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焦点:「復興五輪」に戸惑う被災者たち 聖火リレーに冷めた視線も

ロイター / 2020年3月5日 14時28分

双葉町には放射能に汚染された土の中間貯蔵所がある。2月20日撮影(2020年 ロイター/Issei Kato)

斎藤真理 竹中清

[双葉町(福島県)4日 ロイター] - かつて買い物客などで賑わっていた表通りの商店街は人影のない廃屋の回廊と化し、ひび割れた舗装道路のあちこちから雑草が吹き出すように伸び広がっていた。水田だった場所には、放射能汚染土を詰め込んだ黒いビニール袋が何千個も積み上げられている。

白い防護服に長靴姿の大沼勇治さん(43)は、傷んで雑草がはびこる自宅の前に立ち、あたりを見回しながら、つぶやいた。「住居の墓場に来たみたい」

2011年の東日本大震災と東京電力<9501.T>福島第1原子力発電所からの放射能流出により、壊滅的な被害を受けた福島県双葉町。同町では夏の東京五輪の聖火リレーを想定し、駅前の道路の補修や町中の除染が急ピッチで続いている。

しかし、大沼さんは、その作業を指さし、「ここで(東京五輪の)聖火リレーをやって欲しくない」と話した。原発事故で7000人を超す双葉町民が失ったものを伝えるには、荒廃し、廃墟となった地域も聖火リレーの通過点として含めるべきだ、との思いが大沼さんにはある。

「更地になった状況を見るだけでは、(双葉町の)現実はわからないでしょう」

<歴史を塗り消そうとしている>

日本政府にとって、今夏の五輪は被災地域の再建が順調に進んでいる姿を内外に誇示する機会となる。

13年9月、ブエノスアイレスの国際オリンピック委員会(IOC)総会で行った東京招致への最終プレゼンテーションで、安倍晋三首相は福島原発の状況を「アンダー・コントロール(Under Control、問題なく管理されている)」と強調。それ以降も、大震災からの「復興五輪」をめざすとのアピールを繰り返してきた。

その演出として、今月26日から予定されている東京五輪の聖火リレーは、同原発事故の対応拠点だった福島県沿岸のスポーツ施設「Jヴィレッジ」からスタートする。

東京五輪・パラリンピックの大会組織委員会は2月13日、双葉町を聖火リレーの初日の通過点にすると発表した。新型コロナウイルスの感染拡大への懸念から、同委員会は聖火リレー計画の修正を検討しているが、双葉町は通過点として残る見通しだ。

しかし、聖火リレーのスタートが秒読み段階に入った今もなお、「復興五輪」開催への熱気がすべての被災者に共有されているわけではない。双葉町を福島復興の象徴にしようと、その形作りを最優先する政府の姿勢に批判的な見方も少なからずある。

双葉町で育った大沼さんの自宅は福島原発から4キロも離れていない場所にあった。予想もしない避難命令と仮設住宅での暮らしを強いられてきた身にとって、双葉町での暮らしは永遠に戻らない時間になってしまったと感じている。

消えない放射能を避け、大沼さんは妻と2人の幼い息子とともに茨城への転居を決めた。かつての隣人たちの多くも、双葉町を捨て、近隣都市だけでなく、日本各地に移住して行った。暗転した人生を先に進めるための、苦しい選択だった。

思い起こせば12歳の時、福島原発PRのキャッチフレーズを競う地元のコンテストで優勝した事があった。「原子力 明るい未来のエネルギー」という大沼少年の作品は、双葉町が訪れる人々を歓迎するアーチ広告に大きく描かれた。

その広告板は福島事故の数年後に撤去された。町の歴史を正しく見つめるべきだ、として広告板の存続と一般への展示を主張した大沼さんの訴えは通らなかった。

「この町の歴史がすべて消されているような気がします。修正液で塗った感じがする」と大沼さんは語る。大沼さんは現在、太陽光パネル事業で生計を立てている。

<復興作業は後回しに>

福島復興を前面に掲げている政府の姿勢とは裏腹に、東京五輪の開催が本当に地域の再建に役立っているのか、という疑問も被災者や住民たちにはある。

福島原発に近い浪江町で飲食店を経営する新妻泰さん(60)は、五輪開催によって工事の人件費や資材コストが上がり、地域の再建プロジェクトは大きく遅れていると指摘する。

「家ひとつ立てるにしても、職人がいないから2年も3年も待たされる」と新妻さんは言う。「こちらは後回しにされているんです」

県の農業や水産業に関与する人々も、政府の対応には批判的だ。

「『アンダー・コントロール』って、何を言ってるんだと思いました」と、同原発から南に50キロ離れたいわき市の漁業協同組合の柳内孝之理事は話す。「復興をネタにオリンピックを勝ち取ったみたいな印象はありますよ」

地元漁業再生への支援を願う柳内さんの思いとは反対に、経済産業省は2月初旬、福島第1原発の汚染水の処理について、海洋放出と水蒸気放出を「現実的な選択肢」とした小委員会の報告を公表した。

同省は今後、地元自治体や漁業関係者などの意見を踏まえて具体的な対策に動く方針だが、柳内さんは風評被害がさらに広がり、地元漁業再生の可能性はさらに打撃を受けると懸念する。

被災者らからのこうした批判に対し、田中和徳復興相は記者会見でロイター通信の質問に答え、東京五輪を念頭に「地域住民に前向きな見方を持ってもらえるよう、関係各県、市町村、各種団体と力を合わせていきたい」と語った。

また、双葉町の伊澤史朗町長は「チェルノブイリと違って、私たちは住民の帰還が目的だ」とし、3月4日の双葉町の避難指示一部解除を「大きな進歩」と述べた。

<怒りよりも、あきらめがあるだけ>

しかし、解除の対象となるのはわずかな面積にとどまっており、困難区域の大半では帰還のめどが立たない状況が続く。

養蜂業を営んでいた双葉町からいわき市に転居し、レストランを開いている小川貴永さん(49)がかつて住んでいた場所は、コンクリートの瓦礫で覆われ、野生のイノシシなどの汚物も散らばる。昔の名残をとどめているのは庭にある小さなカエルの置物程度だ。

昔の友人や近所の人たちがこの町に戻ってくることはないだろうと小川さんは思っている。妻や子供たちを説得できず、ついに住居の取り壊しに踏み切った。

「もう怒りを感じる段階は過ぎました。ひたすら、あきらめがあるだけです」と小川さんは言った。

(編集:北松克朗)

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