焦点:コロナ禍に揺れる旧ソ連圏、プーチン氏の統制に「衰え」も
ロイター / 2020年11月10日 10時19分
Mariya Gordeyeva Andrew Osborn
[ビシケク 2日 ロイター] - 中央アジアに位置するキルギス共和国では、先月、選挙結果をめぐる対立を経て、群衆が政府庁舎ビルに押しかけ、大統領の辞任を叫んだ。このときロシアのウラジーミル・プーチン大統領は特に驚いた様子を見せなかった。
プーチン大統領は、ロシアの専門家らによる討論団体「バルダイ・クラブ」のオンライン会議に公邸から参加し、「選挙のたびに、実質的にはクーデターが起きている」と語り、「愉快な話ではない」と述べた。
この見方は正しいのかもしれない。キルギスは建前としては議会制民主主義の国だが、過去20年間で3回の革命を経験している。だが、ウラン・クダイベルディエフさんのようなキルギス国民のエピソードに見るように、最新の、つまり今回の革命は事情が異なる。
新型コロナウイルス対策としてのロックダウンが始まった3月、首都ビシケクでタクシー運転手をしていたクダイベルディエフさんは職を失った。8人家族は、7週間にわたり、収入ゼロの状態に陥った。
クダイベルディエフさんの母親であるラキャさんが新型コロナに感染した時点で、旧ソ連圏に属するキルギスの国営病院の病床に空きはなかった。豊かな金鉱山を抱えるキルギスだが、法定最低賃金は月250ドル(約2万6000円以下)である。静脈注射による投薬治療を受けるための往診料を払うには、一家は借金を重ねるしかなかった。
75歳のラキャさんはロイターに対し、「食いつなぐのが精一杯だった」と語る。
世界中の膨大な数の人々にとってロックダウンは過酷なものになっており、制限が厳しくなるにつれて、反発も高まりつつある。旧ソ連圏の各共和国のなかで、このところ社会の混乱が生じているのは、650万人の人口を抱えるキルギスだけではない。かつて支配下にあった旧ソ連圏に対するロシア政府の指導力がいかに脆弱かを裏付ける。
キルギスでは、新型コロナのパンデミック(世界的な大流行)のもとで、経済的打撃や政治的な不満が急速にエスカレートし、社会全体のカオスが深まる一方で、ロシア政府が統制回復に向けた対応を急いでいる。
<同時多発する難局>
キルギスの混乱以前から、プーチン大統領は新型コロナの感染拡大が引き起こした政治危機に直面していた。西に約4500キロ離れ、やはり旧ソ連圏に属していたベラルーシである。同盟相手としては手強い老練な指導者であるアレクサンダー・ルカシェンコ大統領は、コロナ禍を軽視し、国民に向かって「ウォッカで消毒できる」と主張していた。
こうした態度はベラルーシの有権者を怒らせた。3月、新型コロナ対策を求める初めてのデモが行われ、その後は大統領選におけるルカシェンコ氏の勝利に異議を唱える街頭抗議行動が続いている。
アルメニアとアゼルバイジャンの間で数十年来続いている飛び地ナゴルノカラバフ地域をめぐる紛争が再発したことも、旧ソ連圏に対するプーチン大統領の影響力を危うくしている。今回の戦闘は、1990年代の流血を伴う民族暴動以降で最も激しいものとなったが、パンデミックとは関係なさそうだ。とはいえ、ロシア政府が自らの勢力圏内と見なしている地域に対して、近隣のライバルであるトルコが割り込もうとする動きが見られる。
<要衝キルギスの事態を懸念>
キルギスでは、クダイベルディエフさんを含む有権者が野党に投票した。公式集計でどの野党の得票率も10%以下であることが示されると、彼らの苛立ちは高まった。
昨年、ロシア空軍基地の拡張に合意するためビシケクを訪れたプーチン大統領はキルギスにおける一連の出来事を批判。近年ロシア政府が実施してきたロシア資本による総額5億ドル規模の複数のプロジェクトや、年間数千万ドル規模の援助事業にとって「災難」であると述べた。
1週間にわたって映像で広く伝えられた混乱や暴動、街頭での衝突は、新首相の任命に伴って終息したが、それまではロシア政府がキルギス国内にあるロシア空軍基地に厳戒態勢を命じ、対外援助を停止していた。ロシア治安当局の航空機が少なくとも1機、非公式にビシケクを訪れている。
キルギスは中国と国境を接しており、中国政府が進めるアジアと欧州にまたがる貿易回廊「一帯一路」計画の拠点の1つだが、ロシアにとっては、軍事的・地政学的に非常に重要な意味を持っている。
首都郊外にはロシアの主要空軍基地が置かれ、無人機(ドローン)やヘリコプター、爆撃機が配備されている。それ以外にもロシア政府は、天山山脈に抱かれた深い湖に海軍の試験施設を運営している。
さらにロシアは、キルギス国内に原子力潜水艦・水上艦艇と交信する海軍通信センター、世界中の地震・核兵器実験を追跡する地震監視ステーションを設けている。
2014年、キルギスは国内の米空軍基地を閉鎖した。米国が2001年以来アフガニスタンでの作戦で活用していたもので、アナリストのなかにはロシア政府からの圧力による措置との見方もある。
ロシアは中国との強い絆を誇っているが、その一方でキルギスにおいては中国政府と張り合っている。プーチン大統領と同様に、習近平国家主席も昨年ビシケクを訪問しており、中国はキルギス当局に対する主要な債権国としての立場をとっている。
ロシア政府・中国政府双方とも、新型コロナ禍に関してキルギスへの支援を約束している。
<パンデミックがもたらした苦痛>
貯蓄がなかったクダイベルディエフさん一家は、ロックダウンの時期を生き延びるために借金に頼らざるをえなかった。銀行から約630ドルを借りて食品や医薬品を購入し、慈善団体や隣人からの援助も受けた。政府からのわずかばかりの食糧支援もあり、5月まで何とか糊口をしのいだ。
選挙が近づくと、彼らはメケンチル(愛国)党を応援した。同党はパンデミックがもたらした経済的困窮による格差を重く見て、外資系企業によって採掘されている金などの天然資源による収入をもっと一般の人々に還元することを公約した。
クダイベルディエフさん以外にも、多くの人々が窮迫を味わっていた。世界食糧計画によれば、キルギス総人口の約4分の1は1日1.3ドル未満で生活している。同国の経済政策研究所が5月・6月に調査した貧困世帯の半数以上は、ロックダウン以降、家計が苦しくなったと回答している。
「呆れるほどの官僚の腐敗」を理由にメケンチル党を支持した有権者もいた。彼らは、新型コロナ対策に向けた外国からの支援・援助金を官僚が着服したものと考えた。投票日の1ヶ月前、税務当局は、新型コロナ対応を悪化させた怠慢や腐敗の告発があれば捜査を行うと発表した。
昨年、非政府組織(NGO)トランスペアレンシー・インターナショナルが発表したキルギスの腐敗認識指数は100点満点中30点。サブサハラ・アフリカ諸国よりも腐敗が酷いことを意味している。
ロックダウンによって多くの若者が帰国してきたことも不満を煽った。国連開発計画・アジア開発銀行が8月に発表した報告書によれば、キルギスでは、ロシアで働く在外労働者からの送金がGDPの実に3分の1を占めている。
報告書によれば、ロックダウンによって若者を中心とする最大10万人の労働者が帰国し、農業に戻るか、都市部での仕事を探さざるをえなくなったという。制限が緩和された後でも、一部はそのまま国内に残っている可能性があるとされている。
<高まる怒り>
当初、選挙結果が発表されてメケンチル党が議席獲得に必要な票数を得られなかったことが分かると、人々は憤激した。
10月5日、抗議行動が始まった。集まった群衆は政府庁舎ビルに突入した。現職の内閣は退陣を余儀なくされ、収監されていた元政治指導者は解放された。キルギスの指導部は空白状態に陥った。
4日にわたり、対立する勢力が別々の首相候補を支援しようと集まるなかで、中立的立場の1人が軸になる結果となった。
首相指名をめざす2人の対立候補の支持者が近隣でデモを行う傍ら、釈放された政治家の1人で、誘拐容疑で有罪判決を受けていたサディル・ジャパロフ氏の支援者数千人が騒然とした集会を開催していた。
ある時点で、ジャパロフ氏支持者の一部が他のグループを襲撃し、石や瓶を投げ、ビシケク中心部の広場から退却させた。発砲もあった。
キルギス駐在米国大使館は、声明のなかで「民主主義の進展を阻む障害の1つは、組織的な犯罪集団が政治・選挙に影響を及ぼそうと試みることだ」と述べ、ビシケク中心部の広場における「暴力と威嚇」を非難した。
<窮地に動いたプーチン政権>
10月12日、プーチン大統領の首席補佐官代理がビシケクに飛び、窮地に陥っていたソーロンバイ・ジェエンベコフ大統領、同大統領の立場に異議を唱えるジャパロフ氏と会談した。
この頃、ロシア連邦保安庁(FSB)長官は、新任のキルギス治安当局者と協議を行っていた。ロイターが閲覧した航空機追跡データからは、FSBが使用する航空機が少なくとも1機、ビシケクに到着していることが確認できる。
暴力を伴う混乱が1週間近く続いた後、10月14日、議会は投票をやり直した結果、ジャパロフ氏を首相に指名した。1日後、ジェエンベコフ大統領は辞任し、ジャパロフ首相は大統領の権限も代行することになった。
ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は新政権に対し、ロシア政府が「合法的な当局」が事態を沈静化させることを支援する用意があると保証した。
ジャパロフ氏もすかさず、ロシアへの友好的な姿勢を約束した。
「ロシアは長年にわたって我が国の戦略的パートナーである」とジャパロフ氏は語った。「その関係は、今後も続くものである」
(翻訳:エァクレーレン)
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