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問題はプベルル酸が入っていた「量」だ...小林製薬はなぜ異物混入を見抜けなかった? 東大准教授がゼロから徹底解説

ニューズウィーク日本版 2024年4月10日 8時30分

<品質検査で確認された未知の「ピーク」って何? 未知の物質の特定にはどんな手順が必要なのか。専門家が語る目からウロコのからくりとは>

小林製薬が製造する紅麹(べにこうじ)原料を含む機能性表示食品「紅麹コレステヘルプ」を摂取した人が腎機能障害を起こし、死亡例や入院例も出ている。問題の製品を製造したロットの解析で検出された「想定していない成分」をどうやって特定するのか。

東京大学大学院農学生命科学研究科で有機合成化学・天然物化学を専門とする小倉由資准教授(写真)に本誌・小暮聡子が聞いた。

※こちらは前後編インタビューの後編です。前編は「紅麹サプリの「プベルル酸」はどこから来た? 人為的混入、遺伝子変異の可能性は【東大准教授が徹底解説】」

◇ ◇ ◇

──厚労省は3月29日の会見で、小林製薬からの報告として、「健康被害のあった製品のロットに、予定していない物質のピークを認めた。理化学検査機器で分析したところ『プベルル酸』というものが同定された」と語った。この「ピーク」とは何なのか。どういった検査を行ったのか。

試料に含まれる成分の数と量を、ある程度網羅的に調べるための便利な成分分析方法として、高速液体クロマトグラフ法(HPLC法)がよく用いられます。この方法では、まず微粒子状の吸着剤を筒の中にぎっちり詰めておきます。次に筒の先端から試料を入れ、その後、適切な液体を筒の先端から流し込んでいきます。

筒に入った試料中の化合物は微粒子に吸着されるのですが、その吸着度合いは個々の化合物の特性に依存します。吸着しやすいものは液体を流した時に筒の反対側からゆっくり流出してくるし、吸着しなければ早く流出します。つまり、筒の反対側からは化合物が時間差で出てきて各成分が分離されるわけです。

出てきた成分は特殊な機器を用いて光を吸収させて検出します 。一般的な化合物は特定の波長の光を吸収するので、その光の吸収度合いを検出することで化合物が筒から出てきたことが分かるのです。この現象を十横軸に時間を置いて図示すると、モニターに映る波形として「ピーク」と呼ばれるシャープな山が、横軸上の何分何十秒という位置に描かれます。縦軸のピークの高さやピークの面積は化合物の量を反映する場合が多いので、どれくらいの量が含まれているかを大まかに把握することができます。

筒の出口で質量分析装置という特殊な機器に接続すれば、その化合物の質量に関する情報を知ることもできます。個々のピークが示す化合物の正体が判明すれば、(個々の化合物による特定の波長の光の吸収度合い〔強弱〕に注意しなければいけないため大雑把にしかできませんが)各化合物の相対的な量を比べるのに有効な手段の1つになり得ます。

いま分かっていないのは、プベルル酸はどれくらい入っていたのかということです。具体的な量は発表されていません。

紅麹関連製品への対応に関する関係閣僚会合(3月29日)厚生労働省提出資料より

私が調べる限りでは、問題のロットに含まれるプベルル酸の量に関連する情報が見られるのは、小林製薬から厚生労働省の薬事・食品衛生審議会に提出されたという資料(公開済み)くらいで非常に限られます。その資料には、保存されていた紅麹原料のロットサンプルをHPLCで分析したと思われるもの(写真中①~④, ⑦~⑨)が記載されています。質量に関する情報は読み取れません。

これを見ると、2023年9月および同年10月に製造されたロット(③②)において、確かに赤矢印で示された「ピークX=プベルル酸(と同定)」の含有量が大幅に増えているように見えます。しかしこの資料に示す分析結果が、ロットサンプル全体の構成成分を万遍なく分析できているかどうか不明であるため、これだけを見て正確な議論をすることは難しいです。

どちらかと言えば、問題を理解しやすくする目的で、プベルル酸に似た性質を持つものの検出方法のみに絞ったもので、さらに縦の縮尺を変えて表示している可能性が高いと思われます。その場合、通常含まれている「意図した成分」に対するプベルル酸の相対的な量を知ることはできません。

もしプベルル酸の含有量が通常では見逃すほどの、例えば極小さなピークで表れるような微量だったとしたら、複数の人を死に至らせるほど極めて強力な毒性があるのでしょうか。ちなみに、マウスが死んだという試験では結構な量のプベルル酸を入れていたと思います。なので、結構な量のプベルル酸を摂取しないと人は死なないのではないかとも想像します。あるいは毒性自体は弱くてもその物質が体外に排出されにくい人の場合は体内にたまっていくなど、他の因子との複合的な要因が関与する可能性も考えられます。

少し話はそれますが、プベルル酸を生産する青カビが作ると報告されている特異な化合物が他にも知られているならば、HPLCによる分析を用いて、それらを問題の製品から探すことも解明の糸口として有効でしょう。もし仮に検出されれば、どこかの段階で青カビが混入したことを更に有力視できるだけの「物証」が得られると思います。一般的に、問題とされる青カビがプベルル酸のみを生産するとは考えにくいからです。

いずれにせよ、プベルル酸以外のものが原因物質である可能性も捨てずに、多角的に検証することが重要だと思っています。

──原因物質が未知の物質である可能性もあるのか。

プベルル酸に関しては今も然るべき機関で徹底的な検証が進んでいるでしょう。問題のロットだけ異様にプベルル酸の含有量が増えているように見えますので、確かに有力な候補化合物だと考えられますが、あらゆる試験、特に腎毒性に関する試験の結果が得られるまでは、確定的なことは言えません。

その意味では、原因物質が他にあるという展開もまだ考えられます。共培養と言うそうですが、二種類以上の菌を混合して同時に培養すると、菌の代謝能力が向上し、単独培養では生産しないような化合物を微生物が作るようになるという報告もあるようです。

よって、現段階では原因物質が未知の化合物である可能性も残されていると考えます。この場合は、既知の物質であったプベルル酸の場合とは違って、一からその構造を決定しなければいけません。

──その場合、どのように構造を決定するのか。

具体的な方法を大まかに説明すると、まずはHPLCで対象のピークに表れる部分の化合物だけ取り出します。これを単離と言います。この時点で今回の問題を引き起こした原因物質であるかどうかを見極めるため、腎毒性に関する試験ができるのであれば済ませておいた方が効率的です。

その後、核磁気共鳴(NMR)装置というものを主に駆使し、その化合物の構造に関する詳しい情報をできる限り集め、合理的な化学構造を導き出します。あらゆる機器分析から得られる情報に矛盾しない構造を導き出すことは、難解なパズルのようでもあり、簡単ではありません。

機器分析による情報だけでは自信を持って答えを出せない場合は特に、有機合成によって同じものを作って確かめます。全合成と言いますが、最終的に作った化合物と先に単離して得た化合物の双方の各種機器分析の情報が一致すれば、対象化合物の化学構造が決定されます。未知物質の特定の難しさがお分かりいただけるかと思います。

──今回は異物が含まれていたことも問題だが、小林製薬はさらに、それを品質管理で発見できなかった。

日本の紅麹は少なくとも長年利用されて来てこれまで問題は生じていません。しかし小林製薬が作った一部のロットでは、本来はないものが入っていました。その1つがプベルル酸であり、因果関係は別としても健康被害が出ている以上、公表されている情報からは、品質管理に問題があったと判断せざるを得ないと考えます。

作ったものにどのような成分が含まれているかというのは非常に重要なので、一般的には何らかの方法で常にチェックするはずです。ですがチェックはしても、そのやり方が甘いと、異物が入っても見抜けません。一方、異物の量が微量になればなるほど、検出が難しくなるのは間違いありません。

私が品質管理として重要だと思うのは、検査結果がいつも同じ、少なくとも同じ傾向であるということです。ただし、紅麹のサプリはベニコウジカビという生物が生産する化合物の混合物を用いるためにロットによる振れ幅が必ずあります。ですので、許容範囲をあらかじめ定めることになりますが、もし仮に私が有機化学的な視点から目的のサプリメントの品質管理をするならば、含まれる成分をできるだけ万遍なく解析できるような分析条件をいくつか設定し、先ほど説明したHPLCを用いた検査体制を構築するでしょう。問題のない範囲内では、横の時間軸に対してピークがいくつか表れるという、その「絵」がいつも同様になるはずです。

問題の発覚後に今回行われた検査では、その、いつも同じであるはずの「絵」に、プベルル酸とみられるピークが描かれたといった状況が私の想像するところです。小林製薬がどのように品質の管理を行っていたのか、実際のところ公表されていないものの、仮にプベルル酸などの「意図しない成分」が簡単に見抜けるくらい「意図した成分」に対して大量に入っていたなら、それを簡単に見落とすとは思えません。

一方、そのHPLCのピークが凄く小さな山である場合、つまり意図しない成分の量がごく微量であった場合は見逃してしまう可能性もあるかもしれません。だからこそ、先に述べたプベルル酸の(相対)量の情報が気になっています。あるいは、通常の分析ではピークが他のものと重なってしまっている可能性も考えられます。サプリの品質や含有成分の量に関する管理をどのように行っていたのかも知りたいところです。

──これまでに、品質管理でこの「ピーク」を見逃した事例というのはあるのか。

残念ながら、報道等で時々目にします。有名な事例としては、2020年12月に発覚した小林化工(小林製薬とは無関係)という製薬会社の不祥事が挙げられます。小林化工は抗真菌薬という水虫の薬を製造していましたが、製造途中で容器を取り違えて睡眠導入剤を混入させてしまいました。

こうした異物が混入すれば分析過程のところで異常が確認できるはずで、実際にHPLCのピークで通常は無いものが明確に出ていました。作業員はその異常に気がついていたのですが、それを見過ごして品質に合格を与えて市場に出してしまい、結果的に死者を出す事態になりました。

公表されている報告書を見ると、実際のHPLCの意図した成分中に「意図しない睡眠薬」の成分が小さく描かれているのを見ることができます。この程度の違いでも死者がでてしまうことになりかねません。小林化工の場合は、今回の問題に関して一部の報道でも出てきているGMPの認証を受けていましたが、国に届け出られたその製造方法に違反していたと報告されています。

本件は、品質管理を議論する上で重要な事例でしょう。ただし、小林化工の場合は純度の高い医薬品の製造を行っていて、検査自体の難易度は高くないと思われます。今回問題になっている紅麹の場合は、ベニコウジカビという生物が作る様々な天然化合物の複雑な混合物が対象ですので、分析の難易度は遥かに高くなると思われます。

ものによっては千年以上にも及ぶ摂取実績がある通常の食品とは違って、摂取実績の乏しい生物の生産物由来のサプリメント等の安全性をどのように確保していくのかは、今後の課題の1つであると思います。

ともあれ、今回の紅麹問題の原因物質が何なのか、問題はどこにあったのか、それらを解明することが最優先です。

私が実験指導や講義等でも学生に伝えていることですが、データは嘘をつきません。正確なデータは科学のα(アルファ)そしてω(オメガ)です。つまり、正確なデータを積み上げれば必ず適切な結論へと辿り着くことができる、ということです。今後この問題が着実に解明されていくことを、一研究者として願っています。

企業側が品質管理を徹底すべきなのは間違いないですが、一方で消費者も天然由来のものを甘く見るのは良くないですね。生産者にとっても消費者にとっても、今回の件が食品や天然化合物と呼ばれるものとの付き合い方を、いったん立ち止まって考えるきっかけになると良いと思います。

医薬品や農薬には人工物が多いのですが、サプリは一般的には天然化合物を原料にしたものが多く、天然化合物のいい部分をある意味濃縮して体内に取り入れているわけです。しかし、人工物であれ天然化合物であれ、重要なのはその製品の安全性です。

なんでも安全なのだと思い込むのではなくて、自然を侮らず、人間に害を及ぼすものもあり得るという知識をもつことが大切だと思います。自然由来のものにもリスクはあるのです。

小倉由資(おぐら ゆうすけ)

東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授。栃木県宇都宮市出身。2012年 同研究科博士課程修了、博士(農学)取得。専門は有機合成化学および天然物化学。英国オックスフォード大学化学科 博士研究員、東北大学大学院 農学研究科 助教を経て2020年より現職。学生時代より一貫して有機合成化学的手法による天然有機化合物の量的供給や構造決定に関する研究を展開。興味深い生命現象を引き起こす天然有機化合物の作用機構にも関心を持ち、合成化学的手法を利用した研究も進めている。最近ではミツバチに寄生して猛威を振るうダニの防除物質を発見し、その応用によるミツバチの保護を目指した研究に注力している。

紅麹関連製品への対応に関する関係閣僚会合(3月29日)厚生労働省提出資料より

2023年9月および同年10月に製造されたロット(③②)において、確かに赤矢印で示された「ピークX=プベルル酸(と同定)」の含有量が大幅に増えているように見える



小暮聡子(本誌記者)

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