アングル:信仰よりも物質重視、チベットで進む中国の合流政策
ロイター / 2020年11月9日 14時32分
54歳の大麦栽培農家ジェクイッドさん(写真)は、自分は近所の人たちの模範だと胸を張る。つまり、このチベットにおいて、経済発展を社会統制に結びつけようとする中国政府による取り組みの成功を象徴する存在となっている。写真はチベット自治区ラサで食べ物を売る屋台。10月14日撮影(2020年 ロイター/Thomas Peter)
Yew Lun Tian
[ラサ 10月30日 ロイター] - 54歳の大麦栽培農家ジェクイッドさんは、自分は近所の人たちの模範だと胸を張る。つまり、このチベットにおいて、経済発展を社会統制に結びつけようとする中国政府による取り組みの成功を象徴する存在となっている。
ジャンダン村にあるジェクイッドさんの立派な家には、仏教関連の彫像や掛け軸が多数飾られた広間がある。祈祷に使うマニ車も並んでおり、信仰の篤い76歳の父親テンジンさんが毎日2度回している。だが、中国共産党の党員であるジェクイッドさんは無宗教だ。
「この家を建てられたのも、政府の政策が優れているからだ。私の心は完全に党とともにあり、宗教心はカケラもない」とジェクイッドさんは言う。彼の家は、政府主催のチベット取材ツアーのなかで、記者団に公開された。通常、外国人ジャーナリストがこの地域に近づくことは禁じられている。
北京、チベット現地の政府当局者は、このツアーに招待されたメディア各社の記者たちを入念に調査した。ツアーは厳格な監視のもとで行われ、政府当局者の立ち会いなしに一般のチベット住民と接触する機会はほとんどなかった。
<住民の「心を管理する」政策>
中国はチベット住民の考え方や価値観を変革し、現代中国のメインストリームに合流させようと努力している。この地域の敬虔な仏教徒に対し、信仰をあまり重視せず物質的な繁栄を重視させるように働きかけるのもその一環だ。
チベット自治政府のチザラ主席は、「チベットには悪しき旧慣が若干残っている。主として、来世を重視し、現世での幸福追求への衝動を弱めようとする宗教の悪影響が原因だ」と話す。
チベット取材ツアーのなかで、当局は同自治区における救済貧困プログラムを誇示した。よりよい住宅への転居、学校教育、職業訓練、天候に左右されないマッシュルーム栽培農場といった事業開発などが内容とされている。今年末までに全国的に農山村地域の貧困を解消しようという対策の一環だ。
また当局者は、チベット住民の「心を管理する」取り組みを説明した。チベット住民は、数世紀にわたり、輪廻信仰と精神的指導者への献身を特徴とする敬虔な宗教社会で暮らしてきた。
ケイクタン村のデクイ・パルドロン村長は、政府による新築住宅の無償提供を受ける貧困世帯は、伝統的なチベット住宅に共通する特徴である仏陀礼拝のための居間の設置を禁じられていると説明した。無宗教である共産党から恩恵を得る以上、「面従腹背は許されない」からだという。
別の当局者は外来のジャーナリストたちに、「仏陀礼拝の部屋のためにスペースを割いてしまえば、男の子も女の子も1つの寝室に押し込めざるをえないかもしれない。これは双方の健全な成長のために理想的とは言えない」と語った。
中国は1950年に軍隊を派遣し、チベットを編入した。中国政府はこれを「平和的な解放」と称している。
1959年、チベットで起きた反中国蜂起が失敗に終わった後、精神的指導者であるダライ・ラマ14世は中国から亡命した。以来、長年にわたり貧困に沈んでいるチベットは、中国で最も政治的問題が深刻で制約の多い地域の1つとなっている。
<礼拝よりも労働を>
貧困救済の対象となった住民は、宗教関連の支出を抑え、その代わり、生計能力の向上と子どものために投資するよう指示された。
ニンティ市の職業訓練学校では、イデオロギー教育、政治教育を通じて「分離主義」と戦い、ダライ・ラマ14世を批判し、宗教が人々を「受動的」にすることを防ぐという標語が掲げられている。
チベット自治政府のカルマ・テンパ宣伝担当副大臣はロイターに対し、「10年前には、村民たちは寺院にどれだけ寄付したかを競い合っていた。今では、息子や娘が安定した政府系の仕事に就いているか、自動車を所有しているかといった競争になっている」と語った。
かつてはチベット住民の家に普通に飾られていたダライ・ラマ師の肖像は禁止され、ジャーナリストたちが見せられた家庭では、どこも習近平主席のポスターを額に入れて室内に飾っていた。
チベットの道路脇やビル上の看板には、中国政府・共産党に対する忠誠を促す宣伝スローガンが目についた。
批判派は、貧困解消と世俗的生活・共産党ヘの支持をリンクさせる中国当局の政策は人権を侵害していると話している。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのマヤ・ワン氏はロイターに対し、「中国政府は、チベット人民に対し、生活様式を中国政府が認めるような形に変えるよう強制しており、思想・信仰の自由を含め、基本的人権を侵害している」と述べた。
公式文書に基づいた先日のロイターによる報道では、近年建設された訓練センターに送り込まれるチベット農村部住民が増加している状況が伝えられている。住民はここで工場労働者になるための訓練を受けているが、一部にはこの計画が強制的なものだとの批判がある。中国政府は強制性を否定している。
貧困緩和を担当する当局者リン・ベイ氏はロイターに対し、「当初は、遊牧民や牧畜農家に、もっと高い賃金を得るための技能訓練に通うべき理由を説明して回らなければならなかった。最近では彼らもそのメリットを分かっているから、自発的に我々のところに来るようになっている」と語った。
<名誉か、屈辱か>
優れた衛生習慣を実践しているなど、望ましい属性を備えている家庭は、粉末洗剤やタオルといった景品を受け取る権利を得られる、とリン氏は言う。最も優秀な家庭は、「五つ星家庭」として村の掲示板に告知されるという。一方、望ましくない行動を示したとされる家庭も名を挙げられ、屈辱を味わう。
中国国内の多数派である漢族に属するリン氏は、「家族を顧みることなく、怠惰や飲酒、喫茶店に入りびたる、遊興に耽るといった者がいれば、村会に呼び出すことになる」と語る。
他の多くのチベット住民と同様、姓名の区別のない単一名を持つジェクイッドさんは、隣人たちに、共産党とそのプログラムを支持するよう呼びかけている。彼が暮らすのは、2万ドル(約210万円)近い政府の補助金を使って建てられた家だ。
「神仏に祈っていても、こんな家は手に入らない」とジェクイッドさんはロイターに語った。
(翻訳:エァクレーレン)
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