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焦点:歴史的選挙戦戦ったハリス氏、なぜ敗北したのか

ロイター / 2024年11月7日 19時9分

 11月6日、 米大統領選で敗北した民主党候補のハリス副大統領は選挙期間中の9月16日、首都ワシントンにある全米トラック運転手組合(チームスターズ)の本部にいた。写真は10月29日、ワシントンで演説するハリス氏(2024年 ロイター/Hannah McKay)

Trevor Hunnicutt Nandita Bose Stephanie Kelly

[6日 ロイター] - 米大統領選で敗北した民主党候補のハリス副大統領は選挙期間中の9月16日、首都ワシントンにある全米トラック運転手組合(チームスターズ)の本部にいた。米国で最も影響力のある労働組合の一つである同組合幹部と面会し、労組の雇用と組合員の生活を守れるのは共和党大統領候補のトランプ前大統領よりも自分だ、と力説して支持を求めた。

しかし、長年根強く民主党を支持してきた同組合の幹部たちは納得していない様子だった。トランプ氏は労働者階級の擁護者ではないとハリス氏が主張すると、組合幹部はハリス氏を厳しく追及し、同氏とバイデン大統領が組合員のために十分なことをしてきたのかと詰め寄ったと、同労組幹部はロイターに明かした。数日後、同組合は1996年以来初めて民主党の大統領候補への支持表明をしないことを公表。ハリス氏にとって大きな打撃となった。

この日の労組幹部との緊迫したやり取りからは、大統領選敗北につながったハリス陣営の決定的な失敗が浮かび上がる。経済と物価高を懸念する労働者階級の有権者とのつながりを築けなかった、という失敗だ。

バイデン大統領が投票日の数カ月前に劇的に選挙戦から撤退したことを受けて、ハリス氏は選挙運動を急ピッチで展開した。ポピュリスト的な経済政策と生殖の自由を推進する一方で、トランプ氏は民主主義と女性の権利に対する脅威であると主張した。

ハリス氏の登場は、選挙戦をひっくり返した。主要政党の大統領候補に選ばれた初の有色人種女性として歴史に名を残し、熱狂の渦を巻き起こして選挙資金の調達記録を破り、ポップスターのテイラー・スウィフトから俳優で元カリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルツェネッガーまで、さまざまな有名人から支持を集めた。

しかしハリス氏は、インフレと移民問題を巡る有権者の根強い懸念を最終的に克服できなかった。ハリス氏の敗北はまた、過去10年間の米国政治の大きな変化を浮き彫りにしている。ブルーカラー層の有権者が共和党支持に傾きつつあり、トランプ氏がその傾向を加速させた、という変化だ。

ハリス氏はまた、現代の米国選挙では前例のない規模の誤情報の氾濫という、トランプ時代のもう一つの特徴への対処にも苦戦した。彼女の経歴に関する大量の誤情報や虚偽情報は、移民犯罪から不正投票までさまざまな問題に関する陰謀説を含め、トランプ氏によって広められ、右翼のウェブサイトやメディアで増幅された。

<経済が最大の懸念>

ハリス氏の側近や顧問によると、ハリス氏は「女性初の米大統領」を目指すというテーマを選挙活動の中心に据えることに抵抗したという。その代わり、中絶の権利から中間所得者層の減税、住宅価格の高騰まで、選挙で女性や黒人有権者にとって重要な問題で有権者の心をつかもうとした。

しかし、有権者の間では、バイデン政権の最初の3年間の物価上昇の印象が根強く、ハリス氏のメッセージはなかなか浸透しなかった。

「大規模な世界的パンデミックの後としてはかなり力強い経済成長があったにもかかわらず、ほとんどのアメリカ人は経済的に前進していると感じていなかった」と、超党派の調査会社パブリック・レリジョン・リサーチ研究所のメリッサ・デックマン氏は指摘。「ハリス陣営は、彼女の政策が中流階級にどう役立つのかを必ずしもうまく説明していなかった。少なくとも、そのメッセージは多くの有権者の心に響かなかった」

データ提供会社エジソン・リサーチが実施した予備的な全国出口調査によると、有権者の多くは経済対策に関してトランプ氏をより信頼していると答えており、その割合は51%、ハリス氏は47%だった。また経済を最大の懸念事項として挙げた有権者の79%はトランプ氏に投票しており、約20%のハリス氏を大きく上回った。

また、投票先を決める上で経済が最も重要だと答えた有権者は31%なのに対し、中絶問題を挙げた有権者は14%だった。男女の差も大きく、予備的な出口調査によると、ハリス氏は国内の女性有権者の54%を獲得し、トランプ氏は44%だった。

<激戦州で起きた決定打>

ハリス氏にとって選挙戦で大きな試練となった出来事の1つは、9月下旬に発生したハリケーン「ヘリーン」だった。過去50年に米国を襲った最悪のハリケーンの1つで、激戦州でもあるノースカロライナ州などに大きな被害が発生。選挙戦の焦点は、これを機にハリス氏のメッセージからバイデン・ハリス政権による災害対応へと移った。

折しも世論調査でハリス氏の支持率のリードが縮まりつつあった。トランプ氏は即座に攻撃を開始し、民主党政権の災害対応を批判し、自身の最大の課題として主張する移民問題に結び付けた。死者数が増え、ノースカロライナ州が壊滅的な被害を受ける中、トランプ氏はハリス氏が災害支援金を不法移民の住居に使ったという主張など、虚偽の情報を広めもした。

ハリス氏は選挙活動を切り上げて、バイデン氏の緊急事態対応に関するブリーフィングのため9月30日にワシントンへ向かった。ロイターの記者は、ハリス氏が移動する飛行機内で、スタッフ3人が床に座り、ブリーフィングブックを破り、新しいメモをページに書き直している姿を目撃している。

200人以上が死亡したこのハリケーン災害は、選挙戦の転換点となった。政府が死者を隠蔽し、慈善寄付金を没収し、災害基金を移民支援に流用したなどの誤情報が広がり、移民に対するトランプ氏の強硬姿勢が有権者に響きやすくなった。ハリス陣営は、これらの誤情報と、バイデン政権下で急増した不法移民に対する有権者の懸念の両方に対処するのに苦戦した。

ハリス氏にの苦境が端的に示されたのがノースカロライナ州バンコム郡の状況だ。同郡は、ハリケーンで大きな打撃を受けた人口約28万人の地区で、もともと民主党の牙城だった。同郡の民主党委員長によると、ハリケーン後は、誤情報を耳にした共和党支持者が敵対的になり過ぎているとの懸念から、説得できる可能性がある共和党支持者への接触活動を取りやめたという。結局、同州ではトランプ氏が勝利した。

10月にかけて支持率の差が縮小し、世論調査で大接戦が予想されるようになり、民主党の戦略家たちの間で警戒感が広がった。

彼らは民主党が優勢なミシガン州、ペンシルベニア州、ウィスコンシン州のいわゆる「ブルーウォール」を強化することに注力した。2016年の大統領選でトランプ氏が民主党候補のヒラリー・クリントン氏に勝利したとき、トランプ氏は3州をそれぞれ1パーセント未満の差で制して「ブルーウォール」を突破した。2020年、バイデン氏はこれら3州を奪還した。この「ブルーウォール」を維持することがハリス氏にとってホワイトハウスへの最善の道だと戦略家たちは考えた。しかし、その際問題となったのがミシガン州とガザ戦争だった。

ミシガン州はアラブ系アメリカ人とイスラム教徒の人口が多く、20年の選挙ではバイデン氏勝利の要因ともなった。だが今回の選挙戦の終盤、イスラム教徒やアラブ系米国人の有権者はロイターに対し、ハリス氏がガザ侵攻中のイスラエルに対するバイデン氏の揺るぎない支持から距離を置かなかったことへの失望を口にしていた。最後の数週間、トランプ陣営は彼らの票を積極的に取りにいった。こうした有権者の多くは選挙には参加しないか、共和党に投票すると述べた。

ハリス陣営は、イスラム教徒とアラブ系の民主党員が感じている幻滅は、同氏にとってリスクだと理解していた。「負け要因になるかもしれない」と、ハリス陣営のミシガン州幹部は7月に語っていた。

陣営は最終的に、これらの有権者を完全に取り戻すのは不可能だと結論付けた。そのロスを補うために、最後の数週間は、国内最大の黒人が多数を占める都市であるデトロイトの労働組合員と黒人有権者から十分な支持を集めることに集中したという。

<インフレの重み>

しかし、ハリス氏を脅かした最大の問題はインフレだった。

ハリス陣営は、パンデミックからの経済回復が勝利への道標となることを期待していた。米国の経済成長は他の主要工業国に比べて著しく力強く、株価指数は過去最高値水準にあったからだ。

だが世論調査をみると、これらの争点をめぐって労働組合員や大学教育を受けていない白人有権者が次々とトランプ氏支持に傾き、民主党への支持が侵食されていったことが分かる。住宅費や食料費の急激な上昇に有権者は不満を感じ、雇用市場の堅調ぶりへの評価を打ち消した。トランプ氏は、ハリス氏とバイデン氏の在任期間中の物価上昇はハリス氏のせいだと非難した。

労働組合の多くは長年民主党候補を支持してきたが、最近では一般労働者がトランプ氏を支持するようになり、それがトランプ氏の勝利を決定づけた。

選挙戦の最後の数週間、ハリス氏の勢いは失速し、世論調査ではトランプ氏に対するハリス氏のリードが縮まっていることが示された。10月中旬までに、選挙戦は重要州で接戦となった。

世論調査では男女間にも顕著な差が生じていた。ハリス氏が白人女性の支持を広げ、共和党が維持してきた白人有権者の支持率の差を縮める一方で、トランプ氏は男性からの支持を拡大していることがうかがえた。

ハリス氏は戦略を変え、より多くの男性と共和党員の支持を獲得しようとした。陣営は10月中旬、男性有権者に訴えかけるため、副大統領候補のウォルズ氏を遊説に派遣した。ハリス氏はまた、共和党の厳しい批判者であり、民主党を支持する最も著名な保守派の一人であるリズ・チェイニー元下院議員と選挙イベントを開いた。数日後、トランプ氏はチェイニー氏が戦闘で銃撃に立ち向かうべきだと示唆し、民主党員らの怒りを買った。

ハリス氏はトランプ氏への攻撃も強めた。10月29日の演説で、ハリス氏はトランプ氏が再び大統領になることの危険性を警告した。明るく照らされたホワイトハウスを背に、ハリス氏は自らを民主主義、団結、自由の擁護者と位置付け、トランプ氏は「不安定」で「抑制されない権力」を求めていると訴えた。

ハリス氏はまた、生活費に関して有権者を安心させようとした。トランプ氏の関税引き上げ案は輸入品に対する「20%の国内消費税」に相当すると主張し、「目立たず、声を上げても届かないと感じている勤勉な米国民を守る」と誓った。

だが、彼女を信じたアメリカ人は十分な数に届かなかった。

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