アングル:コロナ禍で切迫する中米難民 支援施設が相次ぎ閉鎖

ロイター / 2021年1月13日 13時13分

 中米諸国から米国へ逃れて来る数多くの移民にとって、その間の移動ルートには暴行や強盗、誘拐など様々な危険が待ち受けている。過酷な旅路を進む彼らを支えてきたのは、メキシコ国内の移民支援施設だ。写真はサルティヨの難民シェルター近くで2020年12月撮影(2021年 ロイター/Daniel Becerril)

Laura Gottesdiener Lizbeth Diaz

[サルティヨ(メキシコ) 4日 ロイター] - 中米諸国から米国へ逃れて来る数多くの移民にとって、その間の移動ルートには暴行や強盗、誘拐など様々な危険が待ち受けている。過酷な旅路を進む彼らを支えてきたのは、メキシコ国内の移民支援施設だ。

しかし、新型コロナウイルスの感染抑制が叫ばれる中、これまで何千人もの不法移民に避難場所を提供してきた施設が、相次いで閉鎖や業務縮小に追い込まれている。

祖国を出て北に向かう彼らを運ぶメキシコ南部の貨物列車、いわゆる「ラ・ベスティア(野獣)」の運行本数は削減されており、多くの移民が以前より数百マイルも長い距離を徒歩で移動せざるを得ない。支援施設の閉鎖・縮小は彼らの苦境に追い打ちをかけた。

ロイターが40カ所以上の支援施設の担当者に取材したところ、パンデミック(感染の大流行)でここ数週間のうちに、数十カ所が閉鎖や受け入れ人数の制限を余儀なくされていた。いざというときに頼れる安全な場所が減っている、とロイターの取材に応じた10数人の移民たちは口々に不安な思いを語った。

<ギャングが目を付けている>

メキシコ北部の都市サルティヨの中心的な支援施設は、米テキサス州に向かうルート上の休息地点として多くの移民が足を休める。だが、この施設は、創設者も犠牲になったCOVID-19(新型コロナ感染症)の拡大により、クリスマス前に閉鎖された。施設を利用していた数十人の移民は、施設外の歩道でテント暮らしを余儀なくされている。

サルティヨは暴力的な麻薬密売組織にとっても重要な中継地点となっており、移民が襲撃の対象になる例も多いという懸念から、移民らは独自に夜間巡回を行っている。

こうした自警団を立ち上げた1人、ホンジュラスからの移民ミカエル・カスタネダさん(27)によれば、「夜になると、2─3人が乗った怪しい車が近くに駐車していたり、このあたりをグルグル走り回っている」と語る。「ギャングたちが私たちに目を付けていることは分かっているし、向こうもこちらが警戒していることを知っている」

民間資金による支援施設のネットワークは、メキシコを経由する年間数万人の移民に対し、食料支援だけでなく、法務・医療面の支援も提供している。運営しているのは非政府組織や宗教団体だが、政府の定めるルールには拘束される。公衆衛生上の規則も例外ではなく、パンデミック下で一部の施設は閉鎖せざるをえなかった。

カスタネダさんは、米国までたどり着いて、そこで働きたいと考えている。収入を両親と3人の弟妹に送金し、11月に中米諸国を襲った2つの壊滅的なハリケーンで被災した自宅を再建するのが彼の願いだ。

だが、メキシコを縦断する旅は遅々として進まない、と彼は言う。途中で脚を負傷し、支援施設が閉鎖されていたために治療も受けられず、十分な休息も取れなかったからだ。

<米新政権誕生で移民は急増>

こうした支援施設の数については推計に幅があるが、BBVAバンコメル銀行による2020年の調査では、メキシコ国内で移民が通過する主要ルート上で、移民対象の支援施設、休養施設、食堂が96カ所確認されている。

カスタネダさんのような移民に迫るリスクが増大すれば、米国のバイデン次期大統領のもとで移民の境遇を改善しようというメキシコ・米国双方による取り組みが困難になりかねない。バイデン氏はドナルド・トランプ現大統領に比べ、より人道的な政策を推進することを約束している。

1月20日に予定されるバイデン氏の大統領就任、そして2回にわたるハリケーン被災により、すでに中米諸国から北に向かう移民の流れは増大している。移民たちが使っているソーシャルメディア上のチャットによれば、1月15日にホンジュラスを出発する大規模な移民キャラバンが形成されつつあるという。

米国の公式統計によれば、米国国境を越えようとして拘束されるホンジュラス、グアテマラ、エルサルバドル出身者の数は、7月から11月にかけて3倍以上に増大している。

<失われた休息>

グアテマラから流入する移民が集まるメキシコ南部の街テノシケでは、11月末に新型コロナ感染が拡大したことから、「The72」と呼ばれる有力な支援施設が新規の利用者を受け入れなくなった。

この施設のフレイ・ガブリエル・ロメロ所長は、「こうした困難な時期だけに、なおさら、移民を受け入れられないというのは残念だ。彼らを守るためにある施設なのだから」と話す。

ロメロ所長によれば、移民の施設利用を断るようになる前は、11月のハリケーン「エタ」「イオタ」で住居や生計手段を失った中米諸国の人々を受け入れていたという。今でも、毎日数十人の移民の到着が続いているとロメロ所長は語る。

サルティヨでは、心を痛めた住民らがクリスマスイブに温かい「タマーリ」を移民に振る舞った。市当局も、移民が身を寄せる施設が無くなったことを受けて、臨時の対応策をとっている。

サルティヨで長年暮らしているホンジュラス出身のグレンダ・トロチェスさんは、自分の質素な住居を移民に開放した。彼女自身がかつてギャングに誘拐された経験があり、移民が直面している危険をよく知っているからだ。

トロチェスさんが手をさしのべる相手は母国ホンジュラス出身の移民だが、その1人がサラ・セルベロンさん(32)だ。ちょうどハリケーン「エタ」が接近しつつある頃、夫とともに米国に向けてホンジュラスを離れた。

その頃には、犯罪組織による暴力事件、雇用の不足、パンデミックにより、ホンジュラスにいても未来はないと確信していた、とセルベロンさんは言う。

<安心して眠れたことはない>

だが、徒歩でメキシコ南部を縦断してきたせいで疲れ切っていた彼女は、サルティヨに向かう途中、貨物列車「ラ・ベスティア」に這い上がろうとして頭から転落し、気を失ってしまった。

「それほど弱っていた」と彼女は言う。

それでも夫婦はすぐさま先を急いだ。

セルベロンさんは、トロチェスさんが用意した応急の避難所にたどり着くまで、1000マイル以上離れた南部の街パレンケの支援施設を出て以来、安心して眠れたことが1度もなかったという。

「実質的に、メキシコ全土を徒歩で越えてきた」とセルベロンさんは言う。「24時間、何も口にしないこともあった」

(翻訳:エァクレーレン)

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