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「AIが人間の仕事を奪う」は日本では当てはまらない…労働市場の専門家がそう断言する日本ならではの深刻事情

プレジデントオンライン / 2024年5月1日 7時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/demaerre

労働市場の専門家・古屋星斗氏は、「AIが人間の仕事を奪う」というAI脅威論は、日本では当てはまらないという。2040年に1100万人の働き手が不足する日本では、むしろ仕事の自動化を急速に徹底していかなければ、生活に必要なサービスが提供されなくなってしまう。「機械か人間か」という二者択一ではなく、「人が機械の力でもっと活躍できないか」という考え方をする必要があるという――。

※本稿は、古屋星斗+リクルートワークス研究所『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■2040年に1100万人の働き手が不足する

これから日本では、どれくらい働き手が足りなくなるのか――。

労働の需要と供給をシミュレーションしたところ、労働供給不足は2030年に341万人余、2040年には1100万人以上に及ぶという結果が示された。

このように労働供給が減少していくことによって発生する労働供給制約という問題は、成長産業に労働力が移動できない、人手が足りなくて忙しいというレベルの不足ではない。結果的に、運搬職や建設職、介護、医療などの生活維持にかかわるサービスにおいて、サービスの質を維持することが難しいレベルでの労働供給制約が生じるのである。

この労働供給制約という途方もなく大きな課題を解決するためのアプローチは、「需要を減らす」か「供給を増やすか」のどちらかだ。

■労働の可能性を転換する「機械化・自動化」

私たちリクルートワークス研究所では労働供給制約社会に向けた打開策として、4つの打ち手を示した。「機械化・自動化」「ワーキッシュアクト」「シニアの小さな活動」「仕事におけるムダ改革」である。

4つの解決策を提案した理由は、労働の需要をいかに減らすかという論点と、供給をいかに増やすかという論点を一体で語ることなしに解決不可能な水準の労働供給制約が、十数年後に迫っているからだ。

労働供給量を増やすというのは、つまり担い手をいかに増やすのかという問題だ。私たちはこの担い手には、人間だけでなく「機械」が入ってくると考える。機械と人間が有機的に連携して、新しい働き方をつくり出す必要がある。

解決策のなかでも、とくに機械化・自動化は人の「仕事」「労働」の可能性を転換する可能性を秘めている。そのポイントは以下の3点だ。

①長時間労働から人を解放することにつながる
②仕事・労働の身体的な負荷が下がる
③タスクが機械へシフトしていくことで、人はその仕事が本来必要とする業務に集中することができる

労働供給の担い手を考える際には、「どの人がやるのか」だけでなく「機械ができないか」、はたまた「機械の支援を受けた人ができないか」といった選択肢を持つことができる。

必要な発想は、「人間がいないから機械に」とか「機械か社員か」という二者択一というより、「人が機械の力でもっと活躍できないか」という“拡張性”の思考なのだ。

■“人にしかできない仕事”に人の力を活かす

少子高齢化による労働供給制約は今後ますます深刻化していく。近年、女性や高齢者の労働参加が進んでおり、限りある労働力を有効に活用する取り組みは徐々に進んできているものの、それと並行して今後は、“人でなければできない仕事”にこそ人の力を活かさなくてはならない。

そこで機械化・自動化技術の導入によって人手不足を補えないか、という議論が盛んになっている。もちろん、AI(人工知能)やロボットによって仕事が代替されることに関して、雇用が奪われるというネガティブなイメージを抱く人も少なくはない。

しかし、労働供給制約社会を迎える日本においては、むしろ仕事の自動化を急速に徹底していかなければ、生活に必要なサービスが提供されなくなる事態に陥ってしまう。どんどん生成AIやロボットに人間の仕事を奪ってもらわないと、日本は生活維持サービスが保てないのだ。

将来的には、AIやロボットによる労働力を活用し、これまでの「労働力」という概念を拡張していくように、考えを変えていく必要がある。

“人間が働く場にAIやロボットを導入する”のではなく、そもそも“AIやロボットが働きやすい(機能しやすい)仕組みをつくる”、そのうえで人間が人間にしかできない仕事をする発想が重要になる。

AIやロボットを用いて、これまで人が担っていた仕事を機械の力を借りていかに効率化するか。それは生産性向上といったビジネス面だけでなく、私たちの生活にとって解決しなければならない課題である。

■省人化は賃金上昇につながる

自動化の進捗の程度によって、未来の日本の姿はガラッと変わるだろう。

何より期待されるのは省人化だ。省人化=「労働に対する需要が減少する」という捉え方があるが、これはその時々の経済環境によって変わってくる。

つまり、需要に比して労働力が豊富にあり、失業率が高止まりしている状況下であれば、自動化の進展がさらなる失業を生んでしまう。一方で、失業率が低く安定しており、恒常的に人手不足の状況にある経済構造下であれば(まさに今、これからの日本社会だ)、失業の発生という副作用なしの省人化による生産性向上は、経済全体の効率を大きく高めることになる。

日本経済が後者の状況にあることは明確だ。高齢化と生産年齢人口の減少が世界に先駆けて進む日本は、省人化のメリットをフルに活用できる状況になっている。徹底的な機械化・自動化は、労働供給制約を迎える日本社会にとっての福音なのだ。

省人化が進めば、労働者を取り巻く労働条件は改善するだろう。まず、現代人を苦しめている長時間労働から人を解放することにつながる。

自動化により人が担うタスクが減少していくことで、同じ生産量の仕事について、たとえば従来10時間かかっていた仕事を6時間で済ませられるようになる。すると、これまで長時間の仕事を強いられていた人も就業時間内に仕事を切り上げられるようになり、労働収入を損なわずに短時間労働への移行を望む人はその願いが叶えられる環境が実現する。

省人化は賃金にも影響を与える。これまで10人で行っていた仕事が8人でできるようになれば、従業員に支払う賃金を従来の水準の1.25倍に増やすことは理論的に可能だ。

もちろん、ロボットなど資本を導入する場合には資本コストが発生するし、生産性上昇の一部は企業や経営者の利益として計上されることになるだろうが、一定の割合が雇用者報酬として分配され、労働者の賃金上昇へつながることが期待できる。

■省人化が進めば労働参加が拡大する

機械化・自動化による効果は省人化にとどまらない。これまで労働者が担っていた業務をロボットやシステムなどに任せることによって、労働者の心身の負荷軽減にもつながる。

IoT(Internet of Things=モノのインターネット)の普及などから、現場に入らずに遠隔での業務管理も広がっていくとみられる。労働者の負荷が軽減していけば、これまで労働に参加できなかったような人たちが労働市場に戻ってくる動きも出てくるだろう。

たとえば、運輸の現場でドライバーが担っている荷役の業務について、自動フォークリフトや自動搬送機が普及すれば、ドライバーは重い荷物の積み下ろし作業から解放される。住宅建設の現場では資材の運搬や建具の取り付けなどを機械化し、さまざまなタスクを無理のない仕事にしていくことができれば、高齢化が進む建設作業員の人手不足の緩和にもつながる。これまで人が担っていたきつい仕事をロボットに任せられれば、労働者の身体的な負荷は大きく下がるはずだ。

機械化による精神的な負荷軽減も期待される。働き方改革の進展による労働時間の縮減によって、多くの現場で業務時間内にこなさなければならない業務の密度は増している。同じ業務時間であっても時間内にこなさなければならない業務が増えれば、おのずと労働者の精神的なストレスは高まる。

たとえば、小売のレジ業務では、これまでは従業員の業務の遅れによって客からのクレームが発生することに悩まされていたというが、無人レジの導入によって手の空いた従業員が客が困ったときのアドバイザーになることで、そういった悩みが解消されたという。

こうした取り組みが普及すれば、心身ともに負荷の高い仕事が可能な人でなくても、社会の多様な人々が、それぞれ働きたいときに無理なく働けるようになるかもしれない。その結果、これまで働けなかった人の労働参加が拡大すれば、労働供給制約をゆるめることができるのだ。

■AIやロボットに代替不可能な業務とは

仕事が機械化・自動化することによって、これまで人が担っていたタスクがロボットなどにシフトしていくだろう。ただし、AIやロボットによる代替が不可能な業務も数多く残り、そうした業務に人は集中することになる。機械化・自動化が進んだあとに人間がすべき仕事はなんなのか、この点に注目する必要がある。

まず、人と直接触れ合う対人業務は、相対的に必要なタスクとして残りやすい業務となる。

医療や介護の分野では、これまで多くの時間を割いていた日々の記録業務や周辺的な事務仕事から解放され、利用者や患者との1対1の会話に多くの時間を割くことができるようになる。結果的に医療・介護の質の向上につながっていくだろう。

接客・販売業務も同様に、対物業務が減少することで本来の業務である顧客とのコミュニケーションの時間が増える。こうした接客の領域の仕事に就いている人はもともと利用者との触れ合いのなかにやりがいを見出している人も多く、事務仕事から解放されることでモチベーションを高める要因にもなる。

また、ロボットやシステムを管理する業務も増えていくと思われる。物流倉庫では現場で作業をする人員の一部が、管制室などから遠隔でモニタリングする業務に需要がシフトしていくだろう。

建設現場ではアナログで図面などの書類を見ながらおこなっていた作業が、タブレット端末などを利用してBIM(Building Information Modeling:3次元の建物のデジタルモデルに、施工に必要なさまざまな情報を集積したデータベース)上で操作しながら資材などを管理するかたちに変わっていく。

医療・介護現場でも、紙に記載していた記録業務を、音声入力技術の進歩などによってデジタルに管理することができるようになる。こうしたシステムを構築し、管理・運用する業務は増えていくだろう。

■自動化が進みやすい職種、進みにくい職種

最後に、業務の自動化が進みやすい職種とそうでない職種を考えてみたい。

本研究プロジェクトにおいて、私たちは生活維持サービスの各分野で先端的な取り組みを進めている主要企業50社以上にヒアリングをおこない、デジタル技術やAI、ロボットの活用によって各職種の業務構造が将来にわたってどのように変わっていくかを聴取した。

現場の最前線で働いているビジネスパーソンたちから、現実問題としてどのような業務を将来的にAIやロボットが担うようになるのか、また将来にわたって人手に頼らざるをえない業務はどういった領域なのかを聞いている。

各業界で機械化・自動化に取り組んでいる企業にヒアリングをおこなった結果、自動化が進みやすい職種と進みにくい職種をまとめた。

将来にわたって、人が担うタスクがどの程度自動化されるかの正確な予想は難しいが、関係者の話をヒアリングしていくと、現状の延長線上で自動化が難しい職種は、医療、介護、建設などである。一方で、生産工程、運輸、事務・営業などは自動化の期待が相対的に高かった。

自動化の進捗が期待される生活維持サービスの職種としてまず挙げられるのは、生産工程である。製造業については、産業機械の高度化などから、これまでも断続的な生産性向上が進められている。こうした動きは今後も堅調に進んでいくものとみられる。

さらに、自動化の期待が高かった職種としては、運輸関連が挙げられる。同業界では、2024年問題をはじめとする深刻な人手不足に直面するなか、自動運転技術や高速通信技術の進歩によって、幹線輸送が自動化されることへの高い期待が見受けられた。

倉庫作業員の賃金水準も上昇するなか、物流倉庫の高度化も今後急速に進んでいくだろう。ただ、市街地における自動運転や顧客への受け渡しの完全無人化は難しく、ラストワンマイルに関しては今後、人手が集中するだろう。

段ボール箱を置くロボットアーム
写真=iStock.com/onurdongel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/onurdongel

■三大介助業務は完全無人化は難しい

自動化が難しい職種として挙げられるのは医療、介護、建設などである。医療に関して、記録業務や入院患者への説明業務、薬剤や医療材料の運搬作業など雑多な業務の自動化は局所的に進んでいくだろう。また、脈拍や呼吸、血圧などのバイタルチェックや病床の管理業務なども省人化が進みやすい。

しかし、医療の本来業務である患者の容態の確認や日々のコミュニケーション、医療従事者による手技(しゅぎ)の部分は、生成AIロボットなどによる代替は難しいという見解がほとんどであった。

介護に関しても同様に、間接業務の自動化から進んでいく。ただし、三大介助業務と言われる食事介助、排泄介助、入浴介助などの介護従事者の本来業務は、ゆるやかな省人化が進みつつも、根本的に無人化されることは将来においてもありえないだろう。

古屋星斗+リクルートワークス研究所『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)
古屋星斗+リクルートワークス研究所『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)

建設関連職種についても同様に、管理業務や建機の自動化は進むが、建設作業員が担っているさまざまな作業を構成する細かなタスクの多くで、自動化は今後十数年では極めて難しいというのがおおむね一致した見解であった。

やはり今後、高齢人口のさらなる増加にともなって最も労働力が必要となる医療や介護の職種が、最も自動化が進みにくいという結果である。

生活する私たち、とくに高齢者の暮らしの豊かさに直結する医療や介護において必須の人材を輩出し続けるためにも、社会全体で逼迫する人手不足に対して機械化・自動化を進めることは、日本が持続可能な社会をつくるための大前提なのだ。

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古屋 星斗(ふるや・しょうと)
リクルートワークス研究所主任研究員
1986年岐阜県生まれ。リクルートワークス研究所主任研究員、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。2011年一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、「未来投資戦略」策定に携わる。2017年4月より現職。労働市場について分析するとともに、学生・若手社会人の就業や価値観の変化を検証し、次世代社会のキャリア形成を研究する。

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(リクルートワークス研究所主任研究員 古屋 星斗)

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