アングル:EU「国境炭素税」、貿易相手国の同意は得られるか
ロイター / 2021年7月12日 17時10分
[ブリュッセル 5日 ロイター] - 欧州連合(EU)は世界に先駆けて「国境炭素税」を導入する。だが、その前途は多難だ。これが保護主義的な手段ではなく、公正かつ実現可能で、EUがめざす「グリーン革命」の一環として必要であることを貿易相手国に納得させなければならない。
7月14日、EUは2030年までに温室効果ガスの実質排出量を1990年の水準に比べ55%削減することを目的とする一連の立法措置を発表する予定だ。
計画の一環として、EUは「炭素国境調整メカニズム(CBAM)」と命名した仕組みの素案を発表する。狙いは温室効果ガスの排出量削減だが、その方法として、環境に配慮した製造に対する金銭的なインセンティブを創出する一方で、排出量制限が厳しくない国に生産活動を移転する、いわゆる「炭素漏出」を阻止するものとされている。
EUとしては、2018年に別の環境対策を導入した際に生じたような反発を避けたいところだ。このときは、パームオイルを持続可能性のあるバイオ燃料として認めなかったことで、インドネシアとマレーシアの両国から世界貿易機関(WTO)に提訴される状況に陥った。
EUはそれ以前にも、欧州域内に発着する航空機から排出される二酸化炭素を対象に外国の航空会社に課税しようと試み、貿易紛争のリスクを招いた。米国航空各社が政界に強く反対するよう働きかけ、中国も航空機発注を見合わせるとしたためだ。欧州連合は2012年、当該の法律の運用を停止すると発表せざるを得なかった。
欧州議会で国際貿易委員会を率いるベルント・ランゲ委員長は、欧州委員会が米国政府との合意に達しなければ、CBAMは特に米国との貿易紛争の契機になりかねないと認めている。
ランゲ委員長はあるウェビナーの席上、「CBAMがWTO案件にならないよう理解を求める必要がある。これが今後数カ月の大きな課題になるだろう」と述べた。
欧州委員会は、この計画は鉄鋼などの輸入事業者に対し国内生産者と同額の排出権証明書を購入することを求めるもので、WTOの規定を遵守した公正な仕組みになると主張している。
だが、EU域内の生産者は引き続きEU炭素排出権の無償付与を利用できるよう求めており、輸入事業者が同様の恩恵を受けられないとすれば、問題が生じる可能性がある。
7月14日に発表される素案では排出権の無償付与は終了するものとされているが、域内の製造部門は無償付与の維持を求めて活発なロビー活動を行うものとみられる。
今月、世界最大の排出権取引市場であるEU排出権取引制度(ETS)におけるベンチマーク価格は、国境炭素税をめぐる展望も織り込み、1トンあたり58ユーロ(約7600円)超と過去最高を記録した。
EUは米国政府と同計画について協議する旨の合意ができているとしているが、他の諸国は懸念を表明している。オーストラリアのモリソン首相は、炭素税はいずれも「保護貿易主義が名前を替えたにすぎない」と述べている。ロシアは、同税は貿易ルールに違反している可能性があると述べた。
ブリュッセルに本拠を置くシンクタンク・ブリューゲルの上席研究員で、CBAMに関する議会証言を行ったアンドレ・サピール氏は、EUにはルール違反か否かというだけに留まらない視点が求められる、と語る。
「公正さという問題もある。先進国は長年にわたって地球温暖化ガスを排出してきた。森林破壊についても同じことが言える」と同氏は言う。
<立証責任はどちらに>
WTOは開発途上国に対して優遇措置を与えているし、最貧国に対する待遇という意味ではEUも同じだ。シンクタンクの欧州改革センターによれば、こうした措置がCBAMに適用されない場合、開発途上国からEU向けの輸出のうち160億ドル相当分に国境炭素税が課される可能性があるという。
新興市場諸国に対する適用除外を伴うWTO同等のシステムにするとしても、煩雑な行政手続という負担が加われば貿易を阻害しかねない。
韓国など、すでに排出権取引制度が存在する諸国の企業はCBAMにスムーズに対応するかもしれない。だがそれ以外の国の輸出企業は、輸出製品に直接関わる炭素排出量やエネルギー源に関わる炭素排出量について詳細なデータを提出し、欧州委員会にそのデータの信頼性を立証する必要がある。
さもなければ、デフォルト(初期設定)の算出方法による不利に甘んじることになりかねない。
貿易分野のシンクタンクECIPEのディレクターを務めるホスク・リー・マキヤマ氏は、「立証責任を相手に押しつけている」と語る。「CBAMは貿易交渉のための策略としては優れているかもしれないが、実際のところ二酸化炭素排出量を削減するインセンティブになるのだろうか」
複雑な仕組みだけに、欧州委員会も少なくとも当座は少数の基本的な素材のみに対象を絞る気になっている。すなわち、鉄鋼、アルミニウム、セメント、電力、肥料で、これらはEUによる輸入の約5%に相当する。
もっとも、輸出国にはこの国境炭素税を回避する方法があるかもしれない。シンクタンクの欧州政策センターで気候政策アナリストを務めるティジス・ファンデンブッシェ氏は、セメントの代わりに燃料灰や高炉スラグなど、国境炭素税の対象とならない代替品を用いる抜け道を指摘する。
最終製品を製造する下流部門では、CBAMの影響により部品を切り替える動きが出る可能性がある。よりグリーンな製品につながる場合もあるだろうが、それ以外は、環境負荷が同じ程度かそれ以上に高いにもかかわらず、追加の排出量コストを免れるだけに終るかもしれない。後者の場合は、世界全体としての排出量は削減できない。
EUが実験を成功させたいと思うなら、協力してくれる国が必要だろう。大西洋を挟んで米国と手を組めれば、こうした仕組みは幅広く受け入れられるかもしれない。だが米国で気候変動問題を担当するジョン・ケリー大統領特使は、国境炭素税は「最後の手段」としてのみ使うべきだとコメントしており、EUと米国の提携は少し先になりそうだ。
WTOでは昨年、国境炭素税のような気候変動対策問題について50数カ国による協議が始まったが、まだ初期段階にすぎない。こうした議論の切迫感を高めることは、CBAMの1つの効果である。
「国際的なカーボンプライシング(炭素排出への課金)は、最も進捗の遅い項目の1つだ」とファンデンブッシェ氏は言う。「国境炭素税が提案されなければ、単に議論の積み重ねに終わっただろう。EUの動きが交渉につながり、国際的な反応を踏まえた調整が行われる可能性がある」
(Philip Blenkinsop記者、翻訳:エァクレーレン)
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