アングル:住宅難に就職難、帰国後のフィリピン移民労働者の現実
ロイター / 2024年2月13日 9時32分
4年前、母国フィリピンに帰る政府チャーター機に搭乗したルーシー・オルテガさんは、シリアで奴隷同然の家内労働を強いられた悪夢もこれで終わりだ、と考えた。だが、そんな彼女を新たな問題がいくつも待ち構えていた。写真はフィリピン国旗を持つ人。フィリピン・ボカウエで2019年11月撮影(2024年 ロイター/Eloisa Lopez)
Mariejo Ramos
[マニラ 5日 トムソン・ロイター財団] - 4年前、母国フィリピンに帰る政府チャーター機に搭乗したルーシー・オルテガさんは、シリアで奴隷同然の家内労働を強いられた悪夢もこれで終わりだ、と考えた。だが、そんな彼女を新たな問題がいくつも待ち構えていた。
オルテガさんは人身売買の罠にはまり、シリアで8年にわたり奴隷同然の労働を強いられた後、救助を求めて駆け込んだフィリピン大使館では、他のメイドたちとともに2年間も留め置かれた。この事件はフィリピン国内で憤激を呼び、グローバル規模のニュースとなった。
だが帰国してみると、大使館での冷遇に対する政府補償もなければ、精神的外傷に対するカウンセリングも就職するための手助けもなかった。3人の幼い子どもを抱える43歳のオルテガさんは、就職機会はますます少なくなっていると話す。
首都マニラのスラム街にある小さな木造住宅でトムソン・ロイター財団の取材に応じたオルテガさんは、「そもそもフィリピンでは良い働き口がなかったので、海外での就労という話にひかれた。でも帰国後は、ますます仕事探しが難しくなってしまった」と語った。
フィリピンは移民労働者の送り出し国として世界でも上位に名を連ねる。在外フィリピン人労働者から本国の家族への送金額は、昨年、国内総生産(GDP)の約10%に相当する約400億ドルに達したという試算もある。
フィリピン政府は、海外で戦争や政治危機、搾取労働に巻き込まれた労働者を対象に、緊急帰国の費用を肩代わりしている。
コロナ禍のあいだ、自己負担なしで帰国したフィリピン人労働者は224万人。最近では数十人のフィリピン人女性とその子どもたちが、ガザ地区とイスラエルから一時的に帰国した。
<「最弱の環」>
だが、海外労働許可証を取得するフィリピン国民が2023年には史上最多の約250万人に達した中で、移民の人権擁護に取り組む活動家たちは警告を発している。フィリピンに戻った多くの人々が、失業から住宅難に至るまで、さまざまな問題に直面しているからだ。
移民人権擁護団体「ミグランテ・フィリピン」のアルマン・エルナンド会長は、「政府の最新データでは、フィリピンは1日あたり6800人の国民を海外に送り出している。そうした人々全員をきちんと見守らなければ、紛争地域を中心に、リスクにさらされるフィリピン人がさらに増加する可能性がある」と語る。
「保護できる以上の国民を送り出してしまっているのではないか」とエルナンド会長は言う。
移民労働者庁(DMW)がもっと支援に取り組まなければならない、という声もある。DMWは、海外での就職と帰国フィリピン人の社会復帰に関する業務を円滑化する趣旨で2年前に設立された。
大学の研究者グループによる2023年の経済移民に関する研究によれば、母国での社会復帰はフィリピンの移民政策における「ウィーケスト・リンク(最弱の環)」だという。
この懸念に対処するため、DMWは2022年、苦境に陥っている移民労働者のために緊急帰国手段と生活支援を提供する対応本部を立ち上げた。
問題は、DMWが提供するのは緊急支援だけで、雇用や住宅、法務アドバイスやメンタルヘルス面でのケアが含まれるはずの包括的な社会復帰プランではない点だ、とエルナンド氏は指摘する。
こうした包括的なアプローチがあれば、国外にいる労働者の帰国を促すことにもつながり、国内産業を育て、フィリピン経済の長期的成長を維持することにつながる、と経済アナリストらは話している。
本国送還を管轄する2つの政府機関、DMWと外務省にコメントを求めたが、回答は得られなかった。
<仕事もなければ家もない>
シリアとガザ地区からの最近の帰国者によれば、政府は航空料金を負担するほか、1万─5万ペソ(約2万6000─13万2000円)の緊急支援金を提供したという。
その支援金を元手に小規模な事業を始めるようアドバイスされた人もいる。
だがエルナンド氏は、海外で何年も暮らした移民労働者の多くは、事業を立ち上げて成功させるために必要な社会的なネットワークを持っていないと語る。
国際移住機関(IOM)が2022年に公表した調査によれば、自営業の経験を持つ移民労働者はほとんどいない。この調査では、フィリピンに帰国した労働者の80%以上にとって、生計手段を見つけることが最大の課題として挙げられている。
冒頭のオルテガさんは、シリアから帰国した人身売買の被害者である52人の家事労働者を対象とするサポートグループを率いている。フィリピンに帰国して以来、政府からは1万ペソが支給されただけで、社会復帰のための支援は何もないという。
現在オルテガさんは宝くじ販売の屋台でパートタイムとして働いているが、収入は最低賃金にも満たない。
「子ども3人はまだ学校に通っているから、安定した仕事が必要だ」とオルテガさん。シリア時代の雇い主から未払いの賃金を回収し、大使館にとどまっていた時期の職員の行為について補償を求めるために、政府の支援が欲しいとも言う。
「正義も必要だが、お金も必要だ」とオルテガさんは言う。
やはり人身売買の被害に遭い家事労働を強いられていたマリア・エリザ・アルカラさん(47)は、2020年にシリアから帰国した。自分のような中年の母親が仕事を見つけるのは、年齢差別のせいで特に難しいと話す。
「誰も私を雇おうとはしない」とアルカラさんは言う。現在は、きょうだいから住む場所を無料で提供してもらう代わりに、アルツハイマー症を患う85歳の母親の介護をしている。
帰国した労働者は、仕事探しの他に、住宅や仮入居の施設を見つけることが大きな課題だと話す。
ガザ地区から退避した数十人の女性は、最近になってある大学の寮で学生たちと共に暮らすことになった。地元の非政府組織(NGO)の聞き取り調査により、滞在場所がどこにもないことが判明したからだ。
ガザからの帰還者の1人は匿名を希望しつつ、「政府当局からは、それぞれの地元に戻るように言われた。(略)でも、知り合いは誰もいないし、私たちを待つ家も仕事もない」と語った。
アルカラさんによれば、特にコロナ禍の際には失業率が10.3%にも達したこともあって、シリアからの帰還者たちの中には、本国で仕事を見つける希望を失い、リスク覚悟で再び海外に渡った人もいるという。
海外就労は常にギャンブルだ、とエルナンド氏は言う。だが、本国で十分な支援が得られないために、そのリスクを取る人もいる。
「うまく行くか否かは時の運だ」とエルナンド氏。「だが、フィリピンにも居場所がないので、海外で搾取に苦しんだにもかかわらず、再び国を離れる人が多い」
(翻訳:エァクレーレン)
*システムの都合で再送します。
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