焦点:日本に再びクルーズ船の悪夢、なぜ対応は後手に回ったのか
ロイター / 2020年5月7日 10時31分
Ju-min Park
[長崎市 7日 ロイター] - 乗員数百人を乗せたコスタ・アトランチカ号が長崎市の造船所に接岸したのは1月下旬、厚生労働省が横浜港沖に投錨するクルーズ船、ダイヤモンド・プリンセス号で検疫を始める7日前のことだった。
それから5週間、ダイヤモンド・プリンセスは中国国外で初の新型コロナウイルスの「ホットスポット」の1つとなり、さらに全国各地に感染が広がった。にもかかわらず、日本の当局は上海から到着したコスタ・アトランチカには何の指導も与えず、乗員の多くが長崎市内で買い物と食事をし、ソーシャルメディアへの写真投稿などを続けた。
その結果、長崎県当局によると、コスタ・アトランチカは、4月20日以降、乗員623人(同日時点)のうち、4分の1近い149人の感染が確認された。これまでに乗員5人が入院し、そのほとんどが一時重症化した。
英オックスフォード大学のデータをもとにロイターが計算したところによると、コスタ・アトランチカのケースは日本で発生した最も感染率が高いクラスター(感染者集団)の1つとなった。
<「相手が見えず、長期戦になる」>
横浜港に停泊するダイヤモンド・プリンセスのクラスター化に内外の懸念が集まる中、同じクルーズ船であるコスタ・アトランチカでは、なぜ感染拡大防止策の徹底が出遅れたのか。
長崎市は4月29日に「市中感染の可能性は低い」との調査結果を発表したものの、同船が停泊する長崎港の近隣住民からは行政や企業側の対応の鈍さに怒りの声も上がった。
厚労省の当局者によると、3月上旬に長崎県が同船の乗組員に対して乗下船の自粛を要請してからも、数十人が近隣を観光するなどしていた。しかし、感染経路の追跡は困難で、どのようにウイルスが船内に広がったのか分からないという。
地元当局によると、同船を運航するイタリアのコスタ・クルーズ社は5日までに、船内に待機していた乗組員のうち、検査で陰性となったインドネシア国籍の44人を含む181人を帰国させた。
一方、同船の修繕を請け負い、香焼(こうやぎ)工場に受け入れた三菱重工業<7011.T>の長崎造船所は4月25日、地元で開かれた説明会に出席。乗員の乗り降りについて十分な説明をせずに誤解を招いたことなどを謝罪した上で、当局と協力していくとした。
「行政にできること、企業にできることがあるはずだ」と、三菱側と面会した香焼町連合自治会の浜崎孝教会長は対策の徹底を訴えた。「相手が見えず、長期戦になる。ずるずる続けば長崎だけでなく、日本全体の問題になる」
<ダイヤモンド・プリンセスと同じ状況>
コスタ・アトランチカの事態をめぐり、公衆衛生の専門家からは、感染者と非感染者を同じ船内に隔離した日本の対応がさらに多くの感染者を出す恐れがあると指摘が相次いだ。
米ジョンズ・ホプキンス大学健康安全保障センターのアメッシュ・アダルジャ博士は、「陽性反応がある者とそうでない者を混在させれば、感染者が増えるだけだ」とし、同クルーズ船からすべての乗員の下船を求めた。
アダルジャ氏は、700人以上が感染したダイヤモンド・プリンセスと今回のケースを比較し、「ダイヤモンド・プリンセスと似たような状況が生まれているようだ」と指摘。「感染者を下船させないことで乗員の間に感染が広がる。重症化にもつながりうるし、(対策を徹底すれば)予防することもできる」と強調した。
陽性反応を示したコスタ・アトランチカの乗員149人の中に、同船のシェフであるカフェリーノ・オガヨンさんがいる。「話を聞いたときはショックで大泣きした」と、マニラにいる娘のロザンさんは言った。「でも私たちはカトリック教徒。誰のせいでもない、仕方がないと父は言っていた」
感染していない乗員を帰国させたコスタ・クルーズ社は、ロイターの取材に対し、「法令順守と環境保護、そして従業員の健康と安全は常に最優先事項」だとコメントした。 三菱重工は、当局に全面的に協力するとした。
<長崎でトマトラーメン>
コスタ・アトランチカが上海から日本に向け出発したのは1月27日。感染拡大が深刻化した中国での修繕を取りやめ、乗員だけを乗せての出港だった。多くをフィリピン人船員が占めるこのイタリア船籍のクルーズ船は、1月29日に長崎へ到着した。ダイヤモンド・プリンセスが横浜港に入港する5日前のことだ。
ダイヤモンド・プリセンスはまもなく新型コロナの感染者が発生し、3700人以上の乗員・乗客が隔離された。当初は非感染者も感染者も同乗していたため被害は拡大し、最終的に14人が死亡した。
長崎県は3月6日、コスタ・アトランチカにも乗員を乗下船させないよう要請した。しかし、警告は聞き入れられなかった。
その日、ダイヤモンド・プリンセスでは香港からの乗客が新型コロナによる7人目の犠牲者となった。一方、コスタ・アトランチカの乗員サラ・ジョウさんは、長崎市内の繁華街でトマトスープのラーメンを食べ、スターバックスでコーヒーを飲んでいた。
「美味しい日本のラーメン。最後の一滴までスープを飲み干すこと間違いなし」と、ジョウさんはフェイスブックに書き込んだ。ロイター はコメントを求めて彼女にメッセージを送ったが、返答は得られていない。
感染者が増加し、日本政府が4月7日に非常事態宣言を出したにもかかわらず、コスタ・アトランチカでは乗員の乗り降りが続いた。関係者よると、20日に最初の感染者が確認されるまでに、4月は30人以上が乗り降りしていたという。
日本は外出しても罰則がない。周囲からの社会的な圧力と、当局の言うことを尊重するする人々の気持ちが頼りだ。コスタ・アトランチカを担当する厚労省の当局者は、命令することはできないと話す。
<「最高の悪夢」>
コスタ・アトランチカでは、乗組員たちが船内に閉じ込められたまま、ベランダ越しに談笑し合ったり、洗濯物を手洗いしたりして暇をつぶしている。
感染していない乗員は、船内を消毒して回る。ロイターの記者に見せてくれた写真には、乗員がヘルメットをかぶり、ゴーグルとマスクを着け、体をビニール袋で覆って食事を配る様子が写っていた。
「最前線で働いていると、みんな私に感謝してくれる。私のほうは、彼らが欲しいと言う砂糖や塩を喜んで渡してあげる」と、フィリピン人の乗員は言う。「私にとって、最高の悪夢かもしれない」
(取材協力:山光瑛美、 Tim Kelly (東京)、 Elisa Anzolin (ミラノ)、 Karen Lema、Martin Petty (マニラ)翻訳・編集:北松克朗、久保信博)
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