<進む解禁と市場拡大でプロリーグも業者と提携、規制不在のなか、依存症問題は深刻化する一方だ>
MLB(米大リーグ)のスター選手の銀行口座から、どうして450万ドルもの大金が違法賭博業者の手に渡ったのか──。
それこそ、MLB球団ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手をめぐる騒動の核にある疑問だ。
大谷の説明によれば、通訳を務めていた水原一平が、ギャンブルでの借金を穴埋めする目的でカネを盗んだという。一方、水原は大谷が友人である自分を助けるために支払いを行ったと主張したとされるが、後にこの声明を撤回した。誰に責任があるのか、現時点で見極めるのは不可能だ。真相解明のため、少なくとも2件の捜査が進行している。
今回のスキャンダルは、アメリカでスポーツ賭博が爆発的に拡大するさなかで発生した。この「大ブーム」の発端は、スポーツ賭博の規制は各州の判断に委ねるとした米連邦最高裁判所の2018年の判決だ。
現在、スポーツ賭博は米国内38州と首都ワシントン、米自治領プエルトリコで合法化されている。米ギャンブル業界団体のアメリカン・ゲーミング協会の報告によれば、昨年の賭け金総額は前年に比べて27.8%増加し、過去最高の1198億4000万ドルに達した。
それに伴って、ギャンブル依存症のリスクも増大している。スポーツ賭博が禁止されている州も例外ではない。禁止州の1つで、大谷の本拠地であるカリフォルニア州では昨年、専門ホットラインへの電話相談件数が70%以上も増えた。
「違法賭博は現実に行われているし、これまでもずっと行われていた」と、スポーツ賭博規制に詳しいオクラホマ州立大学のジョン・ホールデン准教授(経営学)は指摘する。「違法市場の規模も、伸長や縮小の実態も十分に把握できていない」
はっきりしているのは、米社会のギャンブル観が激変している現実だ。1976年当時、アメリカ人の大半は賭博合法化に反対していたが、今では賛成者の割合が85%に上る。
「よりアクセスしやすくなり、容認度が上がるほど、より多くの人が賭博に手を出すようになる」と、米ラトガーズ大学ギャンブル研究センターのリア・ナウワー所長は言う。
スポーツ界で相次ぐ不祥事
テクノロジー向上やデータの増加で、スポーツ賭博の対象はもはや試合結果だけではなくなった。アメリカン・フットボールでもマレーシアの卓球でも、世界各地のスポーツ選手のパフォーマンス、試合中の特定の動きや展開に賭けることができる。
大谷をめぐる一件は、米スポーツ界で続く賭博スキャンダルの最新の事例だ。昨年には、NFL(全米プロフットボールリーグ)でギャンブル規定違反による選手の出場停止処分が相次ぎ、アイオワ大学とアイオワ州立大学の現役・元アスリート20人以上が、大学スポーツを対象にした違法賭博容疑で告訴された。
「問題の一環は、スポーツ賭博がスポーツ界と密接に絡み合っている現状だ」と、ホールデンは話す。プロリーグは大手賭博業者と提携するようになり、米スポーツ専門チャンネルのESPNも公式ギャンブルプラットフォームを擁している。
最初は娯楽目的でも、ギャンブルは依存症につながりかねない。全米ギャンブル依存症対策協議会(NCPG)が運営するホットラインへの電話相談件数は、この3年間で倍増した。「助けを求める人が増える一方だ。依存症になるまでの期間が短期化していることを示す証拠も複数存在する」と、NCPGのキース・ホワイト事務局長は言う。
ギャンブル依存症リスクの3割は遺伝性で、残りの7割は環境が要因だと、ホワイトは指摘する。依存症になりやすい人の場合、コカイン依存症と同様、重度のギャンブル癖は脳の器質的変化と関連している。
賭博愛好者は「耐性」を獲得するため、賭け金を増やさなければ以前と同じ興奮を得られない。さらに、ホワイトによれば「負けた場合も、勝ったときとほとんど変わらないほど心理的に興奮し、ほぼ同程度のドーパミンが放出される」と言う。
だがコカインと違って、ギャンブルに過剰摂取はあり得ない。だからこそやめるのが難しく、賭け金を手に入れるために窃盗をしたり、深刻な精神疾患を発症する「絶望段階」に至る可能性がある。一般的に、この段階にならないと、依存症患者は助けを求めようとしない。
後れを取る法制化の動き
専門家が特に懸念しているのは、米国内で最も急速にスポーツ賭博が普及している若年男性層だ。スポーツ賭博を合法化した州の大半は21歳以上という制限を設けているが、仲間や家族・親族のアカウントを利用する抜け道が使われている。
スポーツ賭博を行う若年層の約9割は、進行中の試合が対象の「インゲーム・ベット」をしている。これは衝動的浪費のリスクが最も大きい。「興奮状態で、友人と一緒だったり飲酒していたりするかもしれない。抑制が利かなくなり、判断力が鈍りかねない」と、ナウワーは言う。
スポーツ賭博に関するルールは各州に一任されているため、全国的な監視体制は存在しない。スポーツ賭博の広告も同様で、セレブを起用した広告があふれている。ある推定によれば、アメリカでのスポーツ賭博の総広告費は今年、29億ドルに達する見込みだ。「たばこや酒類と同じく、ギャンブルの広告は連邦レベルで規制すべきだ」と、ナウワーは語る。
米下院では1月、活動団体の支持を受けて、ギャンブル依存症回復・投資・治療(GRIT)法案が提出された。スポーツ関連の連邦消費税収入の50%をギャンブル依存症の予防や治療、研究に振り向けることなどを義務付ける内容だ。
だがテクノロジーを追い風にしたスポーツ賭博の加速度は、法制化の動きをはるかに上回るようだ。「パンドラの箱が開いてしまった」と、オクラホマ州立大学のホールデンは嘆く。「元に戻すのは極めて難しい」
メーガン・ガン(ライター)
MLB(米大リーグ)のスター選手の銀行口座から、どうして450万ドルもの大金が違法賭博業者の手に渡ったのか──。
それこそ、MLB球団ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手をめぐる騒動の核にある疑問だ。
大谷の説明によれば、通訳を務めていた水原一平が、ギャンブルでの借金を穴埋めする目的でカネを盗んだという。一方、水原は大谷が友人である自分を助けるために支払いを行ったと主張したとされるが、後にこの声明を撤回した。誰に責任があるのか、現時点で見極めるのは不可能だ。真相解明のため、少なくとも2件の捜査が進行している。
今回のスキャンダルは、アメリカでスポーツ賭博が爆発的に拡大するさなかで発生した。この「大ブーム」の発端は、スポーツ賭博の規制は各州の判断に委ねるとした米連邦最高裁判所の2018年の判決だ。
現在、スポーツ賭博は米国内38州と首都ワシントン、米自治領プエルトリコで合法化されている。米ギャンブル業界団体のアメリカン・ゲーミング協会の報告によれば、昨年の賭け金総額は前年に比べて27.8%増加し、過去最高の1198億4000万ドルに達した。
それに伴って、ギャンブル依存症のリスクも増大している。スポーツ賭博が禁止されている州も例外ではない。禁止州の1つで、大谷の本拠地であるカリフォルニア州では昨年、専門ホットラインへの電話相談件数が70%以上も増えた。
「違法賭博は現実に行われているし、これまでもずっと行われていた」と、スポーツ賭博規制に詳しいオクラホマ州立大学のジョン・ホールデン准教授(経営学)は指摘する。「違法市場の規模も、伸長や縮小の実態も十分に把握できていない」
はっきりしているのは、米社会のギャンブル観が激変している現実だ。1976年当時、アメリカ人の大半は賭博合法化に反対していたが、今では賛成者の割合が85%に上る。
「よりアクセスしやすくなり、容認度が上がるほど、より多くの人が賭博に手を出すようになる」と、米ラトガーズ大学ギャンブル研究センターのリア・ナウワー所長は言う。
スポーツ界で相次ぐ不祥事
テクノロジー向上やデータの増加で、スポーツ賭博の対象はもはや試合結果だけではなくなった。アメリカン・フットボールでもマレーシアの卓球でも、世界各地のスポーツ選手のパフォーマンス、試合中の特定の動きや展開に賭けることができる。
大谷をめぐる一件は、米スポーツ界で続く賭博スキャンダルの最新の事例だ。昨年には、NFL(全米プロフットボールリーグ)でギャンブル規定違反による選手の出場停止処分が相次ぎ、アイオワ大学とアイオワ州立大学の現役・元アスリート20人以上が、大学スポーツを対象にした違法賭博容疑で告訴された。
「問題の一環は、スポーツ賭博がスポーツ界と密接に絡み合っている現状だ」と、ホールデンは話す。プロリーグは大手賭博業者と提携するようになり、米スポーツ専門チャンネルのESPNも公式ギャンブルプラットフォームを擁している。
最初は娯楽目的でも、ギャンブルは依存症につながりかねない。全米ギャンブル依存症対策協議会(NCPG)が運営するホットラインへの電話相談件数は、この3年間で倍増した。「助けを求める人が増える一方だ。依存症になるまでの期間が短期化していることを示す証拠も複数存在する」と、NCPGのキース・ホワイト事務局長は言う。
ギャンブル依存症リスクの3割は遺伝性で、残りの7割は環境が要因だと、ホワイトは指摘する。依存症になりやすい人の場合、コカイン依存症と同様、重度のギャンブル癖は脳の器質的変化と関連している。
賭博愛好者は「耐性」を獲得するため、賭け金を増やさなければ以前と同じ興奮を得られない。さらに、ホワイトによれば「負けた場合も、勝ったときとほとんど変わらないほど心理的に興奮し、ほぼ同程度のドーパミンが放出される」と言う。
だがコカインと違って、ギャンブルに過剰摂取はあり得ない。だからこそやめるのが難しく、賭け金を手に入れるために窃盗をしたり、深刻な精神疾患を発症する「絶望段階」に至る可能性がある。一般的に、この段階にならないと、依存症患者は助けを求めようとしない。
後れを取る法制化の動き
専門家が特に懸念しているのは、米国内で最も急速にスポーツ賭博が普及している若年男性層だ。スポーツ賭博を合法化した州の大半は21歳以上という制限を設けているが、仲間や家族・親族のアカウントを利用する抜け道が使われている。
スポーツ賭博を行う若年層の約9割は、進行中の試合が対象の「インゲーム・ベット」をしている。これは衝動的浪費のリスクが最も大きい。「興奮状態で、友人と一緒だったり飲酒していたりするかもしれない。抑制が利かなくなり、判断力が鈍りかねない」と、ナウワーは言う。
スポーツ賭博に関するルールは各州に一任されているため、全国的な監視体制は存在しない。スポーツ賭博の広告も同様で、セレブを起用した広告があふれている。ある推定によれば、アメリカでのスポーツ賭博の総広告費は今年、29億ドルに達する見込みだ。「たばこや酒類と同じく、ギャンブルの広告は連邦レベルで規制すべきだ」と、ナウワーは語る。
米下院では1月、活動団体の支持を受けて、ギャンブル依存症回復・投資・治療(GRIT)法案が提出された。スポーツ関連の連邦消費税収入の50%をギャンブル依存症の予防や治療、研究に振り向けることなどを義務付ける内容だ。
だがテクノロジーを追い風にしたスポーツ賭博の加速度は、法制化の動きをはるかに上回るようだ。「パンドラの箱が開いてしまった」と、オクラホマ州立大学のホールデンは嘆く。「元に戻すのは極めて難しい」
メーガン・ガン(ライター)