【甲子園レジェンド 100分の1の夏】楽天・松井裕樹 大会新記録「22三振」を奪った夏を振り返る 「あれがなかったら、プロはなかった」

夕刊フジ / 2018年8月10日 17時0分

写真

2年生にして甲子園で伝説をつくった松井(夕刊フジ)

★楽天・松井裕樹(1) 

 投手にとって究極の夢は、9回まで27のアウトを全て三振で奪うことだろう。高校野球史上、そこに最も近づいた男が、現楽天の松井裕樹投手(22)だ。桐光学園(神奈川)の2年生だった2012年夏、大会新記録の22三振を奪った。女優の石橋杏奈(26)との真剣交際を認め、今オフ結婚の見込みの左腕が、人生の転機となった“あの夏”を自ら語る。 (片岡将)

 「なぜプロに入れたのかといえば、高校2年のときに甲子園に出られたから。あれがなかったら、プロはなかったでしょうね」

 松井はやや謙遜しながら、そう振り返る。

 面白いようにバットが空を切った。第94回全国高校野球選手権大会第2日(8月9日)の第3試合。桐光学園-今治西(愛媛)戦で、桐光の2年生エースが10連続を含む毎回の22三振を奪い、一躍スターダムにのし上がった。

 16日の2回戦・常総学院(茨城)戦でも19奪三振。それまで徳島商・板東英二投手が持っていた2試合計の最多奪三振記録も更新した。

 プロ入り後に通算98セーブ、416奪三振を挙げている左腕だが、大会当時はまだ誕生日(10月30日)前の16歳。驚異の“ドクターK”はいかにして誕生したのか。

 「小学3年までは左利きなのにサードかセカンド。小3の終わりくらいに、投手をやってみろってなった。別に身長が大きくもない、速くもない子供です。ベイスターズジュニアは小5のときに2次選抜で落ちました」

 ベイスターズジュニアとは、横浜DeNAが毎年、本拠地の神奈川県を中心に小学生をセレクションで選抜。毎年12月のNPB12球団ジュニアトーナメントに出場するもので、過去にも多数のプロ選手を輩出している。

 小学生時代の記憶といえば、父と母が懸命に練習に付き合ってくれたことばかり。

 「打っていた記憶の方が多いんです。あとは、山本功児さん(元ロッテ監督=故人)。息子さんの武白士(むさし)くん(現DeNA育成・内野手)が弟と小学校の同級生で、家族ぐるみでおつきあいがあった。山本さんには自宅で打撃を教わったりしました」

 ベイスターズジュニアに入りたいという松井の思いは、家族にも波及していった。

 「6年の時はベイスターズジュニアに入ることが目標でした。両親にバッティングセンターに連れて行ってもらったりとか、バドミントンのシャトルを打ったりとか、新聞紙を丸めたボール打ったり。打撃ばっかりやっていたなあ…」

  • 前のページ
    • 1
    • 2
  • 次のページ
fuji

トピックスRSS

ランキング