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アイスランドがデンマークの統治下に置かれていた時代の物語『ゴッドランド/GODLAND』

ニューズウィーク日本版 2024年3月28日 17時9分

<19世紀後半、アイスランドがデンマークの統治下に置かれていた時代の物語。アイスランドとデンマークの複雑な関係を炙り出すと同時に、自然のなかの極めて小さな存在としての人間の姿を浮き彫りにする......>

アイスランドの異才フリーヌル・パルマソン監督の新作『ゴッドランド/GODLAND』は、19世紀後半、アイスランドがデンマークの統治下に置かれていた時代を背景にしている。その始まりは、神話的な物語を予感させるが、次第にそんな枠組みから逸脱し、思わぬ方向へと展開していくことになる。

デンマーク人の若き牧師ルーカスは、司教からの命を受けて布教のために植民地アイスランドへと旅立つ。その任務は、辺境の村に教会を建てることだ。しかし、アイスランドの浜辺から馬に乗り、陸路ではるか彼方の目的地を目指す旅は、想像を絶する厳しさだった。

アイスランド人の老練なガイド、ラグナルとの間に軋轢が生じ、険しい地形、悪天候、不眠症などに悩まされるルーカスは憔悴し、狂気にとらわれていく。やがて瀕死の状態で目的地の村にたどり着いた彼は、デンマークから入植した農夫カールと彼のふたりの娘アンナとイーダに看護され、教会の建設を進めるが、孤立を深めていく。

アイスランドとデンマークをめぐる立場の違い

パルマソン監督は、植民地時代のアイスランドに関するリサーチをして本作の世界を作り上げているが、それ以上に重要な位置を占めているのがパルマソン自身の経験だろう。登場人物たちには、アイスランド人であり、アイスランドで育ち、デンマークで長く暮らしてきたパルマソンの人生が様々なかたちで反映されているように見える。

デンマーク人のルーカスはアイスランド語を理解できない。支配される立場にあるガイドのラグナルは、デンマーク語にいくらか馴染みがあり、デンマーク人に反感を抱いてもいる。入植者のカールは農夫らしくアイスランドに根づき、孤立するカールにとって癒しとなる長女アンナは、いつかデンマークに戻ることを望んでいる。

そんなふたつの国をめぐる立場の違いが、登場人物たちの関係に影響を及ぼし、変化させていく。

自然、水という要素が強く意識されている

ルーカスの過酷な旅を描く前半では、広大な平原や氷河、深い渓谷や滝、噴火する火山や溶岩流など、圧倒的な自然の風景に目を奪われる。それはいかにも神話的な物語の背景に相応しいが、先述したように事態は思わぬ方向に展開する。

この前半で筆者が特に注目したいのは、ルーカスと同行する通訳、上陸後に合流したラグナルと労働者たちが、河を渡るときに起こる悲劇だ。

増水した河に入って状況を確認したラグナルは、一度引き返して2日待つことを提案するが、ルーカスはそれを受け入れず、渡河を強行し、通訳が流されて溺死してしまう。その結果、アイスランド人たちとの意思疎通が困難になり、ルーカスは精神的に追い詰められていく。

この悲劇は、そこに至るまでに積み重ねられてきたエピソードと、直接的、あるいは間接的に繋がっているといえる。

たとえば冒頭では、司教が旅立つルーカスに注意を促している。合流する地元のガイドについては、「現地の人間は、天候や河や氷河について数百年の経験から学んでいる。彼の知識が必要だ」と説明する。さらにはより具体的に、「水位が上昇すれば河の流れや深さを読むのが難しい」とも語る。だが、そんな話の途中で報酬のことを尋ねるルーカスが、司教の言葉を胸に刻んでいたかは疑わしい。

この冒頭の場面も含め、本作では、自然のなかでも特に水という要素が強く意識されている。アイスランドに向かう船上では、同行する通訳が、「小雨」、「驟雨」、「霧雨」、「豪雨」など雨を意味するアイスランド語を次々に挙げていく。それらは自然や気候を理解する手がかりになりそうだが、ルーカスにとっては煩わしいだけで、関心を示そうとはしない。

ルーカスと通訳が旅の途中で渓谷の奥にある滝まで足を延ばす場面は、独特のカメラワークが印象に残る。ふたりは半裸で解放感に浸るが、彼らの視線の先にある滝はすぐには見えてこない。やがて滝の最上部からカメラが下降を始めると、凄まじく高い滝であることがわかり、最後に滝つぼの手前に米粒のような人影が見える。

このカメラワークで見る滝は、異様なほどの威圧感を放っているが、滝つぼの前で解放感に浸るルーカスには、それを感じとることはできなかっただろう。そのすぐ後で、独断で渡河を強行しようとする彼は、「ただの水だ」と囁いているからだ。

神話的な物語を予感させるようなエピソード

一方、ラグナルについても思い出すべきエピソードがある。ルーカスと合流した彼は、荷物を見分し、教会に掲げる十字架を半分にし、重量を分散させることを提案していたが、のこぎりがないということで、そのまま運ぶことになった。

渡河を強行したとき、最初にバランスを崩すのは十字架を背負った馬であり、それを引いていた通訳の馬もバランスを崩し、十字架と通訳が流されることになる。

野心ゆえにあえて遠回りになる陸路を選んだルーカスは、試練を乗り越えることもなく、異国の現実に激しく打ちのめされていく。

そして、目的地の村を舞台にした後半にも、一瞬だけ神話的な物語を予感させるような、興味深いエピソードがある。

瀕死の状態で農夫カールの家に運び込まれたルーカスが目覚めたとき、ラグナルと労働者たちはすでに教会の建設を進めている。彼には旅の記憶がほとんどないらしく、自身の居場所を見出せない状態に陥っている。

注目のエピソードは、地元の若い男女の結婚式から始まる。それは牧師が役割を果たす機会のはずだが、ルーカスは教会が完成していないことを理由に関わることを拒み、カールを呆れさせる。

若い男女は、骨組みだけの教会で、牧師抜きで式を挙げ、その後、ダンスが始まる。ルーカスは、カールの許しを得てアンナと踊る。その頃、教会の前では、アイスランドのレスリングであるグリマが始まっている。

カールは娘たちに急き立てられるようにグリマの挑戦者となり、相手を倒して勝利を収める。すると今度はカールが、ルーカスを挑戦者に指名する。ここで見逃せないのは、その気がないルーカスにアンナが、「父はあなたと踊りたいのよ」といって説得することだ。

アイスランドとデンマークの複雑な関係を炙り出す

彼女の言葉は、このダンスからグリマへの流れが、ルーカスが集団に加入するためのイニシエーションになることを示唆している。ルーカスを挑戦者に迎えたカールの対応もそれを裏づける。彼はルーカスにグリマを教えつつ、勝ちを譲ることで、ルーカスとラグナルが対戦する機会を演出する。

冒頭で司教はルーカスに、「現地の人々と環境に適応するように努めろ」とも語っていたが、ルーカスがグリマでラグナルと対戦すれば、アイスランド人の集団に帰属することになるだろう。だが、彼らの対戦を見つめるアンナたちの顔が曇っていくように、それはただの主導権争いにしかならない。

しかし、こうした展開を通してルーカスとラグナルの間の緊張が高まっていくことで見えてくるものがある。彼らは同じような恐れや葛藤を抱え、立場が違えば深く共感できたかもしれないが、支配/被支配の関係によって引き裂かれていく。

パルマソンは、脱神話化ともいえる独自の視点によって、アイスランドとデンマークの複雑な関係を炙り出すと同時に、自然のなかの極めて小さな存在としての人間の姿を浮き彫りにしてもいる。

『ゴッドランド/GODLAND』3月30日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開(C)2023 ASSEMBLE DIGITAL LTD. ALL RIGHTS RESERVED.


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