アングル:AI眼鏡がもたらすプライバシーへの懸念、ハーバード生が問題提起
ロイター / 2024年11月16日 8時25分
11月11日、出会ったばかりの人の名前や住所がたちどころに分かる、そんな眼鏡を想像できるだろうか。写真はロンドンでスマートグラスを使って舞台を観劇する人々。2018年撮影(2024年 ロイター/Henry Nicholls)
Adam Smith
[ロンドン 11日 トムソン・ロイター財団] - 出会ったばかりの人の名前や住所がたちどころに分かる、そんな眼鏡を想像できるだろうか。ハーバード大学の学生ケイン・アルデイフィオさんとアインフー・グエンさんは、たった4日でそれを実現してしまった。
2人はスマートグラス「レイバン・メタ」とコンピューター上のソフトウエアを組み合わせ、既存の顔認識技術を活用してリアルタイムで相手を特定できる眼鏡を生み出し、今後の拡張現実(AR)の可能性を見せつけた。
この眼鏡は、公開されている既存の顔認識検索エンジンと人工知能(AI)を使って、2分以内に相手の名前を表示することができる。これを受けて、AIと既存の技術の組み合わせがもたらす未知のリスクについての懸念も生まれている。
アルデイフィオさんはハーバード大学のキャンパスからトムソン・ロイター財団のオンラインインタビューに応じ、「この実験を元にして、技術と、自分自身を守る方法について意識を高めてほしいと思っている」と語った。
科学技術を専攻するアルデイフィオさんとグエンさんが出会ったのは2年前。2人は現実世界にデジタル情報を重ねるARへの関心を持っており、結果としてこの眼鏡が生まれた。グエンさんが9月にX(旧ツイッター)に投稿したことで話題を呼んだ。
アルデイフィオさんは、「私たちが生み出した技術がかなり強力で、プライバシーに関していろいろと厄介な問題があるのは明らかだ」と語る。
2人は、スマートグラス「レイバン・メタ」のフレームに組み込まれているカメラを使い、「インスタグラム」のライブストリーム映像をコンピューターに送信する。するとコンピューター内のプログラムがその映像から静止画を切り出し、「ピムアイズ」というウェブサイトにアップロードする。このサイトは、インターネット上で収集した画像を元に、有料で写っている人を特定してくれる。
グエンさんはトムソン・ロイター財団に対し、自分たちのプロジェクトの目的は注意喚起であって、商品化するつもりはないと語った。
顔認識機能を持つ眼鏡がこれまで皆無だったというわけではない。米企業クリアビューAIは2022年、米空軍と提携し、検問所向けに同様の技術を開発した。だが、まだ消費者向け技術には至っていない。
学生2人のプロジェクトが話題になる中で、デジタル人権の専門家からは、米国などの女性やマイノリティーグループに関して、こうした顔認識技術の新たな活用法の可能性に対する懸念が表明されている。
米国には、官民いずれにせよ顔認識技術の利用を具体的に規制する連邦法が存在しない。ただし一部の州では、この技術に関して、独自のプライバシー保護法を用意している。
たとえばイリノイ州には指紋や網膜スキャンなどの生体情報の収集・拡散を規制する「生体情報プライバシー法」があり、マサチューセッツ州では法執行機関による顔認識技術の活用が制限されている。
<女性への危険>
アルデイフィオさんとグエンさんは画像をピムアイズに処理させ、その結果をチャットGPTに与えてその人物の名前を特定した。公的記録の検索エンジンにその名前を入力したところ、自宅の住所が判明した。
プライバシー保護に取り組む英国の非営利組織「ビッグブラザー・ウォッチ」は、ピムアイズはオンラインでのストーカー行為に利用されるソフトウェアであるとして「ストーカーウェア」と呼んでいる。ピムアイズ側はこうした主張に反論している。
ピムアイズを率いるジョルジ・ゴブロニゼ氏はトムソン・ロイター財団に対し、こうした批判には「根拠がなく」、同社の技術に関する「重大な誤解」を反映している、と述べている。
独立系の監視団体「政府監視プロジェクト(POGO)」のドナルド・ベル政策顧問は、「何十億点もの画像という膨大なデータを収集し、事実上誰でも特定できるようそれを利用するというのは問題がある」と述べ、女性やマイノリティーグループが特に影響を受けやすいと指摘する。
街中で見かける女性の名前や住所が簡単に分かるようになってしまえば、ストーカー行為につながりかねない、とベル氏は言う。また、これまで顔認識技術は肌の色が濃い人物の特定を苦手としており、誤認逮捕につながった例も複数ある。
ベル氏は、「何も予防策がない。連邦レベルでは、(顔認識に対して)プライバシーを保護する法律が実質的に皆無だ。無法地帯のままだ」と語る。
人権擁護を掲げる非政府組織(NGO)「イクオリティ・ナウ」でデジタル人権顧問を務めるアマンダ・マニャメ氏は、女性の安全という点でスマートグラスには多くの懸念があるとして、本人の同意のないデータ収集、写真をディープフェイクに利用される恐れ、ストーカー行為などを挙げた。
マニャメ氏は、ハーバード大生2人による実験にも、こうしたリスクの一部が露呈していると言う。
「政治家はAIに由来する危険性を直視する必要がある。設計レベルで安全性が求められる理由を彼らは十分に理解していないからだ」
<「無法地帯」>
アルデイフィオさんとグエンさんは、カメラから得られる映像や情報データベースなど、彼らが寄せ集めた技術を完全にコントロールできれば、10秒ほどで相手を認識できるという。メタなどの大手IT企業であれば可能だ。
チャットGPTを使うのも非効率で、大規模言語モデルを微調整するか、この目的に特化したツールを構築すれば、プロセスをもっと高速化できる、と2人は言う。
アルデイフィオさんとグエンさんは、大手IT企業か、既存のハードウェアを使って同様の製品を作ろうとする模倣企業により、近い将来そうした改良が現実のものとなる可能性はあると話す。
アルデイフィオさんは「誰かがこれの改良を試みるのは確実だと思う」と述べ、「よくない目的のために使う人が出てくる可能性もある」と続ける。
フェイスブックやインスタグラム抱えるメタと、メッセージングアプリ「スナップチャット」を運営するスナップは、スマートフォンに続く次の開発ステージとして、眼鏡型AR端末の開発を進めている。
スナップはトムソン・ロイター財団の取材に対し、同社のARサングラス「スペクタクルズ」では顔認識技術を使っていないと述べた。学生2人がやったように、同社の眼鏡を利用して個人を特定する技術を開発することを第三者に認めるか、という質問に対してはコメントを控えた。
メタの広報担当者はあるメールの中で、学生2人は「どんなカメラやスマートフォン、記録用デバイスで撮影した写真でも使える、公開されているコンピューター用の顔認識ソフトウェアを使っただけだ」と述べている。
この広報担当者は、メタが自社の製品やスマートグラスにおいて何らかの個人認識技術をテストしたことがあるか、またメタが、まもなく登場する同社の眼鏡型AR端末「オリオン」に、そのような個人認識技術を許容するかどうかについてはコメントしなかった。
ゴブロニゼ氏によれば、ハーバード大生2人はピムアイズのサービス利用規約に違反しており、2人のアカウントは停止されたという。同氏は、「将来の不正利用を防ぐため」、開発担当者は新たな予防措置を導入したと話している。
ゴブロニゼ氏は、アルデイフィオさんとグエンさんが技術を悪用したと批判し、「こうしたコンテンツについて責任を負うのはそれを公開した者であって、インデックスを付与した検索エンジンの責任ではないことをしっかり強調しなければ」と述べている。
「彼らは主張を示しただけでなく、意図せずして、公開されているツールがいかに容易に悪用されるかを示した」
アルデイフィオさんとグエンさんは、ゴブロニゼ氏のコメントについて、「自分たちが狙ったのは、こうした技術についての注意喚起だけだ」と述べている。
マニャメ氏は、AIが発達し、今後は既存システムと組み合わせられる中で、従来は把握されていなかった、また予防のための法令が整備されていないようなリスクが生まれてくる、と警告する。
ベル氏は、顔認識技術を全面的に禁止すれば、リスクの拡大に対する予防措置になると言う。
「(スマートグラスによって)、秘密にしておきたい詳細な個人情報を他の誰かがリアルタイムで追跡できるという新たな段階に入ってしまった」
(翻訳:エァクレーレン)
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