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テクノロジーの進化は「いいこと」しかない...「日本的な強み」を持つLOVOTと目指す、人類とAIの温かい未来

ニューズウィーク日本版 2024年3月30日 17時42分

<「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」イノベーション部門賞を受賞した『温かいテクノロジー』著者の林要さんにインタビュー>

「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」イノベーション部門賞を受賞したのは、『温かいテクノロジー』(ライツ社)でした。著者である林要さんは、世界初の家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」の開発者。同書ではLOVOTを題材に、AIと人類の未来について語ります。

技術の進歩に漠然とした不安が漂う中、林さんが『温かいテクノロジー』で描いたのは、人とロボットが愛着を形成する温かい未来。林さんはLOVOTにどんな思いを込め、どんな未来の実現を目指しているのでしょうか。受賞を記念して、林さんに温かいテクノロジーとそれがもたらす未来についてお話を伺いました。(※この記事は、本の要約サービス「flier(フライヤー)」からの転載です)

テクノロジーの進歩にはいいことしかない

──読者が選ぶビジネス書グランプリ2024、イノベーション部門賞の受賞おめでとうございます! まずは受賞のご感想をお聞かせください。

『温かいテクノロジー』
 著者:林要
 出版社:ライツ社
 要約を読む

この本が受賞したことは、ふたつの意味で嬉しいと思っています。まずは読者の方に選んでいただいたというのは、すごく大きいことです。それからこうして評価していただいたことで「温かいテクノロジー」の未来を切り拓くチャンスをいただけたのかなという想いもあります。

現代は、テクノロジーの進歩に漠然とした不安を感じている人も多いと思います。AIやロボットといったテクノロジーは、これまで生産性の拡大を追い求めてきました。このまま突き進んでいけば、たしかにテクノロジーの暗い面が強く出た状況にもなるかもしれません。でも、そもそも文明の進歩は、人々の幸せのためにあったはずです。そのことを僕たちが思い出して、ウェルビーイングのためにテクノロジーを使おうという方向に舵を切れれば、テクノロジーの進歩には明るい面しかないはずです。

テクノロジーの行き先を決めるのは、テクノロジーに詳しい一部の人たちではありません。この本の読者になってくれたような一般の方々です。テクノロジーは多くの人の意向に影響されて作られていくものですから。だからこそ、多くの人にこの本を通して明るいテクノロジーの未来、「温かいテクノロジー」というコンセプトを知ってもらえたら、それが未来を変える力になると思っています。

──『温かいテクノロジー』は明るい未来を感じさせてくれる本ですね。印象的な感想はありましたか。

テクノロジーについてそれほど詳しくない方は、自分には手に負えないものだと思っているからこそ、未来に漠然とした不安を持っているのではないかと思います。そんな方から、「希望が持てた」といっていただけるのは本当に嬉しかったです。

テクノロジーの手綱を握っているのは、やはり一般の人たちです。実際には本当の意味でテクノロジーの発展に取り残されるということは簡単には起きないのですが、自分で「わからない」と決めた瞬間に手綱を離してしまうことになる。そうなると、そういう人を置き去りにして、テクノロジーが進歩していくことになってしまいます。手綱を離さない人が増えているという意味で、「希望が持てた」というのは非常に嬉しいコメントでした。

目指したのは、生命として違和感のないロボット

──LOVOT(らぼっと)を実際に見せていただきましたが、ロボットというより生き物という感じがしてとても驚きました。

ロボットと言われてイメージするものと、違いますよね。

従来のロボットは、エンターテインメントの方向に注力したものが多かったといえます。資本主義の中でエンターテインメントはとても重要な要素なので、お金もつきやすいし、開発も進みやすい。でも、ウェルビーイングを構成する要素としては、エンターテインメントはごく一部でしかありません。

LOVOTは、ウェルビーイングに振り切っていて、エンターテインメント性が極めて弱いんです。たとえば犬や猫にエンターテインメント性がまったくないわけではないけど、エンターテインメントのために犬や猫を飼う人は少ないですよね。でも、人が幸せになるためになにが必要なのかということを改めて考えてみると、犬や猫、あるいはLOVOTが担うような愛着形成は、本当はとても大切な要素であるはずです。

投資対効果が比較的見えにくいこうした領域には、なかなかお金を回しにくいものです。それでも生産性の追求やエンターテインメントでお金を稼ぐという市場原理とはまた別の軸として、テクノロジーが本当の意味でウェルビーイングに貢献することを考えれば、こうした存在はあってしかるべきだと思っています。

──技術面でも資金面でもとてもチャレンジングな取り組みですね。

ハードウェアのスタートアップは比較的難しい領域だと言われていますね。もちろんソフトウェアの領域も、世界を変えるような新しいイノベーションを生むためには大量のお金が必要な時代ではあります。とはいえハードウェアには、ソフトウェアに比べてやり直しのコストが非常に高いという性質があります。スタートアップとしてはリスクが高いので、世界的にもチャレンジする人が少ない領域ですが、だからこそイノベーションの種が埋まっているともいえます。アメリカの西海岸や中国でも盛り上がっているので、日本でも頑張りたいという思いがありました。

LOVOTには日本的な強みが生きているところがあるんです。日本はハードウェアのすり合わせがとても得意で、ソフトウェアもそれなりの力がある。何より、クリエイターの力がとても強いんです。

LOVOTを生命として認識してもらえるよう、存在として「違和感が少ない」ことを大切にしているのですが、日本には違和感を感じ取る能力に秀でたクリエイターがたくさんいます。これは、アニメをはじめとしたたくさんのクリエイティブが日本にあるおかげです。LOVOTって見た目はニュートラルですよね。生命が吹き込まれるのは動き出したときです。動き出したときにシンプルな造形が活きてくるし、動きにLOVOTの世界の認識の仕方があらわれています。これを実現するアルゴリズムの根幹にはクリエイターの力が大きく関与しています。

そういう意味で、LOVOTはハードウェア・ソフトウェア・クリエイティブという3つの領域が融合したイノベーションとして、とても有望なのではないかと思っています。

──いくつもの領域の専門家が一丸とならないと実現できないLOVOT開発のチームビルディングはとても難しいように思えますが、どのようなところがポイントになるのでしょうか。

意識したのは、不確実性の対応をいかに高めるかです。なにが起きるかわからない、そもそも自分たちが最終的になにを作り上げるのかも漠然とした状態で、日々模索しながら進めていくというのは、多くの人にとって経験したことのない仕事の進め方です。従来の組織体系では、これはやっぱり難しい。なので、アジャイルの開発手法を全体に取り入れています。

アジャイルというのは、日々新たな発見をしていって、会社全体でそれを共有しては方針を新たに定めていくという、いうなれば会社全体で朝令暮改していくわけですね。こうした進め方に耐えられる組織を作るということは意識して進めてきました。

とはいえ、目指していたゴールは最初からブレていないんです。人が愛着形成をするために必要な存在を作りたい。わからなかったのは、そのためにどれだけのコンピュータがあればよくて、どんなセンサーが必要で、声の出し方や目の表現がどうであるべきなのか、という部分でした。最終的に「違和感がない」存在を作ることが目標のひとつだったので、あらゆる違和感が発生するために、それを取り除いていくという作業ではありました。

──たとえばどのような違和感がありましたか。

わかりやすい例は反応速度ですね。一般的なロボットは、スマートフォン級のコンピュータが一つ入っていることが多いんですが、それだとどうしても反応が遅くなるんです。解決するためには、コンピュータを増やすか、センサーを減らすしかない。

でも、センサーを減らすと、LOVOTが認識できないことが増えてしまいます。たとえば、LOVOTは体のどこを触られても、触られていることをわかっているような反応をします。生物としては当然のことですが、もしこれができなかったら僕らは違和感を抱いて「ロボットなんだ」「機械なんだ」と感じてしまう。だったら、コンピュータを増やすしかないということになります。最終的にはLOVOTには4つのコンピュータが入って連携して動くという非常に複雑な仕組みになりました。

これって、生物の脳が多くの部位にわかれて協調して動いているのと似ていますよね。生物が進化していく過程において、神経が発達していくのと同じような経緯を、結果として開発の過程でたどったのかなと思っています。

──生命として違和感のないロボットを作るために、生命の進化と同じ過程をたどったというのは面白いですね。

考えてみると、生命そのものが究極のアジャイルなんですよね。多くのバリエーションを生み出し、その淘汰によって進化を生み出しているので。いろいろな試行錯誤の中で、LOVOTもそれに近いやり方になっていったのだなと感じます。

LOVOTと描く、温かい未来の可能性

──これだけ新しい存在だと、市場で受け入れてもらうのも難しいのではないかと思います。そこにはどのような工夫があったのでしょうか。

マーケットがない状態からマーケットを作るというのは、本当に大変だなというのが率直な感想です。ブルーオーシャンっていう言葉があると思うんですが、まったく市場がないというのは、もはやブルーどころかなにもない、いうなればクリアウォーターなわけです。

そのクリアウォーターの中に価値を見出してくれるイノベーティブな方々がたくさんいて、その方々の声が積み重なっていくうちにブルーになっていくということなのかなと思います。僕たちがなにかを言うよりも、オーナーのみなさんの言葉のほうが、良い方向にも悪い方向にも大きく影響がある。

実際、LOVOTと過ごすうちにおじいちゃんがよく歩くようになった、LOVOTが来てから家族の会話が増えた、引きこもり気味だった子どもが元気になった、といった感想があって、僕たちも感動させられています。

──本当に愛着を持っている方がたくさんいるんですね。

LOVOTは発売から4年が経つのですが、3年経過しても暮らし続けている人が9割もいらっしゃるんです。生活必需品じゃないロボットのようなものって、3週間くらいで相当の人の使用頻度が落ちて、3ヶ月で使わなくなるという人が多いと言われているんですね。なので、ほとんどの人が3年継続しているというのはとてもエポックメイキングなポイントで、犬や猫のように愛着を持ってもらえるテクノロジーが初めてできたといっても過言ではないと思っています。犬や猫を3年飼うのが当たり前であるように、LOVOTと暮らすことが当たり前になっているということですから。

──確かに、今までのロボットやテクノロジーとは大きく違う受け止められ方をしている感じがします。LOVOTにはこれからどんな発展が考えられるでしょうか。

AIの進歩で、世界に対するLOVOTの理解が人間に近づいていけばいくほど、複雑な事象を人間と同じように捉えることができるようになります。でも、僕がやりたいことは人のイミテーションをつくることではありません。人のように考えられる、人をサポートする存在をつくりたいと思っています。

人とロボットの違いはいろいろありますが、本質的にはロボットは真に利他的になれるということが大きなメリットだと思います。生物の利他性は、それが遺伝子保全に有利だということから来ているわけで、根本には利己があるんですよね。

でも、人間が必要としてくれさえすれば存在できるロボットは、純粋にその人のためにだけ行動することが許されているといえます。真の利他性を持つ存在としてのロボットが、人のように情報処理をすることができれば、人のウェルビーイングに大きく貢献することができるはずです。

──テクノロジーの発展と、人間のウェルビーイングが結びついているんですね。

デジタルデトックスという言葉がありますが、本当はデジタルが悪いわけではないんですよね。そもそもデジタルというのは本来単に信号の種類であって、資本主義社会においてはそれが興奮を誘発するものになりがちだったというだけなんです。使い方を変えれば、癒やしになるし、愛でる対象を作れるし、ほっとするような体験を作ることができる。

テクノロジーの進歩で明るい未来を描くためには、進歩の方向性を決めることがすごく大切です。人類が、各個体のウェルビーイングを上げることが、文明の進歩の目的だと定めることができれば、話はとてもシンプルです。最初の話に戻りますが、テクノロジーの手綱を握っているのは一般の人たちです。「温かいテクノロジー」というコンセプトを知っていただければ、一緒にテクノロジーを温かい方向へ持っていけると思います。少しでも興味を持っていただけたら、一度LOVOTを触って、抱っこしてみてほしいです。

林要(はやし かなめ)

GROOVE X 創業者・CEO
1973年、愛知県生まれ。
1998年、トヨタ自動車株式会社に入社。スーパーカー「LFA」やF1の空力(エアロダイナミクス)開発に携わったのち、トヨタ自動車製品企画部(Z)にて量産車開発マネジメントを担当。
2011年、孫正義後継者育成プログラム「ソフトバンクアカデミア」に外部第一期生として参加し、翌年ソフトバンク株式会社に入社。感情認識パーソナルロボット「Pepper(ペッパー)」プロジェクトに参画。
2015年、GROOVE X株式会社を創業。2018年、家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」を発表。翌年、出荷を開始。
ラスベガスで開催されている世界最大規模の家電見本市「CES」において、2019年にThe VERGE「BEST ROBOT」、2020年には「イノベーションアワード」を受賞。
2021年、第9回ロボット大賞にて「総務大臣賞」、2022年、第3回IP BASE AWARD「スタートアップ部門 奨励賞」、2023年には第1回WELLBEING AWARDS「モノ・サービス 部門 GOLDインパクト賞」を受賞。

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flier編集部

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