Infoseek 楽天

紅麹サプリの「プベルル酸」はどこから来た? 人為的混入、遺伝子変異の可能性は【東大准教授が徹底解説】

ニューズウィーク日本版 2024年4月10日 8時30分

<謎多き「プベルル酸」が腎障害を引き起こした原因物質であると早計に同定すべきでないこれだけの理由>

小林製薬が製造する紅麹(べにこうじ)原料を含む機能性表示食品「紅麹コレステヘルプ」を摂取した人が腎機能障害を起こし、死亡例や入院例も出ている。問題の製品を製造したロットの解析で検出された「想定していない成分」について、現時点で考えられる可能性は何か。

東京大学大学院農学生命科学研究科で有機合成化学・天然物化学を専門とする小倉由資准教授(写真)に本誌・小暮聡子が聞いた。

◇ ◇ ◇

──「紅麹コレステヘルプ」は「悪玉コレステロールを下げる」とうたったサプリメントだが、紅麹にはコレステロールを下げる効能があるのか。

紅麹とは、自然界にあるベニコウジカビで穀物を発酵させた穀物麹のことです。例えば蒸した米にベニコウジカビを植え付け発酵させると、ベニコウジカビが栄養をもらって増えていき、赤いご飯のようなものになります。ベニコウジカビはその過程でモナコリンKという化合物を生産し、これにコレステロールを下げる効果があります。

モナコリンKは別名ロバスタチンとも呼ばれ、純度の高いものは医薬品として使われます。紅麹は同様の効果を狙ってはいるものの、モナコリンKの含有量が少ない混合物として、薬ではなく「機能性表示食品」のサプリメントに使われています。

日本で汎用される紅麹自体には食べても毒性はありません。少なくとも、これまでにそういった報告はありません。しかしベニコウジカビにもいくつか種類があり、一部のベニコウジカビは、モナコリンK以外にもシトリニンという有毒物質を一緒に作るため、例えばスイスでは紅麹を使うことは禁止されているようです。

──一部のベニコウジカビだけ毒も作ってしまうのはなぜなのか。

種類の異なるベニコウジカビの遺伝子は似ているはずですが、完全に同じではありません。同じカボチャでも西洋カボチャと東洋カボチャの違いのようなものと例えれば分かりやすいでしょうか。日本にいるベニコウジカビはシトリニンを作らないとされていますので、日本では安全に使えるものとして紅麹が何トンというレベルで流通しています。

少なくとも、これまでの長きにわたる利用実績と科学的に分かっていることを調べる限り、日本における紅麹は安全と言っていいでしょう。小林製薬も、これまでの調査で同社の紅麹からシトリニンは検出されなかったと発表しています。万が一にも紅麹の中でわれわれが知らない遺伝子変異が起きたのだとしたら衝撃的なのですが、可能性は低いと思います。現に多くの科学者は、変異ではなく別の菌の混入を疑っています。

──小林製薬は会見で、検出された「想定していない成分」をいくつかの化合物に絞り込んでいると明らかにしたが、その直後に厚生労働省は想定していない成分として「プベルル酸が同定された」と発表した。プベルル酸とはどういう物質なのか。

天然からはさまざまな薬理作用を持った多様な化合物が数多く発見されます。プベルル酸はある種のアオカビから作られる天然化合物です。プベルル酸の発見は1930年代と古いのですが、2011年に日本の北里大学が、マウスを使った実験でマラリア原虫を殺す作用があることを突き止めました。

そういう強い薬理作用を持った物質である一方、プベルル酸がヒトの培養細胞やマウスに対して毒性を示すとの報告もあります。現在ではマラリア薬としての開発は中止されているようで、使えない化合物と認知されているためか、プベルル酸の専門家はいません。

ですが研究者たちの間では、現時点ではプベルル酸が腎障害を引き起こすという研究報告がないため、原因物質として早計に同定することに疑問を持っている人もかなりいると思います。私も(同定する)自信は持っていません。複合的な要因を含め、他の可能性を見落とすことのほうが怖いと思っています。

──プベルル酸とは簡単に作れるものなのか。

実験室で難易度の高い作業を経ないと作れませんので、有機合成の専門家でないと無理だと思います。逆に言うと、それを作れる人は限定されるので、作って外部から紅麹に入れたという可能性は低いと思います。

──プベルル酸が自然に発生することはあるのか。例えば問題のロットにプベルル酸が外部から混入していたとして、プベルル酸が「その辺にある」という状況は考えられるのか。

解明すべき大きな問題の1つだと思います。なぜサプリに混入したのか、可能性はいろいろあるのですが、まず真っ先に考えられてもっともらしいといわれるのが、紅麹を培養する過程でアオカビも一緒に入ってしまったのではないか、という説です。ある特定の種のアオカビとベニコウジカビの混合物が培養されたことによって、プベルル酸が入った紅麹が生成されたという可能性が考えられます。

──例えば、放置しておけばパンにもご飯にもアオカビは生える。どんなアオカビでもプベルル酸を作ることができるのか。

今のところはないといわれています。アオカビは数百種類とあります。それら全てがプベルル酸を作るわけではなく、わずか数種のアオカビからプベルル酸が見つかっている状況です。

──そのたった数種類のアオカビが紅麹の近くにいたかもしれない?

そういうことでしょう。ただ現時点では、ある種のアオカビがプベルル酸を作ることしか分かっていません。私は微生物や発酵の専門家ではないため詳しい説明はできないのですが、発見されていないだけで、別のものがプベルル酸を作る可能性もゼロではありません。

一方で、ベニコウジカビ自体がプベルル酸を作れるかどうかで言えば、今のところ、ベニコウジカビの遺伝子がプベルル酸を作る能力を持つとする研究報告はありません。遺伝子というのは、もし突然変異があったとしても、突如としてそれほど大きく変わることはないので、ベニコウジカビがいきなりプベルル酸を作れるようになった、あたかも「変身」のようなことが起きる可能性は低いと思っています。

プベルル酸を作る能力があるか否かは遺伝子を調べれば分かります。遺伝子情報は膨大にあるのですが、その中にプベルル酸を作れるかを判断できる領域といわれるものがあります。それを持っているかどうかでだいたいは判断がつきますが、周囲の研究者に聞く限り現時点でそのような情報は入っていません。

一方、プベルル酸という異物がベニコウジカビの培養の時点でそもそもの原料となる米に入っていた(汚染米)という可能性も捨てきれません。プベルル酸の構造を見ただけの安易な予想でしかないのですが、仕込みの段階の加熱下でも安定に存在し続けるのではないかと思われます。

例えば、フグ毒のテトロドトキシンは加熱しても分解されないため、加熱処理をしても素人が調理をすることは自殺行為に等しいです。このように製造の最初の段階からプベルル酸が存在していた可能性も否定でできませんが、今回は本来いるべきでないはずの菌が混入し、それがプベルル酸を作った可能性のほうがやはり高いでしょう。ただ、どこの段階でプベルル酸を作る菌が入ったのかは分かりません。

可能性として、一番大事な段階である発酵のところで入ったのか、それとも、発酵させるのに使う米にアオカビが入っていたのか。そうだとすれば、ベニコウジカビを米の上で繁殖させる過程で、アオカビも増えてしまいそうです。

一般的に発酵というのは繊細な衛生管理が必要です。例えば、日本酒を造っている酒蔵は不要な菌が入らないように徹底的に管理していると思います。極端な例で言うと、酒蔵の杜氏はお酒の製造中は納豆を食べません。納豆菌は繁殖力が強いので、混入するとお酒の質が落ちてしまうからです。

紅麹の製造も相当に気を使う作業でしょう。菌の混入はあってはなりません。それが、今回はあったのではないかとの指摘が出ているのです。ただし、一般的な発酵食品に利用する微生物は古くから伝統的に利用される中で選び抜かれてきた極めて安全性の高いものであり、生産方法も成熟しています。安心して食べられるという点は強調しておきたいです。

※こちらは前後編インタビューの前編です。
後編は「問題はプベルル酸が入っていた「量」だ...小林製薬はなぜ異物混入を見抜けなかった? 東大准教授がゼロから徹底解説」

小倉由資(おぐら ゆうすけ)

東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授。栃木県宇都宮市出身。2012年 同研究科博士課程修了、博士(農学)取得。専門は有機合成化学および天然物化学。英国オックスフォード大学化学科 博士研究員、東北大学大学院 農学研究科 助教を経て2020年より現職。学生時代より一貫して有機合成化学的手法による天然有機化合物の量的供給や構造決定に関する研究を展開。興味深い生命現象を引き起こす天然有機化合物の作用機構にも関心を持ち、合成化学的手法を利用した研究も進めている。最近ではミツバチに寄生して猛威を振るうダニの防除物質を発見し、その応用によるミツバチの保護を目指した研究に注力している。

小暮聡子(本誌記者)

この記事の関連ニュース