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ラタン・タタ氏が死去、インドのタタ財閥元会長

ロイター / 2024年10月10日 9時28分

インド大手財閥タタ・グループの前会長、ラタン・タタ氏(写真)が死去した。2011年9月撮影(2024年 ロイター/Danish Siddiqui)

Abhirup Roy

[9日 ロイター] - インド大手財閥タタ・グループの元会長、ラタン・タタ氏が死去した。同グループが9日発表した。86歳だった。

コーネル大学で建築学の学位を取得後、1962年にインドで曽祖父が創立したタタ・グループに入社した。積極的な大型買収により、同グループを世界的企業に押し上げた。

インドのモディ首相はXへの投稿で、タタ氏は「先見の明に富んだビジネスリーダーで、慈愛に満ち、非凡な人物だった」と称えた。

後に現在のタタ・モーターズとなるテルコやタタ・スチールなど複数のグループ企業で働き、グループ傘下のナショナル・ラジオ&エレクトロニクスで黒字回復を実現、市場シェアを拡大したことで注目されるようになった。

91年叔父であるJ.R.D.タタ氏の退任に伴いグループの舵取りを任された。インドが改革に着手し、経済を開放し、高度成長時代に入ろうとしていた時期だった。

96年に電気通信会社タタ・テレサービシズを設立し、04年にはグループの稼ぎ頭あるIT企業タタ・コンサルタンシー・サービシズを上場させた。

07年には英蘭の鉄鋼メーカー、コーラスを130億ドルで買収。08年にはフォード・モーターから英高級車「ジャガー・ランドローバー」を23億ドルで取得した。

傘下のタタ・モーターズでタタ氏が得意としたプロジェクトには、インドで設計・製造された最初の自動車モデルである「インディカ」や世界最安車「ナノ」がある。インディカは商業的に成功したが、ナノは発売から10年で生産中止となった。

グループ内で同氏のリーダーシップを巡りもめごとがなかったわけではない。会長に選んだ縁戚のサイラス・ミストリー氏と対立し、16年に同氏を解任した。

タタ・グループから退いた後はインドの新興企業への著名な投資家として知られるようになり、インドの電子決済サービス「Paytm(ペイティーエム)」や乗り合いタクシー会社オラ傘下のオラ・エレクトリック、美容サービスなどを提供するアーバン・カンパニーといった多くの企業を支援した。

08年には、貿易と産業における卓越した功績が認められ、インドで2番目に高い栄誉であるパドマ・ヴィブーシャン勲章を受賞している

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