焦点:インド「世界最大」ワクチン作戦、流言やゲリラの懸念も
ロイター / 2021年2月1日 12時35分
リーナ・ジャニさん(中央)は、マザルパット地域医療センターで働く100人の医療従事者の一員として、今月初め、インド国内でも真っ先に新型コロナウイルスのワクチンの接種を受ける1人となった。写真はコラプットで16日撮影(2021年 ロイター/Danish Siddiqui)
Devjyot Ghoshal and Jatindra Dash
[コラプット(インド) 25日 ロイター] - リーナ・ジャニさんは早起きだ。1月の冷たい空気のなかで家事を終えると、彼女の部族が暮らすインド東部の寒村ペンダジャンを巡る道路を徒歩で登っていく。
隣人のバイクに拾ってもらい、後部シートで40分。ところどころに水田が散在する丘陵地帯を抜け、34才の医療従事者であるジャニさんが向かったのは、マザルパット地域医療センターだ。
このセンターで働く100人の医療従事者の一員として、ジャニさんは今月初め、インド国内でも真っ先に新型コロナウイルスのワクチンの接種を受ける1人となった。インドは、政府が「世界最大規模」と豪語するワクチン接種計画を展開している。
もっとも、ジャニさんの耳には深刻な副反応の噂も届いており、体調が悪化したらどうなってしまうのかと懸念していた。
「息子と娘たちがいるので、怖かった。私の身に何かあったら、子どもたちはどうなるのだろう」とジャニさんはロイターに語った。今のところワクチン接種による副反応は出ておらず、安堵の表情を見せる。
<難題の村落地域、反体制派の動きも>
ジャニさんが接種を受けたワクチンは、はるか遠くから運ばれてきた。工場からジャニさんが待つ診療所まで、飛行機、トラック、バンで約1700キロの道のりだ。しかもその間ずっと低温を維持しなければならなかった。
起伏のある丘陵と深い森林で、大規模でないとしても左派ゲリラによる反体制活動が続いている。そんなコラプット地域にワクチンが無事に届いたことは、オリッサ州当局による周到な計画と準備の賜物である。
だが当局者は、これがはじめの一歩にすぎないことを認めている。
これまでに接種を終えたのは、主としてジャニさんのような医療従事者など150万人。最終的に14億人の国民を新型コロナウイルスから守ろうとしているインドのワクチン接種計画においては、きわめて小規模な第1フェーズである。
新型コロナに対して脆弱であると見られる2億7000万人を対象にする、はるかに規模の大きい第3フェーズが始まるまでは、時として反体制色の強い地域や暑熱の環境でもワクチン接種を広めていくという計画の成否は政府にとっても定かではない。
コラプット地区の責任者であるマデュスダン・ミシュラ氏は、「問題が起きてくるのは、一般市民が接種を受けにやってくる第3フェーズだ」と語る。「本当に大変なのは、そこからだ」
ワクチンは無事に供給できるとしても、接種を受けるよう人々を説得するのが、また難題である。
特に村落地域ではワクチンの安全性・有効性に対する懐疑的な見方が強いと当局者は語る。ソーシャルメディアサイトや口コミによる誤った情報が、ワクチン普及の足を引っ張る可能性もある。
<徹夜で配送、武装警官が護衛>
ジャニさんが接種を受けたワクチンはアストラゼネカとオックスフォード大学が共同開発したものだ。インドでは、バーラト・バイオテックが開発したワクチンも使用している。
接種が始まる一方で、インドにおける新型コロナウイルス感染者数は1100万人に近づき、死者は15万人を超えている。
アストラゼネカ開発のワクチンは、生産量ベースでは世界最大級のワクチン製造事業者であるセラム・インスティテュート・オブ・インディアによりインド西部のプネ市で生産され、1月12日、約4万800回分が民間航空機によりオリッサ州の州都に空輸された。
インドは承認されたワクチン2種類、1650万回分を国内の州・地域に送付し、各州・地域では、そこから多数の運転手とインフラを利用してワクチンを配布していく。この体制は既存のワクチン接種計画のために用意されたものだが、今回のパンデミックを受けてさらに強化された。
オリッサ州では配布開始が1月13日と遅れた。ワクチン集配拠点では、政府職員が大きな冷蔵装置からワクチンの入った容器を引き出し、慎重に数え、氷のパックを詰めた断熱ボックスに詰めていく。これで最長3日間、摂氏2─8度に維持できる。
ワクチンは、保健当局に所属するベテラン運転手ラル・ポリジャさんに託される。ポリジャさんはこのワクチン集配拠点まで徹夜で配送バンを運転してきた。これからコラプットまでの帰路500キロを走り、ワクチンを運ばなければならない。護衛として私服の武装警官が同乗する。
「少し疲れた」とポリジャさんは言う。交通渋滞のために行程は数時間遅れ、夜遅くになっていったん休憩し、一服しているところだ。
牛の群れ、がれき、濃霧や急なカーブを何とか切り抜け、疲労と闘いながら、ポリジャさんは3日間で24時間近く運転し、集荷したワクチンをコラプットの街まで送り届けた。
1月15日、コラプットの中心的なワクチン集積所に集まった医療従事者らが、地域内5カ所の接種拠点向けに、ワクチンの数を計算し、少量ずつ梱包し、車に積み込んだ。5カ所のうちの1つが、約30キロ離れたマザルパット地域医療センターだ。
正午。複数の拠点にワクチンを送り届ける白い小型のバンが、砂塵を巻き上げながら狭い田舎道を走り始めた。ここでもやはり、武装警察官が同乗する。
ワクチンの箱が下ろされると、マザルパットの医療従事者の1人が仲間に言った。「さあ、お待ちかねのワクチンだ」
<先が見えないロードマップ>
インドは、7─8月までに約3億人にワクチンを接種する計画を示している。
今月初めに展開された第1フェーズでは、ジャニさんのような医療従事者1000万人が対象となった。次は2000万人のエッセンシャル・ワーカーたち。新型コロナウイルスに対して脆弱とみられる2億7000万人がこれに続く。
だがその先には明確なロードマップはない。インド政府は、ワクチン接種を望む、あるいは必要とするすべての国民が接種を受けられるだろうと話している。
当局者によれば、コラプットでは担当チームが数ヶ月かけて地域でのワクチン接種計画を練り上げたという。
コラプットの保健医療部門のトップであるマカランダ・ベウラ医師によれば、この地域のかなりの部分ではインターネットを利用できないため、担当チームではネット接続環境のよいワクチン接種拠点を選び、予行演習を繰り返したという。
ジャニさんが暮らすペンダジャン村のようにモバイル接続も不安定な場所では、医療従事者を集めたミーティングが行われてワクチン接種計画が伝達され、管理責任者が、接種予定として登録された人のもとを訪問した。
当初、インドの壮大なワクチン接種計画を展開・追跡する中枢的なデジタルプラットホームである「CO-WIN」を中心に不具合も見られたが、コラプットの当局者によれば、最初の2フェーズに関しては、システムが十分に機能しているという。
地区責任者のミシュラ氏は、規模がはるかに拡大する第3フェーズでは、地元の警察官を総動員して群衆の整理に当たるとともに、遠く離れた地域で任務に携わるスタッフを支援するために追加の車両も手配することになると予想している。
だが、オリッサ州南西部の警察を指揮するラジェシュ・パンディット氏は、毛沢東主義者の反体制派が活動していることが知られている内陸部深くにワクチンを運ぶには、警察が民兵組織や特殊部隊と協力することも必要になると話している。
「特別な注意が必要になる」とパンディット氏は言う。
<噂とためらい>
ジャニさんはおよそ7年前、公認社会保健活動家(ASHA)になった。インドの村落地域における医療体制の要となる地域医療従事者である。
ジャニさんは500人が暮らす自分の村で妊婦の検診やマラリア検査の支援、発熱や下痢などに対する基本的な投薬を行っている。
5人家族の稼ぎ頭であるジャニさんは、月3000ルピー(約4300円)の収入を得て、娘2人、息子1人を学校に通わせている。
ワクチン接種を受ける予定を最初に聞いたとき、ジャニさんは特に心配もしなかった。だがその後、噂が耳に入ってきた。
「ワクチン接種を受けた後で失神や発熱といった症状が出ており、死亡例もあると誰かから聞いた」と彼女は言う。「だから怖くなった」
ニューデリーに本拠を置くオンラインプラットホーム「ローカルサークルズ」が実施した調査によれば、回答者1万7000人のうち62%が、ただちにワクチン接種を受けるのは気が進まないと答えている。主な理由は、想定される副反応への恐怖だ。
医療従事者のあいだにも同様の懸念は広まっている。多くの州ではワクチン接種の初期目標に到達できなかったため、インド政府は最前線の医療従事者にワクチン接種を拒否しないよう呼びかけることになった。
マザルパット地域医療センターの医療責任者であるタパス・ラジャン・ベヘラ医師は、当局は人々がワクチン接種に尻込みすることを想定しており、医療従事者には安全性に関する不安を鎮めるような指導をしている、と話している。
気が進まなかったジャニさんも、結局はワクチン接種を受けた。これで部分的にせよ、COVID-19に対する予防になる。パンデミックに打ち勝つというインドが掲げる目標に向けて、小さな1歩は記されたのだ。
(翻訳:エァクレーレン)
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