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全人類に「金融包摂」を...「民間版世界銀行」を目指す五常・アンド・カンパニーの「目標」

ニューズウィーク日本版 2024年4月11日 14時50分

<誰も排除されない世界に向け、五常は少額融資で営利と使命を両立する>

民間版の世界銀行を目指し、「誰もが自分の未来を決めることができる世界」を実現する。東京のマイクロファイナンス(小口融資)企業、五常・アンド・カンパニーの目標はシンプルかつ遠大だ。

世界銀行は主に各国政府へ金融支援を行うが、五常は人々に「金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)」を届けることを掲げる。金融包摂とは、生きる上で必要な金融サービスに誰もがアクセスできる状況を指す。

なぜ金融包摂が必要か。五常で組織戦略・人事を担う高橋孝郎は、貧困や差別の渦中にある人々が「機会の平等」を得るためだと言う。「子供の教育に投資できない、生計を立てたり収入を増やすためのローンも手に入らない。そんな金融へのアクセスが妨げられている人々に機会を提供することに意味がある」

「機会」から排除されがちなことから、五常の顧客の96%は女性が占める。提供されるローンは農業での利用が多く、畜産業や零細事業の元手にもなっているという。

2014年の創業以来、カンボジアやインドなどの5カ国で五常のグループ9社が展開する事業は従業員数9350人、融資顧客数202万人、連結融資残高1100億円超という規模に成長した。

だがいまだ数十億人が金融サービスを受けられず、マイクロファイナンスの潜在需要と供給の差は100兆円に上るとされる。競合も多いなか、五常の強みはどこにあるのか。

高橋は、創業者・慎泰俊(シン・テジュン)の理念に共感して初期投資が集まったことに加え、日本で低金利で調達した資金を途上国に供給できる強い資金調達力を挙げる。また現地の優良な金融機関を見つけて買収し、スピード感のある成長を達成してきた投資の目利き力、それにこれを実現してきた国際人材が日本の投資家にもたらす現地情報が新たな投資を生む好循環も、特徴だという。

日本の本社の人材の多様性も強みだ。67%が日本以外の出身で、取締役7人のうち5人が外国人、4人が女性。普段のやりとりが英語であることを含め「日本企業でこれほど国際化を進めている組織は少ないのでは」と高橋は言う。

昨年はカンボジアでの多重債務問題が報じられ、マイクロファイナンスの負の側面にも光が当たった。この点について五常は、当座の利益より貸し倒れ防止を優先することを含め、顧客保護に努めているという。加えて「ローンを提供したから貧困削減になる」と安易に結論付けず、顧客に与えた影響を返済後も含めリサーチし、大規模な家計簿調査を行うなど、社会的インパクトの計測にも力を注ぐ。

昨期は営業黒字を達成する一方、貸倒率は業界水準より低い2%以下で推移している。「営利とミッションとを両立する企業風土」だと高橋が説明するとおりの実績を、積み上げつつある。

最終目標は低価格で良質な金融を50カ国1億人以上に届けること。アフリカ進出も計画中で、日本での上場も見据える。五常が名実共に民間版世界銀行として世界に知られる日は、近いかもしれない。

五常の強さは創業者で投資銀行出身の慎泰俊とその経営チームではないだろうか。慎とは個人的にも知り合いだが、法律的には無国籍といえる朝鮮籍という出自もあって「無国籍人」として世界中どこへ行っても溶け込んで現地の課題を把握できる能力がある。また、さまざまな不自由な思いをしていることから世界の不自由を取り除きたいという常人にはない高い志もある。だから彼は自分が五常で掲げたビジョンと、そのために何をすべきかについて「腹落ち」しているし、一緒に働くチームにもうまく説明して腹落ちさせることができる。目的を腹落ち・納得させて実行に移すプロセスを経営学で「センスメイキング理論」という。今の日本の企業に最も欠けているのが、働き手の腹落ちだと思う。

──解説:入山章栄(早稲田大学大学院経営管理研究科、早稲田大学ビジネススクール教授)



澤田知洋(本誌記者)

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