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イランの新大統領就任「羊の皮を被った狼か、救世主か」今後を占う3つの要素

ニューズウィーク日本版 2024年7月24日 15時16分

アリ・バエズ(国際危機グループ・イランプロジェクト部長)
<7月28日、イランの新大統領に就任する改革派とされるペゼシュキアンは、本当に欧米との関係を改善できるのか?>

国際的にもイラン国内でも、さほど知名度が高くなかったマスード・ペゼシュキアン元保健相が7月28日、イランの新大統領に就任する。

超強硬派のイブラヒム・ライシ前大統領が事故死したことを受けて、7月初めに実施されたイラン大統領選は、改革派のペゼシュキアンと、保守強硬派のサイード・ジャリリ元最高安全保障委員会事務局長による決選投票にもつれ込んだ。

その結果、ペゼシュキアンが予想外の勝利を収めたことは、イランの今後について多くの疑問を浮上させている。

アリ・ハメネイ師という最高指導者がいるなか、ペゼシュキアンは、どのくらいの権限を持つのか。核開発をめぐる欧米諸国との対立にどう対処するのか。そして不安定な中東情勢にどのように取り組むのか。

現体制を率直に批判してきたペゼシュキアンが当選したことは、多くのイラン研究者を仰天させた。85歳のハメネイの引退がささやかれるなか、近年のイランでは超保守派が勢力を固めつつあり、その既定路線から外れることはないと考えられていたからだ。

だが今は、どうしてペゼシュキアンが勝利したのかという分析よりも、イランはこれからどうなるのかに関する臆測が先行している。

オオカミか救世主か

欧米諸国の一部は、これまでイランに登場した改革派指導者と同じように、ペゼシュキアンも穏健派とはいえ、核開発と中東の覇権に燃える体制の一角であり、いわばヒツジの皮をかぶったオオカミにすぎないと見なすだろう。

その一方で、ペゼシュキアンは、欧米から制裁緩和を引き出すためなら一定の譲歩もいとわない人物であり、イランを社会面と経済面での苦境から脱却させる救世主になるかもしれない、という見方もある。

いったいどちらが現実になるのか。

その答えを知る手掛かりは、いくつかある。

第1の要素は政治体制だ。イスラム教に基づく神権政治体制を取るイランでは、最高指導者(現在はハメネイ)が、あらゆる面において最終決定権を持ち、大統領の権限は限られている。この構造は選挙で変わるものではない。

だが、イランの大統領は単なるお飾りというわけでもない。穏健派のハッサン・ロウハニ元大統領(2013〜21年)と保守強硬派のライシ(21〜24年)では、統治方法も政策も大きく違った。

ロウハニは世界の大国と交渉して核合意をまとめ、国内的には社会の締め付けを緩和する必要性を認めた。これに対してライシは、核合意の再建に尽力せず、女性の服装規定を強化し、22年の大衆動乱と残忍な弾圧をもたらした。

イラン核合意を事実上崩壊させたトランプが11月に再選されれば、イランとの関係悪化は避けられそうにない JABIN BOTSFORDーTHE WASHINGTON POST/GETTY IMAGES

第2の要素は、ペゼシュキアン個人の強みと弱点だ。彼は選挙期間中に穏健な統治を唱える一方で、具体的な公約を避けることで、社会の過剰な期待を抑えると同時に、政治エリート層を安心させた。

これは大統領就任後に、ユニークな策を講じる余地を生み出すだろう。

ただ、ペゼシュキアンは国民の絶対的な人気によって支えられているわけではない。今回の大統領選の投票率は49.8%と、イランの歴代大統領選でも最低に近かった。ペゼシュキアンの得票率は50%強だったから、有権者全体では25%の支持しか得ていないことになる。

第3に、外交面での成果は、ペゼシュキアン本人の能力や意欲とは無関係の外的要因によって決まるだろう。

なかでも最大なのは、11月の米大統領選だ。1979年のイラン革命以降、イランとアメリカの2国間関係に大きな進展があったのは、アメリカの民主党大統領が2期目に入ったときと決まっていた。

ペゼシュキアンは選挙戦のときから、ロシアや中国などとの関係を維持すると同時に、欧米諸国とも対話を持つバランス外交を唱えてきた。

だが、新政権で第一線に復帰する可能性が高いベテラン外交官らは、21年に任期終盤のロウハニ政権と、就任まもないジョー・バイデン米大統領の任期が重なった短い時期の、バイデン政権の反応の鈍さに失望した経験がある。

そのせいで、ドナルド・トランプ前米大統領によって事実上崩壊した核合意を再建するチャンスは奪われた。

11月にトランプが再選されれば、イランは一段と難しい状況に追い込まれるだろう。トランプは再びイランに対して「最大限」の圧力をかける可能性が高い。それはイランを交渉のテーブルに連れ戻すよりも、核開発と近隣諸国への力の誇示へと走らせる可能性が高い。

トランプが残した傷痕

トランプが20年に、イラン革命防衛隊の精鋭組織クッズ部隊のガセム・ソレイマニ司令官を殺害させたことは、今もイランの権力者と国民の両方にとって大きなわだかまりとなっており、アメリカ側も、イランが報復として米政府高官を暗殺するのではという不安を抱いている。

ガザ戦争の影響も無視できない。イスラエルと小競り合いが続くレバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラは、イランにとって中東で最強の非国家パートナーであり、イスラエルとの衝突が全面戦争にエスカレートすれば、欧米諸国にとってイランはますます有害な存在と見なされるようになるだろう。

イランはイエメンでもシーア派の反政府武装勢力フーシ派を支援。そのフーシ派が、サウジアラビア(イランにとっては中東の覇権争いにおける最大のライバル)やアラブ首長国連邦への攻撃を再開すれば、イランの孤立は深まる。

イランの戦略的決定が、選挙など表向きのシステムとは切り離された一握りの有力者により下されていることや、国外の不安定要因が多いことを考えても、イランの意思決定プロセスに、ペゼシュキアンのような自制的な声が増えるのは、総じて良いことだ。

米政治の先行きの不透明性と中東の混乱を考えると、アメリカとイランが近い将来に新たな合意に到達できる余地はあまりない。だが、両国は昨年に非公式の合意に達しており、少なくともその再建に努めるべきだ。

この合意とは、イランが、外国にある凍結資産の一部解除と引き換えに核開発をストップし、イラクとシリアにいる米軍への攻撃を控え、ロシアのウクライナ戦争支援を一部制限するというものだ。

これが実現すれば、バイデンはペゼシュキアンの大統領就任に合わせて、制裁に一定の猶予を与えやすくなる。

ただ、これは応急措置にすぎない。

核合意の再建は、本来の合意がまとめられた15年よりも考えにくくなっている。トランプが核合意から一方的に離脱を宣言して以来、かつてわずかに存在した信頼は失われ、イランは核開発を大幅に進展させてきた。

何らかの交渉をしても、再びトランプ政権が誕生して、約束を破棄するのではないかというイランの(もっともな)懸念、そしてイランを悪者と見なすアメリカの政界全般の空気を考えると、米大統領選前にバイデン政権とペゼシュキアン政権が、核問題などで持続可能な外交的解決策を模索するとは思えない。

ということは、この作業に当たるのは、当面、ヨーロッパ諸国になりそうだ。

本格的な話し合いの最初のチャンスは、9月に国連総会に出席するために、各国首脳がニューヨークに集まるときになるだろう。アメリカもこのとき今後のイランとの関係の基礎を築くことができれば、11月の大統領選後に両国関係を加速できるかもしれない。

このような基礎づくりは、たとえトランプが2期目を担うことになったとしても、1つの選択肢を提供するだろう。

イランとの間で互恵的な取り決めを探るか、それとも危険な対立を招き、アメリカを再び中東で泥沼にはまり込ませるリスクを冒すか、だ。

ペゼシュキアンが体現する約束は、実現するか、失敗するかのどちらかだ。

実際に彼が大統領に就任し国内外の無数の課題に直面したとき、欧米諸国が経済制裁を限定的に解除することにより、イランの国内政策と外交政策を変えるという新大統領の提案にチャンスを与えるのは、悪いアイデアではないはずだ。

From Foreign Policy Magazine

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