アングル:「負の遺産」直視する英金融街、奴隷貿易関与の過去
ロイター / 2021年10月11日 16時11分
英国の船舶は、奴隷とされたアフリカの人々を300万人以上、大西洋の向こう側に運んだ過去がある。写真は2019年4月、ロイズ・オブ・ロンドンのビル内で撮影(2021年 ロイター/Hannah McKay)
[ロンドン 6日 ロイター] - 英国の船舶は、奴隷とされたアフリカの人々を300万人以上、大西洋の向こう側に運んだ過去がある。
こうした船舶の多くは、英保険市場ロイズ・オブ・ロンドン(ロイズ保険組合)によって保険をかけられていた。ロイズの引受人は、甲板の下に鎖でつながれた人々を家畜と並んで「生鮮品」に分類することもあった。
金融街シティーにそびえる近代的なロイズビルに設けられた常設の展示室では、大西洋を越えた奴隷貿易にロイズが関与していたことへの言及は見られない。だが、その状況は変わりはじめている。
「奴隷制が残した遺産が人種差別だ。奴隷とされた人々を人間以下の存在とみなさない限り、奴隷制を機能させるための条件を整えることはできない」と語るのは、元JPモルガンのバンカー、ニック・ドレイパー氏。同氏はユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの英国奴隷制遺産研究センター(LBS)で所長を務めた。
「私たちは、民族、人種、肌の色をもとに差別をした。それは英国、そして欧州の文化に染みついている。私たちはいま、その問題に対処しようとしている」
昨年の「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)」を掲げる抗議を経て、ロンドンの他の金融機関と同様、ロイズも人種差別的な過去に向き合わざるをえなくなっている。
ロイズとイングランド銀行(英中央銀行)は、奴隷貿易においてどのような役割を担ってきたか、それぞれ歴史研究者に調査を依頼しており、来年その結果を公表する計画だ。
ロイズビルでの展示では、残酷な奴隷制をもとに築かれた資産と、シティーで最高の敬意を集める重鎮たちの一部が奴隷制の維持において担った役割に光を当てることになるだろう。そうした重鎮の1人が、「ロイズの父」と呼ばれるジョン・ジュリアス・アンガースタインだ。
18世紀産業界の大物であるアンガースタインがロイズの会長を務めていた頃、事業のかなりの部分は奴隷貿易に依存していた。ロイズは、奴隷にされた人々を保有していたカリブ海地域の複数事業を巡り、アンガースタインが管理に関与していたことを示唆する証拠があるとしている。
ロイズ本社には、アンガースタインの肖像が飾られている。
ブルース・カーネギーブラウン会長は、ロイズが過去を直視することを望んでいるが、肖像画の撤去は望んでいない。
「なかったことにするのではなく、それについて語る方を選びたい」とロイターに述べた。
一方で、ロンドンの保険市場における黒人及びマイノリティーの地位向上を目的に設立された「アフリカ・カリブ海保険ネットワーク(ACIN)」は、違う考えを持っている。ACINは昨年ロイズに提出した意見書で、企業は「組織が残してきたものを検証し、人種差別的な意味合いを消していくべきだ」との見解を示した。
ロイズの引受人でACIN共同創設者のジュニア・ガーバ氏は、ロイズビルの展示室に奴隷貿易への関与の証拠を展示する方がいいとし、「歴史を無視することはできないが、説明すること、教育することはできる」と語った。
<深く刻まれた痕跡>
ロンドンの名高い保険機構であるロイズには、奴隷貿易の痕跡が広く深く残されている。
アンガースタインが収集した美術品にはルーベンス、ラファエロ、レンブラントの作品が含まれ、ロンドン・ナショナル・ギャラリーの設立時には展示品の中心となった。
ナショナル・ギャラリーのウェブサイトでは、アンガースタインと奴隷貿易の関わりについては何も言及されていない。むしろ、アンガースタインが奴隷制廃止を支持する「貧困黒人救済委員会」に所属していたとの記述がある。
ナショナル・ギャラリーはロイターに宛てた電子メールで、LBSとの協力のもとで奴隷所有と美術品収集、英国における慈善活動との関連を明らかにし、年内に暫定的な結果を公表すると説明した。アンガースタインについてもこの調査に盛り込まれる予定だ。
ドレイパー氏の調査によれば、アンガースタインは「その実績と資産の基盤となった海運保険事業において、奴隷制の恩恵を受ける身だった」という。アンガースタイン自身が奴隷貿易業者であったという証拠は存在しない。
アンガースタインをはじめとするロイズの名士たちの肖像画をどうするかという判断は、かつてシェークスピア・グローブ座のアーキビストを務めていたビクトリア・レーン氏による検証が完了した後になる。
レーン氏がロイズでの作業を開始したのは9月。ロイズが保有する美術品、刀剣類、銀器、文書を徹底的に調べている。ロイズは、レーン氏に対するインタビューの依頼を拒否した。
イングランド銀行は今年、奴隷貿易とのつながりのあった歴代の総裁・理事らの肖像画・胸像10点を撤去し、広報担当者によれば、来年に同行博物館での展覧会において、彼らの関与について説明する予定だという。
シティー・オブ・ロンドンの市庁舎であるギルドホールでは、奴隷貿易とのつながりのあった政治家2人の彫像を撤去する決定が以前下されたものの、そのまま残される模様だ。
金融街シティーを統括するシティー・オブ・ロンドン自治体は今週、「説明を付した銘板または掲示」を隣に置くことを条件に、市長を2期務めたウィリアム・ベックフォードと商人ジョン・キャスの彫像を残すことを勧告する報告書について協議する。ともに奴隷貿易によって財をなした人物だ。
報告書は、2件の意見募集に対して2000以上の回答が寄せられたが、彫像の撤去を求める声は少なかったとしている。
<負の遺産>
西インド諸島における欧州諸国のサトウキビ生産用植民地は、17─18世紀にアフリカから運ばれた奴隷の労働によって建設された。そしてシティー・オブ・ロンドンは、大西洋をまたぐ人身売買のための金融の中心地だった。
歴史研究者の推定では、18世紀には英国の海運保険市場の3分の1─3分の2は奴隷貿易を基盤としており、プランテーションでの生産物を積んで欧州に戻る船舶に保険をかけていた。
18世紀の英国における海運保険大手3社のうちの1つがロイズだった。他の2社、つまりロイヤル・エクスチェンジとロンドン・アシュアランスは、後にAXA及びRSAの傘下に入った。
AXAは奴隷貿易との関わりについて謝罪を表明しており、社内をさらにインクルーシブ(包摂的)なものにする取り組みを行っているとした。
RSAは、その歴史において「今日の私たちの価値観を反映していない」側面があったとし、不公正と戦うことにコミットしていると付け加えた。
奴隷産業の遺産は今も残っている、と専門家は指摘する。
7月に英国の規制当局が発表した討論資料では、金融サービスにおける管理職に黒人系、アジア系、その他民族的マイノリティーが占める比率は10分の1に満たないことが示された。
イングランド銀行は、2028年2月までにシニアマネジャーに黒人系、アジア系、民族的マイノリティーが占める比率を18─20%に引き上げる目標を定めている。2020年11月時点では8.2%だった。
シティーの多様性向上が遅々として進まないことから、英金融行動監視機構に行動を求める圧力が高まっている。同機構は7月、シニアマネジャーの報酬を雇用面での多様性の改善とリンクさせる必要があるかもしれないとの見解を示した。
ACINは、保険各社が、シニアレベルに占める民族的マイノリティーの比率について目標を定めるべきだと提言している。
ロイズ・オブ・ロンドンの従業員は5万人近いが、黒人が占める比率はわずか2%だ。ロイズでは新規採用の3分の1を民族的マイノリティーにするという「野心的な計画」を掲げている。
「(奴隷貿易による負の)遺産も、こうした対応の理由の1つだ」と語るのは、デジタル保険企業マシュマロの共同創業者、オリバー・ケントブラハム氏。
「大切なのは、企業が本当に偏見のない、ジュニアレベルにひどく偏らないような面接プロセスをしっかりと用意し、(略)出自を問わずに人を採用するようにすることだ」
(Carolyn Cohn記者、Huw Jones記者、翻訳:エァクレーレン)
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