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夢だった仕事に就くも「AIに追い抜かれる」翻訳家の女性が抱いた未来への危機感

日刊SPA! 2024年3月4日 15時51分

 昨年末に発表された「ユーキャン2023新語・流行語大賞」に「X」や「生成AI」、「チャットGPT」などがノミネートされ、改めてIT関連用語に注目が集まっていることがうかがえる。日常生活においても、デジタル化が進んでいる状況を目にする機会が多くなった。身近なものでいえば、コンビニなどでのセルフレジや、飲食店での配膳ロボットなどだ。
 便利になることは大いにうれしいことではある。その一方で、急速に進むデジタル化により「自分の仕事がAIに奪われてしまう」と危機感を抱く人も……。

 今回は、日々それを実感しながらも、“好きな仕事”だからこそ葛藤する2人のエピソードを紹介する。

◆憧れだった翻訳の仕事に就くも「AIに追い抜かれる」

 約20年前に外国語大学を卒業した佐藤弓香さん(仮名・40代)は、大学卒業と同時に外資系のWebメディアの企業に就職し、翻訳の仕事に携わっていた。佐藤さんが任されていたのは、海外のニュースを日本語に翻訳して配信するという業務だった。

「翻訳の仕事は中学生時代からの私の夢でもあったので、とても楽しく、充実した日々を送っていました」と振り返る。

 入社当時はWebメディアという存在が発展途上だった時期で、会社の業績もうなぎ上りだったため、給与額自体にも満足していたのだという。しかし、この1~2年で事態が急変する。

 まさに“翻訳家の敵”ともいえるAIが急速に進化しているのだ。

「つい数年前までは、AIが外国語を自然な日本語に変換するまでには至っていませんでした。しかし近い将来、完全にAIが翻訳しているだろうと思っています。毎日、翻訳作業をしながら“このままではAIに追い抜かれる”ということをひしひしと感じていたんです……」

◆“別のかたち”で翻訳することを模索中

「自動で翻訳してくれる」ことはとても画期的で便利なものだが、それにより仕事を失う人が増えていくのも事実。佐藤さんは昨年、長年勤めていた会社を退職し、“別のかたち”での翻訳を模索している。

「筆者による文体の違いだったり、感情だったりが少ない文章は、AIが完璧に訳せることになると思いますので、物語のような感情のある文章を訳したいと考えました」

 翻訳が好きで仕事としても続けたいという佐藤さん。最近は前向きに、出版翻訳(書籍の翻訳)の勉強を始めた。

「考え方が甘いと思われるかもしれないし、自分の実力でどこまでできるかわかりませんが、これまで触れたことのない分野を知るのは新鮮でやりがいを感じています」

◆空港での業務にもデジタルの影響アリ

 空港でグランドスタッフとして働く大野早苗さん(仮名・40代)。主な仕事はチェックインや手荷物の受託、搭乗ゲートでの改札業務だ。

「私は接客が好きで、きれいな制服を着て搭乗ゲートでアナウンスをしたり、乗客のチェックインに携わるグランドスタッフに憧れていました。実際に自分がなることができて、日々充実したグランドスタッフ生活を送っていました」

 大野さんが入社した当時は、機械やAI、アプリケーションがそれほど普及していなかったが、最近になって自動チェックイン機や自動手荷物預け機、自動アナウンスなどが導入されるようになったという。

「グランドスタッフとしての業務が機械に奪われつつあります」と、大野さんは不安を募らせる。

 機械導入前は、チェックインカウンターに長蛇の列ができ、混雑していたため、漠然と「改善してほしいな」と感じていたのは確かだったというが、複雑な心情が入り混じる。

「人員不足対策、混雑緩和、利便性アップにはつながっていると思います。しかし、搭乗口でのきれいなアナウンスやチェックインでのスマートな対応に憧れて入社した私にとっては、少し寂しさがあります」

◆人の温かさも絶対に必要!

 そんななかでも、欠航などのイレギュラー時や援助が求められる客への対応などでは、相手に寄り添う必要があり、「人」はとても重要な役割があると、大野さんは考えている。

「機械に代わりはできないと思います。以前、チェックイン業務の際に、新婚旅行で飛行機を利用するというカップルに遭遇しました。私は、そのカップルに何かできないかと考え、メッセージカードとアレンジした搭乗証明書を作って渡したんです」

 そのカップルが「特別な思い出になった」と言いながら喜んでいる姿を見て、大野さん自身も幸せな気持ちになったという。

「こうした人間味のある対応は、機械やAIには絶対にできないことだと思います。会話のなかでお客様のニーズを引き出し、1人ひとりに合った寄り添い方ができるのが“人”なんです」

 航空業界では、今後もさらなる次世代搭乗の計画が進められており、グランドスタッフとしての仕事が少なくなるのは目に見えていると、大野さんは話す。一方で、労働環境については、コロナ禍で取り沙汰された人員削減や減給は解消され、以前の状態に戻りつつあるそうだ。

「いまのうちに、人にしかできない温かさ、安心感をお客様へ提供し、今私にできることを精一杯していこうと思います」

<取材・文/chimi86>

【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。

―[「デジタル化」に仕事を奪われた人たち]―

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