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「理不尽なのは仕方ない、そういう競技だから」。スキージャンプ小林陵侑、本番に強い思考術

REAL SPORTS 2022年3月3日 11時31分

スキージャンプの小林陵侑は、北京五輪で日本勢24年ぶりの金メダルを獲得した。大会前から多くのメディアで「金メダル最有力候補」「最も金メダルに近い」と伝えられていたが、その力を大舞台で見事に発揮してみせた。だが、金メダル候補が実際に金メダルを取れるとは限らないのがスポーツの世界だ。それがオリンピックという4年に1度の大舞台ともなればなおさらだ。なぜ小林陵侑は本番で強さを発揮できるのか? その思考をひも解く。

(文=折山淑美、写真=Getty Images)

「誰も勝てないジャンプ」。レジェンドも感嘆する小林陵侑の強さ

1本目の6.2ポイント差を守り切り、アッサリ優勝した北京五輪スキージャンプ男子ノーマルヒルを終えた後、「オリンピックに魔物はいたか」という質問に「僕が魔物だったかもしれないですね」と返した小林陵侑。見せてくれたのは、それが冗談には聞こえない強さだった。

大会前には「日本人がオリンピックで金メダルを取れば、ジャンプ競技を取り巻く環境も変わるだろうし、日本のジャンプ界も盛り上がるかもしれない。そんな未来も懸かっている中で、自分が今、金メダルを取れる位置にいるのだから、やってみたい」と話していた陵侑の技術を、所属する土屋ホームの選手兼監督の葛西紀明はこう評価していた。

「踏み切りでは助走姿勢の膝から下の角度を戻さないまま、力を使い過ぎないで立つのでスリップもしないでジャンプ台にそのまま力を伝えられる。それに空中でも上半身を“くの字”にしてお腹のあたりに浮力をため、僕より少し上のあたりをズバーッと飛んでいくので追い風にも負けない。もう得でしかない理想のジャンプスタイルだし、他の選手のいいところもドンドン吸収するので進化するしかない。だからああいう誰も勝てないジャンプになったんです」

さらに陵侑の場合、どんなに飛距離を伸ばしても着地で足を前後にずらして着地するテレマーク姿勢をとれる、身体能力の高さと技術も評価した。実際に北京五輪ノーマルヒルの1本目は104.5mを飛んだが、20点満点の飛型点は5人ジャッジが18.5~19.5点を並べる57.5点(上下1人ずつの得点をカットした3人の合計)と最高点。同じくらいの飛距離なら確実に競り勝てる力があることを示すものだ。

陵侑が金メダル、ノーマルヒルの行方を左右した“風の条件”

男子ノーマルヒルの前日に行われた女子を見た時、陵侑が負ける可能性があるなら向かい風の条件になったときだろうと思った。女子の試合は向かい風の条件だったが、風は強弱があるのに加え、その方向はK点付近から飛び出し部分まで真っすぐ吹き上げる風がそろうこともあれば、横から吹き込むこともあってそれを繰り返していた。ほぼ同じ力なら、その風の方向と強さに結果は大きく左右される。髙梨沙羅が4位だったのも、2本とも横からの風に当たってしまった結果だった。

だが2月5日の男子ノーマルヒルの1本目は、ワールドカップランキングトップ10が出てくる終盤になると、それまでの向かい風から追い風の条件に変わってきた。その中で秒速0.04mの追い風だった49番スタートの陵侑は104.5mの大ジャンプでトップに立ったが、他の選手は少し強めの追い風になり、47番スタートで96.5mを飛んだマリウス・リンビク(ノルウェー)の7位が最高。ランキング1位のカール・ガイガー(ドイツ)は21位で、陵侑以外の11位までにつけた選手は全て向かい風での結果。

そして2本目は最初から追い風が少し強まる条件になり、もうそこで陵侑の優勝は決まったといっていい状況になった。結局1本目5位のマヌエル・フェットナー(オーストリア)が0.19mの追い風の中で104mを飛んで迫ったが、最後の陵侑は0.53mの強い追い風の中でも99.5mを飛び、2位に4.2ポイント差をつけて優勝。彼の運を引っ張ってくる強さに感嘆した。

トライアルジャンプを飛ばなかった陵侑の冷静さと実行力

この優勝を導いた要因の一つに、試合前のトライアルジャンプを飛ばなかったこともあった。葛西は「トライアルを飛ばないというのはよっぽど調子が良いんだなと感じたし、それを見て絶対に優勝すると確信しました。1本目の後で『トライアルはどうしたの?』と聞いたら『ノリさん戦法です』と言ったので、その時点で涙が出てきました」と言う。

葛西自身、好調な時期は体や頭を休ませるため、大会では公式練習やトライアルを欠場してリフレッシュに努めることが多かった。最近の陵侑がワールドカップなどでも同じようなことをしているのを知り、「自分の背中を見てくれていたんだ」と喜んでいた。

また今シーズンは新型コロナの影響でワールドカップ札幌大会が中止になり、選手たちは帰国できなくなっていた。ヨーロッパに残っているとホテル生活が続く上に行動制限もあり、なかなかリフレッシュの機会がない状況が続いていた。それを自ら実行する冷静さを持てたことが、彼の気持ちにも余裕を持たせていたのだ。

ワールドカップで13勝して総合優勝をした2018-19シーズンの後の2シーズンはともに3勝のみで総合は3位と4位。他の選手から見ればすごい成績でも陵侑は、「いい時の動きができない」とモヤモヤしていたという。その原因を「感覚がブレている」と考えていたが、昨年の夏には体も変わり、道具も変わっている中で自分の感覚ばかりを求めすぎるのはダメだと思うようになった。そこで気持ちを一回リセットし、さまざまな映像を見て滑り出しから着地までの全体のイメージを総合的に見直すようにした。それが今季の好調につながり、PCR検査陽性で10日間の隔離生活があった中でも、16戦7勝で最低順位は7位という抜群の安定感を持って北京五輪に臨めた。

勝てる力はあっても、やってみなければ分からない。陵侑の自然体の源

そんな進化とともに陵侑の本番での強さを支えているのが、勝利を義務として背負い込むことのない気持ちの強さだろう。

気象条件に大きく影響されるジャンプは同じ条件で試合をすることは一切なく、一つの大会でも全員が異なる条件の中で戦う競技であり、結果もその時々の条件に大きく左右される。しかもジャンプを1本飛ぶ競技時間は10秒ほどで、その中でも重要な部分である踏み切りに関していえば100分の数秒の世界。それが少し狂うだけで結果は大きく変わる理不尽な競技だ。特にオリンピックは4年に1回。1試合、約20秒間で全てが決まる、理不尽極まりない大会でもある。

それでも陵侑は「理不尽なのはしょうがないじゃないですか、そういう競技だから。でも飛んでいるのは楽しいし、そのスリルもスポーツとしては結構面白いと思います」とあっさり言い切っていた。世界のトップで戦い、その理不尽さに悔しい思いをしたり、それをねじ伏せるようなジャンプができた経験があったからこその思いだろう。だからこそ勝敗は、その時の運次第だとも受け止められる。

そんな気持ちで試合に臨めるからこそ、勝利を義務として背負い込むことはないのだ。「勝てる力はあっても、やってみなければ分からない」と。そんな自然体で臨める精神状態だったことが、今回の彼の強さの源でもあった。

北京五輪へ向けて、葛西は「普通の精神状態で飛べば陵侑は勝てると思うが、それができないとすれば緊張だと思う。今年のジャンプ週間の第4戦で優勝できなかった時は、緊張して硬くなり、タイミングが少しズレていた。負けるとしたらそうなった時」と話していた。

2冠が懸かった12日の北京五輪ラージヒルは、まさにそれが出てしまった結果だった。風の条件は秒速0.24mの追い風から、0.19mの向かい風までの範囲でほぼ平等な条件。1本目は0.06mの向かい風で最長不倒の142mを飛んでトップに立った陵侑だが、2本目は、いつもなら上半身は助走姿勢の角度を保って頭も下がったまま飛び出すが、その時だけは上半身は頭が上がって斜め真っすぐになってしまっていた。そのわずかな力みが飛距離を138mにとどめ、1本目2位のリンビクに3・3ポイント逆転されて2位という結果につながった。

北京五輪で金メダルのリンビクは北京五輪前のワールドカップは3勝して総合4位で、銅メダルのガイガーは4勝で総合1位。今季好調な実力者が表彰台を独占する中での銀メダルは、陵侑の強さをあらためて証明する結果でもあった。

<了>








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