アメリカは中国に最大の関心を払うべきだと考えている。
コルビーが要職に抜擢されれば、中国がより手荒い扱いを受けるというサインだ。
ウクライナ戦争
ゼレンスキー(写真中央)が率いるウクライナは苦況に追い込まれる UKRIANIAN PRESIDENCYーABACAPRESS.COMーREUTERS
トランプの論理によれば、彼がホワイトハウスを奪還したら、プーチンはウクライナから何でも欲しいものを奪える──プーチンは今、そんなふうに勇気づけられているだろう。
ロシアの反政権活動家アレクセイ・ナワリヌイの死によって、米共和党内には対ロシア政策をめぐり亀裂が生じている。
もちろんトランプは、ナワリヌイの死や彼が実刑に処せられていたことを非難していない。
一方、選挙戦でトランプが優位を保ち、戦場でロシアがウクライナを押し返し続ければ、ヨーロッパ諸国がウクライナへの支援を強化すると、私は予想している。
ヨーロッパのいくつかの国は既に、アメリカが支援に消極的になるのを目の当たりにして、ウクライナ支援に一層本腰を入れ始めている。
トランプが大統領に返り咲く可能性が高まれば、ヨーロッパの危機感はさらに強まる。
ヨーロッパにとっては、ウクライナの隣国モルドバの状況も無視できない。
もしロシアがモルドバ領内で親ロシア派勢力が実効支配する地域──「沿ドニエストル共和国」と自称している──を併合する事態になれば、ヨーロッパはそれこそパニックになるだろう。
1期目の政権でトランプがNATOに冷淡な発言を繰り返したときは、ヨーロッパ諸国が懸念を募らせて、国防支出を増額した。
再びトランプ政権が誕生すれば、ウクライナは苦しい状況に追い込まれ、ヨーロッパは米政権に抵抗するか閉口するかの選択を突き付けられることになる。
トランプは大統領選を有利に進めるために自身のイスラエル政策をあえて曖昧に?(ガザ地区に進軍するイスラエル軍の戦車) AMIR COHENーREUTERS
イスラエル
トランプが当選することになれば、イスラエル支持の姿勢に反発してバイデンに背を向けた若い世代の動向が決め手になったと言われそうだ。
いま世論調査でトランプが先行している大きな要因は、一部の調査によると若者の支持率でバイデンを6ポイント上回っていることにある。
今までこの層の支持率はおおむねバイデンのほうが10ポイント以上高かったことを考えると、これは驚異的なことだ。
トランプ自身はパレスチナ問題に関してイスラエル側の立場に沿った発言を繰り返してきた一方で、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相を厳しく批判してもいる。これまでの言動を基準に、トランプが2度目の政権でどのような中東政策を実行するかを判断することは難しい。
しかし、私が意見を交わした元米政府当局者の言葉を借りれば、トランプは無知な道化というよりも、狡猾な選挙の天才だ。
若い世代のバイデン離れの流れを止めないために、あえて自身のイスラエル政策を曖昧にしていると、この人物はみている。
日本
1期目にトランプと良好な関係を築いて日米関係の緊迫化を防いだ安倍のような指導者は現れるか KEVIN LAMARQUEーREUTERS
科学的研究によると、人が好む音楽は、高校時代に親しんだ曲である場合が非常に多いという。
私はこの法則の政治版を提唱したい。ある人の外国に対する姿勢は、主としてその人が中年期に差しかかる時期に形づくられると、私は考えている。
トランプは1987年、41歳の時、アメリカの有力紙に日本批判の全面広告を掲載したことがある。
1期目の日米関係は、安倍晋三首相(当時)がトランプを心理的にうまくコントロールしていなければ、もっと緊迫していたに違いない。
端的に言うと、トランプは日本が好きではない。
それでも、故・安倍への親しみの感情と、日本政府の防衛力強化の動きを考慮すると、2期目にも日米関係がそれほど深刻な状況に陥ることはないと、私は考えている。
しかし、トランプの日本への不信感は根深い。意に沿わない日本側の政策や発言に逆上したり、中国やロシアの入れ知恵で日本への反感を爆発させたりすることはあり得る。
トランプが大統領に返り咲けば最初は金融市場が動揺するが、長期的には株価は上昇するだろう BRENDAN MCDERMIDーREUTERS
経済
トランプが再び政権を握れば、敵対勢力にダメージを与え、支持層を潤わせるような経済政策を実行する可能性が高い。
実は1期目にもそうした行動を取っている。
税制改革により税控除が増やされたが、州税・地方税控除は大幅に削減された。
これにより主に打撃を受けたのは、カリフォルニア州やニューヨーク州など、税金の高い州の住人だった。
この両州は、民主党支持者が多い州である。
トランプは2期目の政権でも、自身の中核的支持層である白人労働者層──「忘れられた人々」とトランプは呼んだ──を喜ばせようと注力する。
具体的には、支持者へのアピールだけを目的に有害な関税を導入しそうだ。
標的になるのは、中国だけではない。ドイツと日本の自動車産業も狙い撃ちにされる。
トランプが当選した直後、地政学上の惨事と全般的な不確実性への不安により、金融市場は激しく動揺するだろう。
しかし、トランプは規制緩和と減税を推進し、その結果として相場は再び大きく上昇する。
株式投資では、旧来型のエネルギー企業の株を買うといいかもしれない。
アメリカ社会
中国の台頭を抑制するための軍事面の措置について言えば、トランプは、ロナルド・レーガン元大統領流の「力による平和」路線を全面的に追求し、国防支出の大幅な拡大を主張する可能性もある。
それとは逆に、国防支出の削減を主張し、ヨーロッパや日本や韓国に対して相応の負担を強く求める可能性もある。
いずれの路線を選ぶにせよ、トランプは自分の政策に対する忠誠を求め、不平不満を許さないだろう。
トランプへの忠誠に関して、共和党の政治家たちはとりわけ難しい立場に立たされる。
トランプに従順であり続け、アメリカが大切にしてきた価値観に背くのか。
それとも、トランプに異議を申し立てるのか。
私がアメリカの今後を比較的楽観している1つの理由は、数年後の共和党が現在の共和党より信頼できると思っていることにある。
前回の大統領選で敗れた後のトランプは、共和党の政治家たちにとって選挙でそれほど頼りになる存在とは言えなかった。
トランプが推薦した候補者が選挙で圧勝する、といった現象は起こらなかったのだ。
しかも、トランプは今回当選しても4年後に再選を目指せない。
その意味で、当選早々に「死に体」の状態になる。
2026年の中間選挙以降は共和党の政治家のトランプ離れが加速? BRYAN OLIN DOZIERーNURPHOTOーREUTERS
2026年の中間選挙が終われば、共和党の政治家たちがトランプに対する本当の思い──ほぼ例外なく否定的な意見だ──を公然と語り始める可能性が高い。
実際、最近引退した共和党政治家の大半は、トランプに批判的なことを述べている。
そんな反トランプの動きの拡大版が26年に巻き起こりそうだ。
不確定要素
1期目の時代に、日本ほど安定を享受できた国はほかになかった。
トランプを手なずける「達人」がいたからだ。安倍と外務省は、子供の心理に精通しているかのごとく、トランプの下劣な衝動を巧みにいなしていた。
2期目にも、これに匹敵する対応力を持った政府が日本やほかの国に登場するのだろうか。
<本誌2024年3月12日号掲載>
サム・ポトリッキオ(本誌コラムニスト、ジョージタウン大学教授)